夏休みは終わり本格始動

 次の日の早朝にキサは王都へ帰った。また学院で会おうと言って、去っていった。

 なんとなく寂しいような物足りないような気がする。

 (もっと居てくれると良かったのに)

 ん?そんなこと思うなんて、私はどうかしてる。恋人でもなんでもないんだし、キサに私のために使わせる時間の権利などない。


 私はキサが帰った後も馬に乗ったり湖でピクニックしたりし、夏休みを満喫した。

 帰りはシェイラ様にお土産をたくさん持たされ、来年もまた来てね!と嬉しいことを言って見送ってくれた。ちなみにバイト代はいりませんと断った。

 お世話になりっぱなしだった。事件もあったが、楽しい休日だったなぁと……。


 しみじみと当番表を眺めて嘆息した。現実がやってきた。

 

 夏休み後半は待機組の当番である。


「楽しいことは終わるのが早すぎるなぁー」

 

 テーブルにグテーーーッと伸びる私。


「そんなに楽しんできたのか?良かったじゃないか楽しくないよりは」

 

 私の前にお茶を飲みつつ王都新聞を見ている、いつもどおりのクラリスがいた。食堂もまだ休み中のため閑散としている。


「はい。ハーブティーのお土産」


「ほう。自家製か」


 お茶となると興味を示すクラリス。ハーブの調合や効能を見ている。


「王妃様作よ」


「それは……なんというか飲みにくいものだな」


 視線を私に戻し、王妃様となにしてたんだ?と驚いている。思ったより気さくな人だったと感想を述べておく。


「みんな元気にしてるかなー」


 してるだろ。と素っ気ないクラリス。どうも会話が弾まない。なんでクラリスと私が同じ当番のグループなのだろうとやや不満だわー。

 メア、早く帰ってこないかなぁ。 


「ミラ、休みボケしてるだろ?グダグダしてないで図書室で読書でもしたらどうだ?」


 本でも借りてくるか……私はクラリスの案を取り入れて行動することにした。クラリスも図書室なら一緒に行こうと言ってついてきた。日常へ頭を戻すには良いかもしれない。


 学院の図書室は広い。一階の広間をぐるりと囲むようにして二階がある。飲食や会話は禁止。利用者も今日は少ない。クラリスは部屋に入るとさっさとお目当ての本を探しに行ってしまった。さて、なんの本にするかなー。

 学院の図書室の蔵書量はすごい。クラリスが入り浸るのもわかる。初めて図書室へ来たときは本に圧倒された。

 図書室の雰囲気は好きだ。静かでゆっくりと時間が流れている。

 私はズラリと並んだ本を物色する。タイトルで選ぶか。内容で選ぶか。


 『古代禁術の歴史』『古代禁術とは』『古代禁術のしくみ』……興味があって調べていた時期もあった。読んだことのないやつを見てみようかな。


 一冊の古びた本を手に取ると近くの椅子に座る。


『古代禁術の使い手は決められた一族のみにしか使用できない。神世の時代より存在する、ルノールの民にのみ神に許されている。強大な力を持つため黒の時代ではルノールの民たちは兵器として扱われた。そのため黒の時代が終わると人々の恐怖心から迫害されることになる。一族の長は使い手達を守るために各地へ逃げるよう命じた。その後、血筋が途絶えたり薄まったりしたためか術を使える者は消えていく。』


 私も使えるということは……家族も使えたのだろうか?あの貧しい村が隠れ里だったのかもしれないが仮定ばかりだ。師匠に見つかったのなら村はもう無いだろう。どこかへ移動しているかもしれない。

 禁術の術式を記してある本はない。師匠が教えてくれた術のみなのだろうか?血が途絶えていくことで術も減っていっているらしいとは聞いた。


 師匠に聞けばわかることもあるだろうけど、何故か知ることが怖いと感じている。どこか本能的にやめておいたほうがいい、そこに触れてはダメだと思うのだ。なんだろうか?この感覚は?


