王都騒乱

 後三日。いや、今日はもう夜になるから残り二日と言ってもいいだろう。王が崩御されたことを公表するまでにキサの身の安全を確保しなければ、この先もずっと安息はない。

 

 そういえば……アイリーンは帰ってきていたかな?と思ったとき、部屋のドアがノックされる。アイリーンだな。私がドアを外側へ開けると、予想に反してメアだった。


「メア、帰ってきたのね!おかえり」


「ええ。ダントンからミラが心配してくれてたと聞いたわ。わたしは大丈夫よ!ミラは今日はもう夕食をとったの?」


 なんだか落ち着かなくて食べていなかったことを思い出す。


「まだだったわ……なんか暇なようで忙しい休日だったの」


「ミラらしいわ。わたしの部屋で軽く食べない?」


「そうする!私も話したいことあるし、メアにフルーツあげようと思ってたのよ。一緒に食べよー!」


 ついでに私が数日留守にすることも話しておこう。先程までの暗い気持ちはやや薄れ、二人でキャッキャと賑やかにテーブルの上に食べ物を並べる。


「王都のサンドイッチ専門店で買ってきたのよー!ここのサンドイッチはパンが美味しいのよ。後、スープ屋さんも味付けがいいの。毎日、10種類のスープを売ってるわ。これデザートね。チーズケーキにしてみたわ」


 メアがテイクアウトしてきた品々を紹介していく。私も持ってきたフルーツを置く。


「どれも美味しそう!私も今度行ってみよう。メアがちょっと食欲出てきたみたいで良かったわ」


「だからー!ただの夏バテって言ったでしょ?ダントンもミラも心配しすぎよ」


 お茶を淹れて持ってきてくれる。食べましょ!と勧めてくれ、二人で食べだす。


「このチーズケーキ濃厚!すごいチーズ感があるし、私、下のほうが、タルト生地になってるのが好きなのよね」


「でしょ?王都の時計台の近くのお店なのよ」


 褒められて嬉しそうに笑うメア。私はお茶をひと口飲む。クラリスのお茶よりもアッサリとした味わい。


「ミラ、フルーツも美味しいわよ。気づかってくれてありがとう」 


 ……あれ?私は返事ができなかった。視界が回る。少しずつ体も痺れてきているのがわかる。ガチャンッとお茶のカップを手に力が入らず、床に落とした。床に染みを作る。


「効いてきた?」


 これは!?まさか!メアが?と言葉が発せられず口だけがかすかに動く。

 解毒の術を唱えるようとしたが、思考すらできなくなってきた。意識が朦朧とする。


「ミラ、ごめんね」


 悲しげな涙声を聞いて、私の意識はそこで途絶えた。

 

 しばらく私は夢の中にいた。 

 

『神に愛されし、ルノールの民よ』


『もはや神に見放された』


『人々を殺戮しすぎた』


『もう背負えないほどの罪だ』


 知らない人々が口々にそう言う。怖い。冷たい。寂しい。そんな感情が一人一人から溢れている。フッと消えて一人の人影のみが残る。


『しかしルノールの民を利用したのも、また人である』


「それはわかってますが、人の中ではもう生きていけない」


 薄暗さがだんだんはっきりと形を作っていき、影の姿が見えるようになってきた。

 長身の男は金色の長い髪を1つに束ねていて、綺麗な顔立ちをしている。どこか人離れしている雰囲気がした。

 もう一人は私が喋っているようで、姿の確認はできない。


『神は見放してはいない。おまえたちがそう感じているだけだ』


 長身の男が言う。


「たくさんのルノールの民が死に、一族が互いに敵同士となり戦いました」


 私の涙が溢れたことを感じる。男が憐れむように手を重ねて慈しみを込めた声で言う。


『逃げたいのか?』


「逃してやりたいのです。民たちを!許してくくれるでしょうか?最後の愚かな長としてこのような選択しかできないことを」


『民を救うにはそれしかないだろう。いいだろう。またいつか会えることもあろう』

「民たちをどうぞ見守りください。力が無くなるその時まで」


 ぐっと手を握る。男は目を細めて優しい表情となる。

 

