第44話 自称勇者

リーダーが緊張を解いてから、驚くほどに皆の雰囲気が良くなったな。

ユウは少なからぬ驚きの気持ちと共にその様子を見ていた。皆、よほどあの男フォルテンを信用しているのだろう。


だからだろう、一度フォルテンが友好的に振る舞ってから打ち解けるまでに、そうは時間がかからなかった。


テーブルに並べられたご馳走にフォルテンが最初に手を付けることで、一行パーティーも諦めてこの歓待を受け入れることにした。

歓待する魔族側の様子はと言えば、ご馳走の大盤振る舞いで恩に着せる風もなく、森の日常の話をしたり、最近あったと言う喧嘩祭り騒ぎテンカイチブドウカイについて語ったり。挙句にはユウのアカリ自慢が始まったり。


なんだ、普通に友人の家に来て歓迎され、楽しい時を過ごしているみたいじゃないか? フォルテンを始め人間側にも、そんな思いすらも浮かんでくる。


この関係性を進めるにせよ、距離を取るにせよ、今は敢えて友好的に振る舞い、この雰囲気をより良くした方が良い。

フォルテンはそう考える。


「遅くなってすまなかったが、簡単に私の仲間を紹介させてくれ。

私は、この一行のリーダーを務めるフォルテン。世間では、勇者を名乗っている。自称だけどな。


隣のこの体格が良い男はシュテイナ。サブリーダーも担ってくれていて、力が強く、皆を護ってくれる頼もしい男だ。


その隣にいる赤毛の女性戦士はプリーツィアと言う。動きも、判断も速く、手先も器用で、様々な場面で我々をサポートしてくれる貴重な存在だよ。


そちらの長身の男は弓の名手であるジャレコ。世故に通じていて、旅先の案内を任せるには持って来いの男だ。

いつも世話になっている。


向こうのブルネットの女性はオティリス。戦闘は苦手だが、治癒の術をたしなんでいて、生活技術も高く、この一行を陰から支えてくれる。頭が上がらない相手だよ。


最後にグレイの髪をして杖を持っている男がダーヴォイ。神術の使い手で、深い知識を持つ、言ってみれば我々の教師役、かな?


いずれも、何物にも代え難い、私の大切な仲間達だ」


にこやかに全員を紹介してくれる。


「そんな風に紹介してくれるとは。いいのか、そんなに信頼してくれて」


いくら打ち解けて来ているとは言え、一応彼らにとってここは敵地で、理屈から言えばユウ達だっていつ敵に転じるとも知れない。

自分達の能力や特技、役割を開示するには少し早過ぎないだろうか?

ユウは不思議に思い、素直に感想を述べた。


「もちろんさ。そちらだって、隠したりはしないだろう?

まあ、名前と大体の役割は、既に教えてもらったけどね」


そういって、ニコリと魅力的に笑う。

つまり、こちらは情報を開示したのだから、そちらも隠し事するなよ、ということか。

頭で分かっていても、自分から先に情報を開示するのは勇気がいるはずだ。さすがは勇者を自称する程の男、なかなか良い性格のようだ。


「応えられるかどうかは分からないけれど、何か聞きたいことがあるなら、なるべく答えるようにはするよ。

でもその前に、まず何を目的として、命を賭けてまでここに来たのかを教えてもらっていいかい?」


それを聞いて、片側の口角を軽く上げ、フォルテンは言う。


「コヴァニエ砦が陥落した後で、砦内にいた人々がこぞって魔族に連れていかれ、魔王の森で虜囚の憂き目に会っている。

毎日のようにもてあそばれ、殺され、あるいは食べられている。

悲惨な運命に陥っている彼らは、絶望に打ちひしがれ、今日を生き抜く希望も持てなくなっている。

嗚呼、悲嘆に暮れた人々への救いの手はいずこに!?

……これ、近隣の街で吟遊詩人が歌っている内容な」


苦笑しながら両手を軽く上げた。

これに踊らされたんだよ、と言ったところだろう。


「街の人が既に解放されたという、先ほど聞いた話が本当ならば、その人々は既に別の街に辿り着いているはずさ。だから、ダーヴァイに頼んでその街の教会の術師に念話で連絡を取ってもらい、確認してみた。

正しいのは人間の吟遊詩人達ではなく、君達の方さ。

だからね、本当言うと、もう目的は果たせてしまったようだよ。」


とんだ道化役さ、と自嘲するように結ぶ。


「ただ、一つだけ気になることを聞いた。その虜囚の民達だが、予想よりも人の数が少ない。その点について避難した街の教会の方で聴取したところ、その人々の口は重く、語られた内容もばらばらで辻褄が合わない。何があった?」


そう聞かれてしまっては仕方がない。

俺は、伏せて置いた赤仮面メフルの襲撃と、その仲間たちによる避難民達への暴行についても語らざるを得なかった。

まあ、信じてくれそうだから、別に隠すこともないのだが。


長くもない話を聞き終わると、一行の中、最も体格の良い男が顔を赤くして立ち上がる。


『ふざけるな!』


怒号、と呼ぶに相応しい大音声。


「我々の軍勢が、そのような非道を働くはずがない!貴様ら、何かを隠しているのだろう!本当は何があった!」


目を血走らせ、拳を固めながら、獣が吼えるように叫ぶ。


言いたいことは分かる。それは、信じたくないだろう。

とは言え、語った内容は全て事実。

見ると、その男シュテイナの周りの面々も、似たり寄ったりの表情をしている。

自分人間達はそんな非道は働かない。そう信じたい。信ずるべきことを信じたい。


この溝を越えるのはやはり難しいか――


「落ち着け、シュテイナ」


俯いて表情の見えないフォルテンから、制止する言葉が出てきた。


「赤仮面をつけた戦士。噂は聞いている。

腕は確かだが、人を人とも思わない非情な男。

自分の力は魔王にも届くと豪語していたらしいが、その行動を見る限り、その性根も話に聞く魔王とさほど変わらぬという」


「何言っているの! ルーパス魔王はそんな酷いことしないよ!