「珍しい本を読んでるな」


 クラリスが本を数冊持ってきて声をかけてきた。一瞬、ドキリとしたが、平静を装う。


「高位の神術まで覚えたから、他にもなにかできないかと思って……」


「古代禁術は無理だろ。あれは血で発動するんだろうな」


「そうね。そう書いてあったわ」


 クラリスは自分の本を広げる。新しい情報は無し。学院の図書室でも流石に禁術の書はないかー。王家の書庫にはないのかな?ありそうな気がするが、なかなか入れない場所だしなぁ。  

 静かな図書室でしばらくクラリスと私は本を読みふけった。夏休みボケの私は静かすぎて、机に突っ伏してうたた寝してしまった。


 夏休みが終わっていく……。


 夏休みの待機中は特に事件も無かったので課題もゆっくり片付けられてラッキーだった。師匠にも手紙を近況報告がてらに書いけれど、返事は無し。あのめんどくさがりの師匠から返事をもらえるとは最初から思ってはいない。不在と言ってたし依頼を受けて家にいないのかもしれない。

 どうしてるかなぁ?ヤギのユキちゃんや牛のモモちゃん。二匹が寂しがってないか、そのほうが気になる。冬休みは帰ろうかな。


 少しずつ 学院に生徒が戻ってきて、賑やかになってきた。また授業が再開されていく。


「ミラ!久しぶりー。元気にしてた?」


 メアがやっと来てくれたー!


「元気だけど、待機の当番は退屈だったわ。メア……?少し痩せた?」


「夏の暑さで食欲が落ちてしまって、休み中はなんだか寝てばかりいたわ。今はもう大丈夫よ。ミラは日焼けしてるような??」 


「海というものを体験してみたからかな?日焼け止めクリームを一応塗ったんだけどなあ」


 ベルの顔が浮かんだ。ダントンがメアとの会話に割り込む。


「王子様の避暑地ご招待はどうだったんだー!?」


「楽しかったわよー。これはお土産」


 メアには貝細工の箱。ダントンには牧場でとれたチーズだ。


「うわぁ、ありがとう!きれいね〜。殿下とは進展なかったの?」


「進展って……なんか忙しい感じだったわ。一回来たけどすぐ王都へ戻ってたし」


 そうなのねーとやや疲れた顔のメアに私は気になって、ハーブティーを出す。


「これシェイラ様が調合してくれた疲れがとれるお茶よ」


 クラリスが本から顔をあげて言う。


「なかなか王妃様のお茶、悪くなかった。調合が絶妙だった。朝の目覚め用にしてる」


「クラリスが言うなら、お世辞抜きで間違いないわね。ありがとう」 


 ダントンはチーズを一つまみ食べて味見し、うまーい!と言っている。すでに開封してみたらしい。


「さて、これから藍組も秋からは本格的に神殿や王家からの依頼を受けたり魔物討伐に参加していくこととなるな」 


 クラリスの顔が少し緊張を帯びたものになる。


「藍組から参加していくんだ。ここから演習の実績も見られて紫、銀組となり、金組の闘神官となる」

 

 ダントンが私に説明してくれる。実習となるとどこかイキイキとする男である。


「さっそく演習がてらに近隣の村や街のパトロールをしてこいってさ!今までは教師付きでチラッと行っていたが、これからは単独も許される」


 椅子に座って話を聞くより、こっちのほうがいいなー!とダントンは呑気に言った。


 最初はグループ行動になる。私達4人で組むことになった。教師が場所を指定する。そのグループにあった課題のようだ。


「いきなりイルクの町か。試されてるな」


 クラリスがグループのリーダーだ。私達に準備の指示をしていく。


 「知っていると思うが、王都の結界の守りの村の1つだ。結界石の魔力の補充と周辺の魔物を討伐すること。これが、今回の任務だ。念の為距離があるから野営用の準備もしておいたほうがいいだろう」

 

 了解!と私達は動き出す。旅支度は割としなれている私は手早く済み、門のところへ来たがまだ3人は来ていなかった。ちなみに任務へ出る時は闘神官の戦闘用の制服のままである。

 

 王都の周りには5つの重要な町がある。魔物避けの結界石が置いてあり、王都への魔物の侵入を避けている。この石の魔力の補充は定期的に行わなければならない。それを神殿が担っている。