『できることがあればする。約束しよう』


「ありがとうございます」


 そう私の口が言ったような気がしたが夢だった。変な夢だった。あまり内容も覚えていられず、ぼんやりとして薄れていく。

 目を薄く開けるとそこは冷たい床の上であった。ここは……来たことがあると気づき、夢心地から一気に現実へ戻される。

 先日見た結晶石が青白く光っていた。イルークの町の祠か!


「やあ。はじめまして」


 青年が結晶石に寄りかかって、立っている。キサに少し似ているが、どこか彼のほうが外見は大人しい印象がある。なんというか、人を惹きつけるオーラがキサより少ない感じだ。

 探る手間が省けたと喜ぶべきかピンチなのか……。


「今、何時くらいかしら…」


 私が起き上がるとジャラリと音を立てた。鎖があるため立てず、座った体勢になった。こんなものをつけるとは。どんだけびびってるのだろうか。


「悪趣味ねぇ」


 首と手首、足首に鎖がついていた。私は猛獣扱いなのか!?こんなものすぐ外してやるわよ!とタイミングを伺う。

 青年の後ろから出てきた人物が呆れたように言う。


「この状況で意外と冷静というか間が抜けているのか?」


 ラガートが!?まさか!……そちら側とは予想外だった。メアはいない。どこへ行ったのだろう?

 ラガートの背後にはさらに3名の闘神官が影のように控えている。


「驚かせたか?王命によりずっと王子を影のようにお護りしていた。命令には逆らうことはできないからな」


「そこの男が第一王子ってこと?神殿は中立じゃないの!?」


「口の利き方に気をつけろ。神殿より王家に忠誠を誓い、動くよう言われている以上はタイロン様の為に闘うのみだ。タイロン殿下付きの闘神官である」


 ラガートが近づいてきて、持っていた杖で私の顎をあげる。思わず睨みつけた。


「タイロンだ。ラガート、御手柔らかにな。平民と言えど、キサのレディからな。あいつが来るまでは生かしておく必要がある。なぜ平民を気に入っているのかわからないがな。見た目も平凡だな」


 タイロンと名乗った王子は冷たい黒曜石のような感情のない。目で私を見下す。すごくバカにされてる。今すぐぶちのめしたい気持ちが沸き起こるが、逃げるチャンスを掴むか闘神官相手に立ち回れるかどちらが良いかを考える。しかしどちらにせよ……全力じゃないと無理かな。禁術をみせることになるだろう。


