退学のピンチ!?
私は人に見られることに慣れてない。どんな魔物と対峙したときよりも高い地位の人と会った時よりも人生で1番緊張している。
観客がいることにドキドキして、やや挙動不審になっている。広い演習場に入った途端、武器が立てかけてある棚をガシャン!と倒す。
「きゃー!」
出入り口付近に置かれた、ベンチにつまずく。
「痛っ!!」
……ひどいものだった。
今まで山奥暮らしだったから人に注目を浴びる機会がなかったのだから、仕方ないと思う。かつてない緊張感だ。冷や汗が出る。
ヒソヒソと周囲から大丈夫か?やばいだろ。無理じゃないか?などと心配なのか同情なのかわからない声がする。
服装は戦闘用の体にフィットする動きやすい神官服に着替えている。手には演習用の細い杖を持つ。ヒュンっと一回転させてみて手に馴染むか試す。
……カランカランと杖が手から離れる。
「あああっ!」
私は慌てて杖を追いかけて拾う。こんなミス!いつもの私ではない。手が冷たい。
銀組のキサの組と藍組の私のクラスメイトたちは結界が張られた安全な観覧席で見ている。メアがハラハラとした表情で両手を組んでいる。その横では対照的にダントンが興奮気味でがんばれー!と声援をおくる。クラリスは深刻な顔をしている。他のクラスメイトは一様に興味津々で食い入るように見ていた。銀組の生徒たちも野次馬感覚なのだろう。笑いながら見物している。
キサは私の狼狽している姿に穏やかに笑う。馬鹿にしてるのではなく、大丈夫、落ち着くといいよと言わんばかりの優しい眼差しだ。
よく彼は穏やかに笑っているなという印象を受ける。こんな人を私は知っている。私の師もそうだ。本音を見せず、常に笑顔の向こうに真意を隠している。
今回、キサが何故、演習を私としてみたいと言ったのかもわかる。
理由は一つしかない。昨日、禁術を一瞬、見せてしまったからだろう。
……やらかした。目をつけられてしまうという失態である。
「手加減はしなくていいよ。神官服にはある程度、防御ができる術が施されているし、常に高位回復術の使い手が神殿にはいる」
そう笑いながらキサは言う。ただ興味があるだけなのか?でも私も興味がある。この国の闘神官を目指す者たちの実力がいかほどのものなのか知りたい。王子でありながらも白の学院に入る彼なら相当強いかもしれない。
少しワクワクする自分がいることを自覚する。
剣を彼は自分の前に軽く構えた。どこにも緊張するような力がはいっていない。隙がない。これは強い。手加減できる余裕はないと判断する。
始まってしまえば、戦うことに集中しているせいか、先程までの緊張感が私からスッと消えていく。観客がいることが気にならなくなってきた。
私の杖が天を向く。天井に出現する光の網。
「無詠唱!?」
驚く観客たち。網がキサに覆い被さり、捉えようとした瞬間、つまらなそうに魔法の力を込めた剣で切り刻む。
しかしそれはめくらましである。黒い影が床から伸びて針と化す。彼はそれも予測していたようで、軽く跳んで避ける。
キサも短く呪文を唱え、反撃してくる。
「炎帝の怒り!」
巨大な炎の柱が地面から吹きあがる。私は自分の体に風を纏わせて防御し、杖を一振りすると強風が起こり、炎が消える。一瞬の出来事である。
「風で吹き消したのか!」
ダントンが感心する。
火が消えるのは水だけではない。燃えるものがなければ風だっていいわけだ。水は視界を塞いでしまうから風の方が便利である。
キサは動揺することなく、淡々と次の手を打ってくる。氷の力を剣に纏わせると横なぎに一閃した。私に降り注ぐ氷の矢。無数で避け切れない。ダンッと足を踏み鳴らして目の前に土の壁を出現させて防ぐ。同時に壁を駆け上って、石を砕き、石礫をぶつける。石は力を込めた剣でたたき割られたり、払い落とされる。跳躍したままの私を捉えて炎の矢が追いかけてくる。同じ術で私も炎の矢を生み出し、相殺させ、同時にキサの周辺に光の網を張らせる。
「同時に2つの術!?」
「そんなことあるのか?」
ざわめきだす周囲だが、キサは驚かず、淡々と私の攻撃を崩している。地面に剣を突き立て、氷の柱で断ち切らせる。実は三つ目も術を貼らせてあったのだ。
「天空より出でよ!雷電!」
雷を纏う鳥が襲いかかる。キサの笑顔がスッと消え、空色の目が強い光を帯びた眼差しに変わった瞬間。
「やめよ!」
と低い声が響いて、雷の鳥がかき消された。他の術も解除されてしまう。
『アルベール学院長!!』
生徒たちの声がハモる。
「何をしてるんじゃ!!」
キサと私の顔を交互に見て怒った顔をしている……気がする。キサは悪びれもせずに肩をすくめて言う。
「授業ですよ」
「キサ!ミラ!今すぐ学院長室へくるのじゃ!」
それ以上有無を言わせぬ声音で私とキサを呼び出す。振り向きもせず、歩いていく学院長。これ怒られるの?まさか退学とかならないわよね?初日からやらかした?背中を冷たい汗が流れる。
やや薄暗い廊下を歩き、重々しい扉を4つほど開けて入ると学院長室だった。くるっと前を歩いていた学院長が私とキサに向き直る。
「この部屋には結界が施されてあるんじゃ。そして3人しかおらぬ。キサ、どういうことじゃ?説明せよ」
厳しい顔をしている学院長にキサは穏やかな笑みを浮かべてサラリと答える。