「早いな」


 クラリスがそういうと門の近くの厩で旅用の馬を私に渡す。神殿用の厩で他の人達もいる。


「今から行くのか。気をつけて行くんだな」


 威圧感のある声に私とクラリスが驚いて相手を見る。金組のラガートさんだ。赤い瞳で射抜くように私を見た。


「油断するな。エイミーから聞いたぞ。キサ……いや、殿下にはあれから会ったか?」


 夏の事件のことを言っているのね……とすぐわかった。思わず苦笑してしまう。


「帰ってきてからはまだ会ってないわ」

 

 そうか……と呟いて、後は挨拶もせずにさっさと去っていく。なんなの??

 クラリスが溜めていた息をフッと吐く。額に汗。


「ミラはラガートさんとよく平然と喋れるな」


「威圧感すごいよね」


 もう少しフレンドリーさを出してもいいと思う。冷たさすら感じてしまう態度だった。

 クラリスは金組の組長ということは闘神官のトップだぞ!普通、緊張するぞと言う。

 観客がいる演習よりマシよと思ったが口には出さずにおく。大勢の人は苦手である。


「おまたせー!」


「またせたなー!」


 メアとダントンが来た。クラリスがよし!と言い、気合のこもった、声で言う。


「目指すはイルクの町!いくぞ!」


 馬は順調に私達を町まで連れて行った。魔物に遭遇することもなかった。ダントンがやや味気なさそうに魔物がいないと呟いているのを私は聞き逃さなかった。


「ミラは意外と馬に乗りなれてるのねぇ。私達は学院に入ったころから乗馬はしてるけど」


「山奥にいたけど、師匠への依頼の手伝いとかで一緒に出かけることはあったから、割と小さい頃からしていたかも……」


 メアがなるほどと頷く。脳裏にやればできる子!と数多の無茶振りしてくる師匠の顔が浮かんだ。生きてて良かった……。

 

 イルクの町は北に位置する。物や人が行き交う陸上での商業地点になっている。ここは人々からたくましさが感じられる。馬は門の所で預ける。

 街にはいろいろな露店が並んでいる。穀物、野菜、肉、服、飲み物など様々だ。覗いてみたい衝動にかられる。


「あんたら神官サマかい!オマケしとくからどうだい?」


 フワ〜っと漂う肉の串の美味しそうな匂いに私は惹かれたが、私のマントをクイッと引っ張ってメアがだめよと連れて行く。


「任務中でしょー!」


 くっ……厳しい。

 4人で町長のところへ挨拶をしに行く。恰幅のいい帽子をかぶったおじさんが現れる。

 

「毎度、ありがとうございます!ようこそ!祠の鍵はこれです。今回もちゃちゃーっと頼みますよー」


 軽いノリだ。クラリスが代表して返事をする。


「了解です。また鍵はこちらへ返しにきます。よろしくおねがいします」


 軽い町長にもきっちりとお辞儀し、丁寧なクラリスはさすがだ。私なら一緒にちゃちゃーっと行ってきますよーとか言って、つられてふざけているわ。


「さて、祠へ行くか。さっさと終わらせて、昼飯は町で食べよう。午後からは魔物が周辺にいないかパトロールだ」


「お昼寝タイムほしいなぁ」


「却下だ。任務中たぞ?」


 私の提案はあっさりと退けられた。真面目な……これ、絶対先生方もわかってるグループ分けだな。私とダントンとかいうペアはありえないな。ダントンもちぇっと言っている。私に同意していたらしい。メアは真剣にクラリスと祠の場所の確認や儀式の手順、魔物のパトロールのための周辺地図を見ている。

 

「こっちだ!」


 クラリスが街の中にある木々が繁り、やや神秘的とも言える場所へ入っていく。道は細く木々があるため少し薄暗い。

 神殿の文様が書かれている小さい扉に鍵を差し込むと簡単に開いた。


「けっこう不用心ね」


「魔物意外、壊すメリットなんぞないだろ。それに簡単に見えても、この連動する指輪が無いと無理だぞ。神殿が管理してる」


 組長の証の指輪を見せる。……知らなかったわ。クラスに1つの指輪なら持てるものは限られてくる。クラリス、オシャレでしてるのかと思ってた。無知を怒られそうだから、口には出さないでおこう。王都から出て、クラリスとメアはいつもより無駄口がなく、ピリッとした、緊張感がある。