「まぁ、それでもキサを釣れる餌にはなるか」


 私はキョトンとした。……あー!なるほど。だから私だったのか!やっと意味がわかった。なぜ私が捕らえられたのか。ピンチなのに少し笑ってしまった。


「ごめんね。私は餌にならないわよ」


「どういうことだ?」


 ラガートが驚く。


「恋人なんて嘘よ。フリだけ。つまり偽装なのよね」


「は!?」


 間の抜けた声だ。タイロンが話が違う!と叫ぶ。ラガートも首を傾げた。

 偽装恋人なのに、なかなかうまくいっているように傍目から見えたらしい。そもそもそんな雰囲気いっさい醸し出してなかったけどなぁ。


「と、いうわけで、お役に立てないので、ここは穏便に済ませるってことで、帰してくれない?」


「そんなわけいくか!」


 怒りに顔を赤くしてタイロンが怒鳴る。無理とわかって聞いた。そうだよね。ここまでバレたら帰してくれないよね。


「あれ?予想外だった?来たけどね。ご丁寧なご招待ありがとう」  


 唐突に声がして驚く。フードを目深にかぶったキサがいきなり入ってきた。ラガートがタイロンを守るように私から離れて、サッとキサとの間にすばやく入り警戒した。


「え!?どういうことなの!?キサ!なんできたの!?」


 パサリとフードをとったのは紛れもなくキサだった。空色の目は怒りで鋭い。しかし私を見て、表情を柔らかくし、ちょっと傷ついたように、ひどいなと言う。


「来ないと思ってたわけ?ミラを見捨てることなど、できるわけないだろう」


「何言ってるの!?恋人じゃないわよ!」


「フリ……だったけど、割と本気になってしまったのかも」 


 肩をすくめ、自嘲気味に笑う。

 はい?ここで冗談言うタイミングかなー?と私が聞き返すよりも早く、タイロンが先に口を開いた。


「そっちの事情はわからないが、来てくれて嬉しいよ。釣れてよかった」


「兄さん……王位は俺はいらないと言っただろう?王位継承権は放棄する。そう皆にも告げることを約束する。俺が嫌なら二度と姿を現さない。だからもうやめてくれ」


「命が惜しくなって言ってるのかもしれないが、王になろうが、おまえがいる限り、常に脅かされる!わからないだろう?ずっと昔から努力してもしても敵わない相手がいることの屈辱!ただ力がないと言うだけで王位に相応しくないと言われる身になってみろ!」


 キサはどこか諦めたように嘆息して口を閉ざす。説得は無理と判断したらしい。


「ラガート!殺れ!まずはその娘からな」


 私の方を指差す。させるか!まずはこのうざい鎖を切ってやると思い、すばやく術を放とうとした。

 ……が、発動しない。術を使えない!?動揺した私を見て、ニヤリと笑うタイロン。


「なにこれ。力が……霧散する」


 力がこぼれ落ちていく感覚。表現することが難しいが、粉をこねてもこねても生地が纏まらない状態といえばいいだろうか?


「無駄だ。それはあのルノールの民用の鎖だ。おまえの力が強いとメアやラガートから聞いていたから、王家の宝物庫より持ってきたんだ」


「なっ!?なんで……そんな物まで持ち出してくるなど、兄さんそこまでしなくても!」


 私がルノールの民の末裔の古代禁術使いとバレていたわけではなく、単なる力を封じ込めるためらしい。しかしこれでは力が使えない。嫌なものを使う。こんなものをつけるから、先程悪夢のような変な夢を見たのだろう。


 ラガートがスッと杖を構える。沸き起こる力。私は鎖に触れて、どのような術式なのか解除できないかを冷静に静かに瞑想し、頭の中で分析する。力を込めていけば……はずれないことはなさそうだが、複雑な術が何重にも施してあり、一つ一つを解くまでには少し時間がかかりそうだ。パズルを埋め込むような……こんな慎重な作業は苦手だ。いくつ鍵があるのよ!これ!

 どうする?何か手がないかと必死で考える。

 目を閉じて意識を集中させる。それに気づいてラガートが動いた。


「悪いな。仕える主には逆らえん」

  

「やめろ!ラガート!!」


 キサが叫ぶが、炎の矢が放たれる。その瞬間、庇うようにキサが走り、動く。私の前に立ちはだかり結界を作る。炎が四方に飛び散って消える。


「ちょうどいいだろ。二人同時に殺せ」


 ラガートはまだ本気ではない。金組の組長がこんなちゃちな術で相手を倒そうとするわけがない。後ろの闘神官達も動きはない。

 もしかして私達に時間をくれているのではないだろうか?ラガートも本意ではないのか?

