第4話 勝手な勘違い

 一人で寝るのが苦手とは。

 暗い所が苦手……とかあるんだろうか。

 両親が海外にいるというところから察するに、美海は今までも一人暮らしをしている筈だ。

 俺のプライベートが関わることだし、詳しく訊いておきたい。


「今までも誰かに付き添いで寝ていたのか?」

「いえ、今までは恥ずかしながら常夜灯を点けて一人で寝ていました」


 暗いのが苦手ってことでいいんだよな?

 どうも嘘を吐いていない様子だが、信じていいんだろうか。

 幾ら親戚とはいえ、俺は男だ。美海の言っている事は、急に同居する異性に対して明らかに異常な行動……疑わない方がおかしい。


 俺が疑う理由はもう一つ。母さんは探偵を使って俺を調べたと言っていた。

 周囲を警戒していたつもりだったが、告白の現場などを探偵に盗撮されていた可能性はある。

 俺が翠星に執着していると知っていたなら、俺を更生させるために美海を寄越したのかもしれない。

 美海の容姿は俺の知っている同学年の異性と比較しても明らかに突出している。

 そんな子が息子の従妹で同学年だったなら、利用しない手はないだろう。


(俺が母さんの立場だったらそうしようと思うだろうからな)


 蛙の子は蛙を言い換えれば、蛙の親は蛙なのだ。

 この憶測を本人に指摘することは簡単である。しかし美海に母さんから命令されてこう言わされているとしたら、美海にとって酷な話だ。

 指摘したとして、美海が暗闇を苦手としているのは本当っぽいし、言い逃れはできてしまう。

 だが――。


 容姿だけで俺をどうにか出来るなら、俺は翠星を好きになっていない。翠星と似ていて優れた女が一人身近にいるからだ。

 よって従妹という立場でいる以上、俺が美海を意識することはない。

 だからこそ、俺は強気に出ることが出来る。


「一人で眠れないのはわかった」

「では……」

「だけどさっき話した通り、美海が来るって知らなかった」

「そうですね」

「だから美海のベッドは用意してないんだ。それとも、俺と一緒に寝るか?」

「いっ、いえいえ、そういう意味ではなく――」

「わかっている。冗談だよ」


 じゃなかったら、俺の方が耐えられない。何だかんだ言っても、美海の容姿は可愛い。同じベッドで一緒に寝たりなんてしたら危険だ。


「そうですか。私は寝室をご一緒したいだけなので」

「まあスペースは空いているけどさ」

「模様替えに時間がかかることは承知していますが、全て私が手配しますから」


 勿論冗談なんだけども……。ドライな反応が、地味に俺の心を抉った。

 憶測は憶測に過ぎなかったのかもしれない。心の痛みに俺は考えを改めた。

 というか美海の身の回りのことなんて、元から俺が口出しする必要はない。


「わかった。とりあえず、俺が譲れないところがあったら直接言うから、好きにしてもらって構わない」

「わかりました」


 色々あって俺も疲れた。しばらく部屋に引きこもろう。宿題とかは学校で終わらせた筈だし、趣味の時間に耽るのだ。

 そんな時、またインターホンの音が鳴った。


(今度は何だ?)


 玄関へ赴くと、美海の手配したベッドが届いたらしかった。本当に準備しているとは、信じていなかった。美海の用意周到さには驚かされる。

 そんなに暗闇が苦手なのだろうか。元から寝室はベッドだけの質素な空間である。片付けるまでもなくスペースならば空いている。


 ベッドは部屋に持って行ってから、俺が組み立てることにした。美海には実が重いだろうから。


「ふぅ、結構疲れたな」


 組み立てるだけなのに重労働だった。

 完成後、疲れた俺はそのまま自分のベッドに横たわると、急な眠気が襲ってきた。


(不味いッ! 今寝てしまったら推しのバーチャルライバーのライブを見逃してしまうかもしれん)


 と思いながら今日の日付を確認すると、幸い今日は推しが配信する日付ではなかった。

 確認した瞬間、俺の意識は微睡に沈んでいった。



 ***



「はっ……!」


 目を覚ました俺は、すぐさま時計を見る。ライブどころじゃない……晩飯を作る時間を過ぎてしまっていた。


(そういえば美海は……?)


 起きたばかりで頭の中がぐるぐると気持ち悪い。

 ふらふらした足取りでリビングに戻ると、食欲をそそる匂いがしていた。


「あっ、お昼寝は終わりましたでしょうか」

「なんで知っているんだよ」

「見ましたので。丁度、夕飯を作り終えたところなのですが」

「あー、ああ、一緒に食べようか」

「はい」


 まだ一日も経っていないのに、すっかりこの家の住人になっている気がする。それと共に、俺の生活は目まぐるしく変わってしまった事を実感した。

 リビングがとても綺麗に片付いている。

 散らかしていた訳ではない……が適当に詰みあがっていた荷物が整理されていた。


「あの、ここに積みあがっていた物があった筈なんだけど、どうした?」

「ご覧の通り、そこの棚に整理してしまいました。触られたくない物があったりしたらすみません」

「多分なかった筈だから大丈夫。それよりも、大変だったろ」

「いえいえ、この家の広さ程度ならそんなに苦じゃありませんでしたよ」


 美海の様子からして無理をしている感じはしないけど、よく片付けられたもんだ。


「いやいや、詰みあがった荷物の量を考えたら普通こんな短時間で片付かないよ」

「そうでしょうか……?」

「俺だったら一週間かかる」

「確かに……だから私が必要だった訳ですね」

「そこは納得するところじゃないだろ。いや、そうなんだけどさぁ」

「掃除や整理は以前に住んでいた時からの習慣ですから。この家は歩き回る必要も少ないですし、楽な仕事でございますね」


 そんな清々しく言ってくれるなら、俺も悪くない気分だ。食事も用意してくれるし、頭が上がりそうにない。

 せめて美海には足を向けて寝ないようにしよう。


「ん……歩き回る必要がないってどういう意味だ」

「失礼ですが、そんなに広くないじゃないですか」

「じゃなくて、美海は老朽化した家に住んでいたんじゃなかったか?」

「ええ、そうでございます。老朽化したお屋敷に住んでおりました」


 ……俺は何か勘違いしていたようだ。

 屋敷と聞いて、ただただ古い一軒家を頭に浮かべていた。しかし、まさかのお屋敷だったのか。

 ようやくお嬢様のイメージと合ってきた。


「そんな事より、折角作ったのですから冷めてしまう前に食べましょう」


 俺も腹の虫が鳴りっぱなしだったので有難く頂くことにした。

 いつもなら外食に乗り出していた時間。誰かが作ってくれる料理は、久しぶりで何だか新鮮な気分になった。


 ただ、俺の作る料理よりも上手くて……感動と共に若干のショックはある。

 この後も美海のペースに流されてしまうと、本当に生活の質が良くなってしまいそうだ。


 いやまぁ、その為に美海は来たんだったか。


 結局、やっと落ち着く時間が手に入ったのは、夜になってからだった。

 本当に彼女と同じ部屋で寝て、眠れなかった。

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