1-2 名も知らぬ夢

  名も知らぬ湖。


 酷くもやが立ち込める視界の中、まるで今 丁度そこに生まれ落ちたかのような無垢むくをさらして "俺" は眠っている。


  純白をまとう水鳥。


 どの記憶も口を揃えて知らないと言う "彼女" だが、まるで己が愛しき伴侶にでも寄り添うかのように、"俺" の隣で眠っている。


 天国でも地獄でも無い。崖から転落した筈の俺が辿り着いたのは、そんな実に意味不明で気持ち悪い夢の中せかいだった。



 ……いや、なにが気持ち悪いってさ?


 設計者サンよせめて幼児化するとかぐらいしてくれ。なんで自分と瓜二つのコピーが他人?に甘えてる光景見せられなきゃいけないんだよ。キメェよ特殊過ぎんだろ、


「ハァ……」


 ため息混じりの悪口レビューを自分に向けて突き刺し終えて、のそのそと立ち上がる。

 普段より三割増しでバランスの悪い糖質制限ダイエット中のような千鳥足で、その気持ち悪さの正体へ向かった。


 起こすため?いや少し違う。

 正確に言うなら起ためだ。


 この明晰夢めいせきむ……だと信じたい、走馬灯じゃないと信じるしかない状況において、今 最も目を覚ませる確率が高い方法。それは俺自身を起こす事だと思ったからだ。


 ……つーかそれ以外 思い付かねぇし、


 金魚すくいのポイ並みにペラペラな仮定を基に、目の前で眠るじぶんほほを軽く突っつく。

 案の定ピクリとも動かないので、今度は額の方を数回ひっぱたく。

 そのムカつく鼻をつまんでつねって、唄の中のトナカイみたいにしてしまう。


 すると今度は少し動いた……筈だ。多分、


 きっと、ホラ、その……アレ、


 血管辺りとか、


 ……──ッ、


「アホ臭くてやってられっかよこんな事! オイ起きろ!ソナタは美しい!、早くしねーと 口から食ったかどうかも分からねぇ貧相な朝ご飯コンニチハさせんぞ?」


 沸々と湧き上がる決意ストレス、ぶっきらぼうにヤケクソに、その憎たらしい頬を往復ビンタしながら言い放った。

 しかし、そのチンピラ全開な誘いに応えてくれたのは自分かれでは無かった。


 "人" では、無かった。



  [──ポッ、

        ──ポッ、

             ──ポッ、]



        「ア"ァ?」


 問い掛けに対して突然、在る筈の無い天井から鳴ったのは、弱々しくも群れを成した水滴の音。

 髪から額へ、腕から足元へ、拭う間も無くひたひたと溢れ落ちて来る。


 しばらくの間、ただそれをぼぉーっと眺めて。


 切る暇がなくて伸び放題の髪がビショビショになった頃、ようやく釣られるように源泉そらを見上げた。

 するとどうだ、確認した覚えの無い晴天の架空そらは、全身もれなく灰一色の曇天どんてんに覆われていたのだった。


 ……雨ってオマエ、夢ン中でまで俺は神様にフラれ続けなきゃいけないのか? せめて雨宿りできる場所ぐらい用意しといとくれよ、


「あーどうしようぬれちゃうなー。こんなとき、ボクにもカサがあればなー、ぬれて風邪をひくことも、このクソ長くてウゼェ髪にくるしむ必要も──……


        ………え"ッ、雨!?」



 1 ヶ月前、とうとう遺品の傘がブッ壊れてからというもの、雨が降る度に親父の前にて熱演していた三文、いや二文芝居を打ち切りにしたのは、決してキマグレなんかじゃ無い。

 自分を殺しそうには今さっきなったばっかりだが、言いたい事はちゃんと言ってるし笑っちゃダメな時でも笑ってる。


 じゃあ何故かってそりゃアレだ。ココが俺で俺に雨が降っちまって実は二人ってことは外の俺も嵐で─……

 

 確か夢で雨ってことは、アレなんだよ。


 いやアレってのはアレだよ? アレ、

 小さい時は皆するんだけど、いざこの年まで来ちまうとこっ恥ずかしくて死にたくなっちまうアレ的なアレ。


 いや、周りに誰も居ないなら別に……まぁ嫌だけどさ? でも直接的なダメージ自体は避けれ──……無ェな。

 無ェわ。もう数時間経ってるの忘れてたわ。誰か助けてくれてなきゃ今ごろ余裕で死んでるんだった。


 あれ待て?、


 ということはだぞ俺、今現在進行形でその誰かの目の前で漏r──……


 え……


「っふヘッ?……ホヒっ」


 想像したくないイメージが脳裏に叩きつけられたその時、口からは壊れた笛ラムネが飛び出した。額に冷や汗がにじんでは、息も忘れて両眼が奈落へ泳ぎ出し、そのまま力尽きて溺れだした。


そこからは早かった。


 意味もなく奇声を張り上げながら辺りを芋虫のように這いずり周ると、人間である事も忘れ、叩き割る勢いでじぶんへと飛び掛かった。


「オイ起きろ! いつまで寝てやがんだこのクズ! トリ相手に発情カマしてる場合じゃ無ェんだよ!! このままじゃ俺たち(社会的に)死んじまう──って、自分ヒトが話してる時に目ぇ瞑るんじゃねえよバカ!、ハリ倒されてェのか!!」


 ……返事が無い、ただの屍のy──


「待て待て待てウソだから!、ごめん冗談! 冗談だから冗談ですからぁ!、もうっ、アマナメちゃんったらノリ悪いなぁホントッ……──てオイコラ話 聞け! 頼むから寝るんじゃねぇ!! いや、崖から落ちたばっかだから苦しいの分かるし眠たいのも分かるけど! お願いだから起きてくれ! その眠気負けたらダメなヤツなんだって!!」


 ……返事が無い、ただの屍のy──


「分かったよ、あぁ俺が悪かった。"ちゃん" 付けがキモかったのも謝るから……っていやっ、ちょっ、ホントに寝な……マジで起き、起きて下さ……


 ……返事が無い、ただの屍のy──


 「──ア"ァ"ァ起きろ!起きやがれテメェ! 14 にもなって一丁前にぶりっ子カマしてんじゃねーぞボケが!! マジで◯すぞ!!」



 ドブに二日漬け込んで発酵させたような言葉遣いの罵倒にも、まるで屈する事なく眠り続ける半身。

 最早 清々しさすらあるその態度を見て俺は、とうとう全身に巻き付いていた痺れと堪忍袋かんにんぶくろの尾を、チェーンソーで引き千切った。


 そして──


「上等だこのクソボケがァア! そんなに眠てェなら御主人様自ら安らかに眠らせてやるよ!!


 ──感謝してくたばりやがれェ!!!」



 そう世紀末チックな裏声で叫びながら。瓜二つなその憎たらしい顔面めがけて、思い切り拳を振りかざしたのだった。



────────────────────

ここまで読んでくれてありがとうございます。


面白い!、ガンバレと思ってくれた方へ。

☆や♡ レビューに感想、何でも大歓迎です!

皆様の一秒で、本作は一日トレンドに乗ります。一月は走ります。一年は続きます。


他力本願で情けない限りですが、本気で書籍化アニメ化目指してます。何卒、応援よろしくお願い致します m(_ _)m

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