 私はキサに声を潜めて耳打ちした。


「ここは二人では無理。逃げてくれない?一人なら逃げ切れると思う」


 とりあえずキサは無事に帰したい。


「嘘つくな。それは聞き入れない」


 キサは無言で私に背を向けて庇うように立っている。いつでも術を発動できるように構える。

 タイロンがハハッと笑って、結晶石に触れた。


「キサ、そっちからこちらへ術を発動させて結晶石に被害がでるとどうなると思う?」 


「わかってるさ」 


 苦々しくキサが言う。タイロンはわざとこの場所を選んだのだ。結晶石を人質にしているようなものだ。割れれば……この町だけでなく、結界が無くなった王都も危険にさらされるだろう。


「おまえはどっちをとる?民を見捨てて王都に魔物を招き入れるか、死ぬか」


 可笑しそうに笑う。キサへの恨みがひどく込められている。

 結晶石にラガートと闘神官達……そして繋がれている私。キサは手詰まりだ。


「王になろうと思う者が、民を人質にするなんてな。結界で守られてきた王都の人々は魔物に慣れていない。耐えれないだろう。もうわかったから。俺の命をくれてやるから……ミラを解放し、結晶石も割らないでくれ」

 

 諦めたように両手を挙げる。タイロンがややバカにしたように言う。


「すぐに死ねると思うのか?」


 私はこの間にも解除しようと複雑な術が絡み合う術式を読んでいる。1秒たりとも無駄にはできない。汗がにじみ頬を伝ってポタポタと床に、こぼれ落ちる。1つ解除していくごとに力が吸い取られる。あと幾つ術は残ってる?急げ!急げ!できる!と自分に言い聞かせる。


「ミラ、大丈夫なのか?無理するな!」


 私の様子にキサは心配してくるが、彼もそんな余裕などない。ラガートが手を上へ挙げると3人の闘神官達も加わり、私とキサを取り囲む。タイムリミット?ここで終わるの?


「ラガート、言っただろう?じわじわと殺すほうが良い。まず切り刻むぞ」


 憎しみを込めた目をキサに向けている。風の矢がタイロンから解き放たれる。同じ術をラガート達も使う。無数の矢が降り注ぐ。キサは私に当たらないように抱き抱えた。私はキサの胸の中にいることに驚き、ドキリとしたが……そんなときめいている場合ではない。もう後がないのだから。解呪を急ぐ。

 結界で矢は届かないが、ラガートたちも次々と打ち込み続ける。削れていく結界の壁。


「キサ!やめて!どいてよ!」


 私が悲鳴に近い声をあげたがキサは無視する。こんな非力であったことは未だかつて私はない。あと解除できるまで残り僅か……だけど間に合わない。


「くっ!」


 キサの肩が、切れて血が滲み、服の隙間からは傷口が見えた。血が流れてくるのを手で抑えている。私は震えた。誰かを失うという怖さを初めて感じていた。今まで禁術が使えなかったことはない。無力であったことはない。こんな時、どうしたらいいのだろうか?やめてと叫びたいが、叫んだところでやめる相手ではないだろう。

 必死に怪我を回復させようとするキサを見て、満足そうにタイロンが言い、ラガート達に指示をする。


「回復させるな!次は氷の術を放て!」


氷の矢が降り注ぐ。キサは私がいるから動けず、結界石があるから反撃もできない。ただ防戦一方だ。こんな私が足手まといになるなんて……解除に力を注いでいる私は一気に失っていく力の反動で頭痛がしてくる。

 

「キサ、もう逃げて!私ならどうにかするから!」


「嘘だろ?いつもならもっと余裕あるだろ……」


「私一人なんかのためにそこまでする必要がないわよ!ここで死ぬより、王になりなさいよ!」


 キサの背中が凍った。苦悶の表情を浮かべるがすぐに安心させるように、何事もなかったように笑顔をみせる。相手は嬲り殺すつもりだ…。


 今の私には回復の術も使えない。もう限界だ。悔しさで涙がにじむ。泣いてる場合じゃない!泣いてもどうにもならないでしょ?と自問自答する。……ここは力を暴走してでもいいから力を一気に放つしかない。結界石は確実に割れるし、自分で暴走を抑えられるだろうか?そう思った瞬間、チャリッとキサの首の護符が見えた。

