GOD LOVERS 〜ハンター志望貧乏少年とミステリアス最強幼女による近代異世界のおはなし〜

眠子 千世

1-0

 『──町に テレビ がやってくる!』


 深夜23時、耳元の古ぼけたラヂヲがつぶやいたその言葉は、翌日の全てを吹き飛ばして俺を町で唯一の電気屋へと走らせた。

 紺は抜け、月も落ち、いよいよ蒼が強まる空の下、朝食を抜いた物好き共たちが見つめる先、文明開化は産声を上げる。


 家の老いぼれと同レベルなザーザーとしたアナウンサーの話し声に合わせて、重々しい黒い箱に埋められたガラス板の中、飛行船が飛び出すのであった。


 今にも動き出しそうな──、そんなナメた話じゃない。本当に飛んでいるんだ。……飛んでいたんだ。


 少し恐怖が混じった感嘆かんたんがあちこちから上がる。目を丸めた群衆の中から一人、二人と飛び出しては、そのビール瓶ぐらいしかない飛行船を掴もうと、箱に向かって手を伸ばした。店長は慌ててホウキを伸ばし、ソレを強引に制止しては、再び群衆の元へと追い返していた。


 何の生産性もないバカ共と店長の応酬が何度か繰り返され、ようやく引けてきた頃、[ブツっ、]という淡泊な破裂音とともに飛行船は立ち消え、今度は密林が映し出される。


 うっそうと茂る木々をかき分けて現れた、ローブに鎧に軍服に、キテレツな格好をした謎の三人組。手には槍なり杖なり銃なりと、これまたクセの強い、そして明らかにオーバーサイズな獲物を背負っていた。


「ハンターだ!」


 白黒の画面に向けて、近くの幼子がそう叫ぶ。つられて声が出そうになった……が、いや、多分大丈夫だ。バレてない、ポケットに逃げるように突っ込んだ左拳は、今も強く握られている。情けない限りだケド、


 箱庭へと釘付けにされた大人たちを確認してパーにした手のひら、カラだった。憧れがよこした知識のせいで、今日も俺は、憧れを握りしめられずにいるんだ。


 命知らずになりたいワケじゃない、そう逆なんだ、命を知りたかった。


 空を舞うドラゴン、山を背負う巨獣、海を割る大蛇──チンケな田舎じゃ一生会えない化け物達。雷鳴の降る湿地、失われた遺跡の島、雲にそびえる空中都市……標高1キロもねェ校舎の裏山 登ってるダケじゃ一生かかっても届かない大自然。


 そんなおとぎ話のような "現実" に、物心ついた頃にはもう、取り憑かれていた。


 乳歯が抜けるよりも早く、このつまらないド田舎から抜けたがっていた。


「──やべっ、ゴミ出し」


 誰にも言えない夢を押し込んで、誰も聞いていない言い訳をつぶやいて、電気屋の前から俺は、そそくさと逃げ出す。

 幼い頃からフツフツと湧き上がれど、なかなか昇華できずにいる自分が、新しさを見つける子供の心から、少しずつ与えられる側に "大人" しくなっていってしまっている、そんな自分が怖くなってしまった。


「クソっ! なんだってこんな日にまで卑屈にならなきゃイケねーんだ、」


 ヒビが目立つ商店街のレンガ道、もっと割れろとわざと踏み抜きながら、終わりのゲートをくぐってゆく。

 我が家を名乗る犬小屋までの帰り道、建物という建物はなく、舗装ほそうもされていないあぜ道を進む。ただひたすらに広がる小麦畑は、いよいよ夏本番を知らせていた。


 この何の変化もない徒歩40分をバカ正直に進む気はない。二つ目の石ころが用水に吸い込まれたのを合図に回れ右、視線の先には一転、足場も視界も不安定な雑木林。

 自宅と商店街を直線で結ぶと少しだけぶつかる小山の中腹、ここを越えればそれだけで20分は短縮ができるんだ。入り口に貼られた[立ち入り禁止!!]の警告なんて知ったこっちゃない。


 ……待て。先週 通ったときはなかったんだけどな、こんなの。いよいよバレちまったか?


「我が辞書に撤退の二文字はないのだ!」


 最近 新聞を騒がせる、頭のおかしいミニスカートのヒーローが吐いた名言を口ずさみながら。俺は先ほど箱の中にいた憧れと同じ気分で小麦畑にお別れをした。




 ──そして10分、20分、一時間 経っただろうか。


 帽子と木陰で誤魔化せなくなってきた夏に全身をビシャビシャにされながら、俺は見慣れない山道を歩き続けていた。


 フザけんなやオイ、おかしーだろ。もう三十回は通ってんだぞこの道。普通迷うか?、あークソ暑くてフラフラしてきやがった。


 ……こんな暑かったか?、こんな道広かったか?、こんな虫いたっけか?、ここの木、こんなにデカかったか?


 焦りか祈りか怒りか疲れか、出所の分からないクレームまがいの疑問符でそこら中に八つ当たりを始めた頃、そう、そんな頃だった。



[ミシ、]


 ささやいたかたわらの茂み。蝉や鳥とは違う。その確かな重みに、朝の感動も今の焦りも吹き飛んだ。確信した。


 前方、あらわれる。


 背まで真っ直ぐとたなびく金髪に、炎を宿したかのような瞳。一糸まとわず、生まれたままの姿で、少しばかり、頬を赤らめて……


 血まみれの口から、ヨダレを垂らして。



『ギィャァァ"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!!』


 目と脳がつながったその瞬間、俺は全速力で走り出した。


 山一帯にこだます程の、やかましい、金切り声をまき散らして。





 ──唐突な出会いだった。


 この日、この時、この場所で。

 少し人間がふんぞり返るには、大きすぎて、荒々しすぎて、眩しすぎる──そんな、この世界での、


 俺の、コウヤ=アマナメの……



 冒険が、初まったんだ!



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        GOD LOVERS

      第一章:冒険の夜明け


              作:眠子 千世

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