 細い石造りの廊下を歩いていくと、青い光が漏れているところへ来た。


「わお!すげー!」


「きれいねぇ」


 ダントンとメアが声をあげる。実のところ、私は初めてではないのだ。しかし感嘆の溜息が出た。3メートルはある結晶石が青く淡く光る神秘的な光景は美しすぎた。


「クワールの民が掘る結晶石でも最上級品。値段がつけられないくらいだわ」


「行ったことあるのか?」


「師匠と行ったわ……世界でもたった一か所、クワールの谷で採掘されるという結晶石でここまで大きいのは見たことなかったわ。小さい物ならば谷にもあったけど」


 クラリスが眉をひそめる。


「クワールの谷に足を踏み入れられる者はなかなかいないぞ。何者なんだミラの師匠は?」


 山奥で来た依頼を粛々と時には嫌そうにめんどくさそうに片づけている師匠しか知らないので、何者か?と聞かれても首を傾げるばかりだ。ただ、世界の要所には顔パスなので、今、思うと只者じゃない感がしてきた。

 

「さっさと儀式をして、昼飯くおーぜー!腹が減ったー!」


 同じくである。肉串が私を呼んでいる。

 

「緊張感がないんだからー!もう!」

 

 メアがそういいつつ、魔法陣を結晶の周りに書いていく。クラリスも手伝っていく。私とダントンは見守る。こういう繊細な仕事は二人の方が確実にこなすのだ。


「私、力の注入係で」


「オレ、パトロールの時、がんばるわ」


 おまえらなーとクラリスが言うものの、術式を間違えられたくないためか、了承するように黙々と書いていく。

 ダントンがあくびを一つしたところで、完成した。


「じゃ、ミラ、頼むわ。一人でいける?大丈夫?」


「結晶石の大きさは大きいけど、まぁ、一回分くらいなら全然いけるわ。大丈夫ね」


 すごいなとダントンがポツリと言う。

 魔法陣の中へ足を踏み入れる。黄金色に光る文字列。結晶に近づき、私は手をかざした。


「ここに力を捧げる。神の鳥の加護があらんことを!」


 青い光が閃光を放つ。3秒ほど光ってからスッと元の淡い光に戻る。黄金の文字列が私の力を吸い取り、結晶石の中へ吸い込まれていく。最後の一文字が消えた瞬間に終わった。力が私の中から吸い取られた感じがしたが、すぐに違和感は消えた。


「終わったかな?お昼ご飯ね!」


「よっしゃー!」


 私が振り返るとダントンが喜ぶ。


「なんともないの?」


「体調はどうだ?」


 私がきょとんとして二人を見るとメアとクラリスはホッとしている。


「大丈夫そうだな。ダメそうなら、ミラに力の補充をと思ったが」


「良かったわ」


 二人は私に力を渡そうと構えていたらしい。ダントンは昼ご飯のことしか頭になかったらしい。何しに来たんだとクラリスに言われている。そうは言うが、ダントンも決して力が弱い方ではない。専門が魔法剣で戦闘要員であるだけだ。

 

 祠から出て、鍵を返し、遅めの昼食をとる。

 念願の肉串を私は片手に持ち、魚のフライが挟んであるホットサンドを食べる。ダントンは肉の塊がのったピラフ、クラリスは野菜サンドとポテトフライである。メアはフルーツジュースのみである。


「夏ばて、まだ治らないの?」


 私が聞くと頷くメア。


「今年の夏はなんだか暑かったでしょう?なかなか食が戻らないの」

 

「医者に診てもらった方がいいんじゃないのか?それともデュルク家の主治医に診せたのか?」


「診てもらったわよ。特に悪いところはなく、夏の疲れですって」


 ダントンが心配そうに聞いたが、メアは安心させるようにそう言う。ひと夏でけっこう痩せたというか、やつれた気がする。


「ダイエットいらずだわ」


 そういってメアは笑った。


 



 

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