 忘れていた。キサに預けてあったんだった。私は抱えられている隙間からキサの首の護符に手を伸ばして握りしめると叫ぶように言った。


「星の子の名において!!」


 その瞬間、当たりは光に満ちた。驚いて術をやめる五人。タイロンが声をあげる。


「なんだ!?」


 光から人の影が現れて、神々しさすらある。白銀色の髪をふわりとかきあげる。


「まったく。どうしたんですか?何がありましたか?どうせなら、もっと早く呼んてくれていたら、王都にすぐ着けたのに……って、ここはどこです??」


 その神々しさは喋ると一瞬で消えた。美しい登場が台無しである。

 久しぶりに会った私と周囲の状況を見て師匠は一言。


「ミラ、無様ですね。それでも私の弟子ですか?」


 ひどい……だから使いたくないんだよね。この護符は師匠召喚。何かあったとき、本当にピンチの時は呼んでほしいと渡されているものだ。


 このチャンスを逃さず、肩を抑えて回復の術をすかさずかけているキサが私に聞く。


「誰なんだ??この護符の効果はもしかして……」


「キサ、傷大丈夫かな?私のせいで、ごめんね」


 そっと触れるが、キサは傷は浅い、大丈夫だと言って笑う。

 師匠の存在にみんなが注目しているので、紹介しておく。


「私の師匠のパル=ウォール師よ。その護符は師匠が召喚出来るという便利というか、ヤバイアイテムなのよ」

 

「ヤバイって聞き捨てならないですね。たすけにきたのにー!そもそも、護符をなんで人に貸してるんですかーっ!?大事にしなさいといったでしょう?」


 師匠にバレた。いきなり現れた闖入者に驚いて、動けなくなっていたタイロン含めた五人を睨みつける師匠。ザワリと総毛立つような威圧感が生まれた。ラガートでさえ、少し後ろへ退く。


「しかし、まあ、人のかわいい弟子に何、変な鎖つけちゃってるんですかねぇ?しかも見たところ厄介な術までかかってるやつを持ち出してきたんですねぇ〜。その鎖をわかってて使ってるんですか?わかってないですよね?」


「さっき、そのかわいい弟子に無様って言ったのは気の所為なのかな」

 

 私のツッコミに、気にしない!と明るく答えると師匠は振り向きもせずに言う。


「今すぐ鎖を解除しなさい。わたしの弟子ならすぐしなさい。絶対できます。いつまでそのへんてこな鎖つけてるんです?」  


 くっ……悔しいが言い返すことはできない。私は冷静さを取り戻して解除していく。カチリと頭の中で鍵が開いたような音がし、術を解除できていく。そのたびに鎖は効力を失っていく。


「転移魔法とは高度な術を使うな!何者だ?」


 ラガートが最大限の警戒をしている。他の三人の闘神官にも指示を出して、一旦退かせている。

 特殊な魔法の道具を使おうとも、転移の術は使える者はそうはいない。今、護符を介して行えたが一枚の護符につき、一回のみ。その証拠に護符は負担に耐えれずボロボロになって床に落ちた。もう少し術式をうまく組めば転移魔法は簡単にできそうなのだが……誰か研究してみてほしいものだ。と、めんどくさがりの私は他力本願にそう思う。


「はー、それ一枚が国宝級なんですよ。もったいないなー。ミラ、何枚目の破壊ですか?なかなか手に入らないのに……」


 師匠はラガートの問いかけはどうでもいいと無視し、護符が壊れたことにショックを受けている。


「キサの味方をするならば同じように切り刻むだけだ!」


「誰に向かってそんな台詞言ってるんですか?」

  

 タイロンは予想外の闖入者に慌てている。師匠は好戦的に紫水晶の色をした目をキラリと輝かせる。ニヤリ笑った。た、楽しそう!!