そもそも、ここに囚われていた人達を解放したのだって、ルーパスが力を尽くしてくれなかったら、できなかったんだから!」


黒翼の女魔人が、翼をばたばたと動かしながら、顔を上気させ抗議する。

その風に煽られて飛んでいく料理を必死でユウとスケ妖精が追いかけているのはご愛嬌。


「シュテイナ。それに他の皆も。

少なくとも俺には、彼の語る人間の戦士達の蛮行というものを嘘と決めつけられるほど、人間側も潔白とは言えないと思うのだ。

街に避難した人々に聞いてみれば、より状況は明確になる。

彼らの口を重くしているのは、彼らが言ったことが嘘だと思われた時、彼ら自身に危険が及ぶという想像を否定できないことだろうから。まだまだ、彼らの立場は不安定だ。

今、性急に結論を出すべきではない」


フォルテンが仲間に語り掛けると、彼らの内心はともかく一様に大人しくなった。

シュテイナ、と呼ばれた巨漢だけは、まだ厳しい表情をしているが。


「――大したリーダーシップだな? それで、勇者様の聞きたいことは、他にはあるのか?」


仲間を落ち着かせる、その手際を密かに感心しつつ、先を促す。

ユウ自身にも聞きたいことがあるのだから。


「魔王の正体と、その本拠地。魔王軍の勢力の詳細。魔将と呼ばれる存在に関する、能力と性格などの諸情報」


ニヤリと笑いながら、しれっと言ってくる。


「流石は勇者……。そこまで聞けるのだから、もはや俺から言うべきことはないぞ……」


そう言いながら、ユウは腰にした剣を持ち上げる。

冗談めかして無理を承知で質問し、あわよくばと情報ポロリを狙っているのだろう、抜け目ない。

もちろんユウも冗談で応じて、剣身は鞘から抜いていないし、害意がないことを示すため顔も笑っている。間違ってポロリとかするほど甘くないよ、と相手に伝われば良い。

だからアカリさん、隣で戦闘ファイティングポーズなんてとらなくて良いです。

どこで覚えた、そんなもん。


「ああ、冗談だよ。緑髪の魔人。君こそ、何か私に聞きたいことは何かあるか?」

「ユウ、でいいよ。良かったら、そう呼んでくれ。彼女のことも、エルナでいいよ。

――いいよな、エルナ?」


コクコクとうなずくエルナを見ながら、本題に入る。


「じゃあ、聞きたいことがあるんだが――お前、なんだって勇者なんて名乗っているんだ? 恥ずかしくないのか??」


ユウにとって核心の質問。

そこ!?とばかりにフォルテンはちょっとびっくりした顔をして、再び苦笑する表情に落ち着く。


「まぁ、そう面と向かって問われると恥ずかしいのだが。


私は思うのだ。

王は民を慈しまず、官は権を私物化し、民は己の生活に汲々としている。明日はどうなるのかと、皆が不安に思っているのだ。

更にそこかしこで人間達と魔族とが争い、不穏な噂話に満ちている。

そんな中で、私に何かできないのか。私はどう在りたいのか。

悩んで、それで出した答えは、結局は自分のやりたいようにやる、だったのさ」


そこで一区切りをつけ、フォルテンは自分の近くに座る仲間達を見渡す。


「最初は悪戯の延長だった。そこのシュテイナと一緒に、半グレと言われて、あちこち気に喰わない事を潰して回って。

気が付いたら、今の仲間達と一緒に、世の中の気に喰わないことに喧嘩をふっかけて、叩き潰してきたのさ。悪知恵を駆使してな。

そうしたら、ある日、助力した相手に勇者様、と言われて感謝された。

相手は、涙を流して喜んでいたよ。貴方が居れば、明日はより良い日になると思える、とね。

私自身も、幼少の頃より、勇者の物語に勇気づけられた身だ。だから分かったんだ、勇者の名前の輝きと、その重さにね。


虚像でいいんだ。少しでも希望に繋がるのなら。それで頑張れるのなら。

だからさ、自分で自分の名前を使って、人の口に上る『勇者』って虚像を作り出して、育てて来たんだ。まだ見ぬ誰かの勇気を支えるために。希望を持てるように。


それが、自称勇者フォルテンの正体だ」


そう言って、一口水を飲んでから、苦笑した。


「すまないな、こんな変な話を長々と」


そう言って照れるフォルテン。

ユウは素直に驚く。そんなことを考えて実行する人間が居ることを。


「随分、危ないことをするんだな。虚像が壊れたら、石を投げられる身に陥る可能性だってあるだろうに」

「かもしれないな。まあ、いいさ。私は、私の思うように生きたい、それだけだから」


思った以上に、我の強い回答。


この男となら、あるいは人間世界との接触が可能かも知れない。

そんな可能性を感じさせる存在。本物かはまだ分からないが、貴重な存在だ。

そしてその思いは、図らずもその相手も同様のことを感じてくれていたらしい。


「なあ、ユウさん。私は、貴方に可能性を感じるのだ。

今の人間達と魔族の飽くなき抗争。これに何らかの良き変化をもたらせるのではないか、とすらね。

どうだろう、私と友人になってはくれないだろうか?」


そう言って、わざわざ立ち上がり手を差し出すフォルテン。

ユウもそれに合わせて立ち上がって、しっかりと手を握り返した。


「俺の方こそ、同感だよ。こちらからもお願いしたい。

これからよろしくな、勇者フォルテン」

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