まずい。これは非常にまずい。


「はっ!外れたああはああ!!師匠、私は大丈夫だからっ!!鎖は外れましたー!」


 私は慌てて声をあげた。カシャンと床に落ちる鎖。術はすべて消去されて、鉄クズになる。よかった!間に合った?師匠が本気になったら結晶石すら祠ごと吹き飛ばしかねない、

 驚愕の眼差しを師匠以外の人達がした。


「ルノールの民すら捕縛できる鎖を?解くだと?」


 ラガートが信じられないと言うように私を見た。いや、でも私はかなり疲労している。地味に術と静かーに戦っていたが、汗が床に落ちて染みになり、立ち上がりたいが足に力がなかなか入らない状態である。もう少し時間をくれれば無茶せずゆっくりできたが。

 

「化け物だな。まさかルノールの民じゃないだろうな? 」


 タイロンがやや声を震わせて言う。

 

「ルノールの民を捕縛するための鎖はそれほど力の無いものなら使えますけどね。同じ人ですから、ルノールの民にも力の強い者、普通の者、無い者などいろんな人がいるのですよ。あなた方と同じなんですよ。第一王子、タイロン?力が無いルノールの民が捕らわれて、殺されていく……そんな鎖ですよ。あなたが使った鎖はね!宝物庫から持ち出す前に使っていいものなのかどうか考えてみたらいかがてす?」


「おまえは……どこかで見たような気がするぞ」


 師匠は震える声を発したタイロンをジッと見据える。教えるように続けて言う。


「第一王子でありながら、力がなくて王になれないのは理由があるでしょう?ただ地位が欲しくて欲しくて懇願したところで、なれるものではありませんよ。わかっているでしょう?神の鳥の守護がない王はどんなになりたくてもなれませんよ。キサを殺したところで守護があなたにいくわけでもありません」


 あれ?名前知ってるの?私、キサを師匠に紹介してないよね?鳥の守護とはなんのことだろう?


「なぜ?俺を知っている?学院長か?……いや……なんかどこかで会ったような?見たような気がするな。」


 キサもまた首を傾げながら師匠をまじまじと見ている。どういうことだろうか?


「鳥の守護がなくても!国は守れる!」


「この王国が世界でも安全に裕福に平和に暮らせ、魔物から守られていることを知らないのは幸せなのか馬鹿なのか?他国はもっと魔物に悩まされてるんですよ。どれだけの代償を払い、ここまでこの王国を守ってきた人たちがいたことを、ちゃんとわかってますか?」


 ジリジリと師匠はタイロンに近づいていく。怒ってるよ……師匠は。私は震える足に力を込めて、地面をしっかり踏みしめて立ち上がる。キサがそれに気づいて手を貸してくれる。

 師匠は空中より自分の杖を取り出した。白銀色の綺麗な杖だ。本気だ。


「とりあえず……かわいい弟子を傷つけた代償は払いますよね?」


 圧倒的な力が場に満ちる。結晶石すら怯えるように光が薄まる。

 ラガートもそれに気づき、タイロンを守ろうとする。師匠が禁術を使う!マズイ!!


「キサ!結晶石のそばへ!」


 私が頼むとキサは私を抱き抱えて石の傍へバッと移動した。楽しそうな師匠の笑みが口の端に浮かぶ。その瞬間、私と師匠の禁術が同時に発動した。

 ドン!と音がして祠がミシミシと音をたてる。衝撃波が起こる。床の石が剥がれる。ラガート達が結界を4人がかりで自分達を守るために必死で作り上げたが、結界は破られ体は吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。ラガート達は流石に受け身をうまく取り、かろうじて動けるようだすぐには起き上がれず、苦痛の声をあげる。タイロンの方は床に倒れふしているが……い、生きてるよね?


「あ、あ、危なかったー!やると思った」


 私は結晶石とキサ、祠の壁などを網羅する結界をはり、さらに師匠の術の緩和をした。悪いがタイロン達は放っておいた。そこまでお人好しではない。

 師匠は消化不良な顔をして、不満の声をあげる。


「何するんですか!わたしの術を阻止するなんて!」


「こっちのセリフだわ!結界石や祠まで吹き飛ばしてどうするのよ!まぁ、すると思ってた!」


「良いじゃないですか。むしろすべて綺麗サッパリと!」


「さっき、めちゃくちゃ格好いいセリフをタイロンに言ってたのに!護るどころか自分が結界を破壊しようとしてるじゃないのっ!」


 私と師匠の言い争いにキサが口を挟む。


「助けてくれてありがとうございます」


 師匠がいいえと微笑む。


「そこのあなたの兄をどうしますか?」


 フラフラと立ち上がるタイロン。所々痛むのか手で抑えている。ラガート達は下手に動けないと思ったのか、警戒してこちらを見ている。


「一発殴らせてください」


 平静さを保っていたキサだったが怒っていたらしい。師匠は苦笑してどうぞと言う。本来なら殴ってスッキリするようなものでもないだろう。


「おまえが悪いんだ!」


 キサがそう叫ぶように言うタイロンに近づいていく。静かな怒りを感じられる。


 ラガートが体を引きずるようにして動き、キサからタイロンを庇おうとしたが、師匠がサラッと口をはさむ。まるで挨拶でもするかのように。


「そこの4名の闘神官達。第一王子の護衛の任を解きます」


 は?え?なんだ?とそれぞれの声がハモる。闘神官達が理解できずに師匠を見た。


「大神官長の命令です」


「な!なんで!?こんなところに!!」


 ラガート達が慌てる。キサがやはりどこかで見たと思ったと呟く。私は信じきれず疑いの眼差しを向けた。


「ホラ吹いてるの?」


「なんで嘘だと思うんですかー!?」


「山奥に住んでるのに?神殿に行ってないじゃない!」

 

「たまーに行ってましたよ。それに私でなれけばならない仕事の依頼はきちんとこなしてましたしね。だいだいは副神官長で事足ります。隠居爺さんみたいなもんですよ……のんびり山で暮らしたいのに、なかなか引退させてもらえなくて大変です」


 山奥の暮らしは隠居生活にはあってるけど……私は退屈だったわよ。長閑で良いところだけどさ。


「ちゃんと証拠になるものもありますよ。これが大神官長の証ですよー!」


 そう言って自分の服から出したペンダントには鳥の姿に綺麗な珠がついている物だった。


「間違いないな……それは神殿の秘宝だ。陛下の王冠と対になっているものだ」 


 ラガートがそう言うと、頭を下げ、膝を付き、礼をとる。他の闘神官達も同様の姿勢をとる。師匠はそれを見ても表情1つ変えない。


「これで終わりか。好きにするが良い」


 諦めたようにタイロンが言う。キサは殴ることなく傍へ行き言う。


「悪いけど王都には置いておけない。辺境の地になるけれど、追放という形で生涯見張らせてもらうよ。可愛そうだけど、君の母と弟もね」


「随分と寛容ですね」


 師匠は遠慮がない。煽ってどうする。

 キサは首を振る。


「死なないほうが辛いってこともあるからね」


 ニッコリと優しい微笑みをキサはタイロンに向けた。そしてひきつる表情を浮かべたタイロンを無視して王都へ帰ろうと言った。


 ふと、私は思い出す。


「メアは!?メアはどこへ!?」


 タイロンを見た。ニヤリと嫌な笑い方をした。もう1つ火種がある!まだだったのだ。


「デュルク家が今頃、動いてくれてるさ。王家の掌握にね」


「タイロン!まさか……とは思うが、自分の弟まで!?あんなに小さい子まで狙ってるのか!?」


 キサが焦りだす。もうどうなってもいいという風にタイロンは投げやりに言う。


「一人でも残すと後々禍根が残る……グハッ!!」


 キサはタイロンを殴ってふっ飛ばした。空色の目は怒りに燃えている。今度こそ本当に意識が失くなっている。

 

「そんなの相手にしてないで行きましょう!」


 キサと私はこの場を師匠に任せ、王都へ急いだ。

 



 

 

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