「単なる好奇心です」
「おまえの性格から考えて、単なる好奇心だけで実戦演習を申し込むかの?ミラはなぜ受けたのじゃ?」
「売店利用、一年分です」
「は?」
学院長が呆気にとられる。白い眉毛の奥の目が丸くなっている。
「いやいや、どういうことじゃ?おまえの師はお金に困っておらんはずじゃが……師匠はお金もたせてくれなかったのかの〜?」
子供が親からお小遣い貰えなかったのかな?という感じの同情を込めて聞いてくる。哀れみすら感じられる。
「いえ、私のわがままで王都に来たので、授業料のみです。お金が無いわけではないけど……無限にあるわけでも無いし……」
なるほどと学院長は頷くが、なぜか納得いかない顔で斜め上を見ている。
「藍組ともなれば、神殿や王家からの仕事、民間からの依頼などをこなす授業もある。それによって報酬も入るから、そこまでお金の心配をしなくてもいいんじゃよ?」
いきなり、優しいおじいさんになる。慰めてさえいる。ふと過去に師匠になんかされたことありそうな気がした。師匠なら王にだって喧嘩を売ってもおかしくないと私は思う。
しかし学院長はキサに向き直ると厳しい声音に戻った。
「キサは何か他にないのかの?わしの目をごまかせると思わんようにな!」
自分の師に怒られて困ったように、肩をすくめるキサ。いたずらがバレてしまったという感じで悪びれたところはまったくない。
「実力ありそうな生徒とは手合わせしてみたくなりますよ。しかも実際になかなか強かった」
本音ではないなと学院長が気づいていて、ピクリと眉毛を動かしている。
「褒められて嬉しいけど、あのままだと私の負けね」
そう言った瞬間、キサが私の方をみた。
「なんでそう思ったのかな?」
「全然、最初の方から本気じゃなかったでしょ?私を試す感じで手を抜いていた。最後に本気になりかけたところで学院長が来たので終わってしまったけど」
「100点の回答だよ。でもミラもだろう?」
おおーっと!その先は言わせない!禁術の話を持ち出されるとマズイわ!と思ったら、学院長から遮られる。ため息混じりに言われる。
「そのへんにしておくんじゃ。ミラよ。古代禁術は師匠に禁じられておるな?」
「はい………」
ばれていたっ!!知っていた!!師匠がすでに学院長に伝えてあったようだ。
「やはり古代禁術の使い手か」
それを確かめたかったキサは満足したように頷いた。
「使った時は山へ帰ることになります。そのような条件で王都に来ました」
「山!?なんでそんなとこに住んでいるんだ?」
キサの疑問には私も答えられない。私もなんで師匠が山奥に住んでいるのか謎だわ。自然をこよなく愛してるんじゃないかな?としか答えがでない。
「そうわけじゃから、キサも他言無用じゃ。わかったかの?古代禁術の使い手は世界に何人もいるわけではない。どの国もどの機関も喉から手が出るほど欲しい人材じゃ。神殿とてそうだ。力を制御し、扱うにはまだ精神的にミラは若すぎ未熟であるから使用を禁じていたほうがいいのじゃ。また学院の規律を乱すならば退学にするしかない。わかるかの?」
「わかりました」
山に帰らせるぞと言われているんだと理解する。私は素直に頷く。まだ帰りたくない。来たばかりだもの!
学院長が念を押すように付け足す。
「あまり学院の平穏を乱してくれるなよ」
私のこと?キサのこと?どっちが?と二人で顔を見合わせると学院長が指を交互に指して怒気をこめて言う。
「ど・ち・らもじゃ!!」
はいっ!と頷くとやっと学院長室から解放された。早くも呼び出され、注意を受けた。なんだか優等生にはなれそうにない気がしてきた。
「ごめん、なんだか大事になって悪かった。つい、もう一度、あの術がみたくて……今回のお詫びは必ずするよ。」
「殿下、お気になさらず」
ふとこの国の王子様ということを忘れていたことに気づいて礼をとる。キサは目を丸くし、笑いたくて、吹き出すのを我慢しながら言う。
「なんでいきなり呼び方変えたのかな?変えなくていいよ!キサって呼んでくれ。旅人から殿下なんて昇格しすぎだよ。殿下とか呼ぶ人が多いけど白の学院では身分は関係ないからね」
そう言うと、去っていった。お礼とかお詫びとか王子様も律儀な人だと手を振って背中を見送った。そういえば何故あんなところに一人でいたのだろうか?ふと出会った場所にひっかかるものを感じたが、わかるはずもない。今度聞いてみよう。
古代禁術……もし私が逆に彼が使っているのをみかけていたなら、私だってもう一度見たいと思うだろう。気持ちはわからなくもない。
とりあえず!就活よ!勉強頑張れ私!王都に残れるようにしないと山奥生活になる。これからの人生、山暮らしとか勘弁してほしい!
あれから演習は中止となり自習になったらしい。私は教室へ戻る気になれず、自室のシャワールームで汗を流す。温かいお湯が顔にかかり、頭からゆっくりと流していく。だんだん体が温まってくるとホッとしてきた。ゆったりとしたルームウェアに着替えたところで部屋のドアがノックされた。
「メアよ。いいかしら?」
「どうぞー」
戸が開いて、まだ制服姿のメアが顔を出す。
「大丈夫だったのかしら?学院長に叱られたの?」
「うん。でも大丈夫よ。なんか疲れてしまったから部屋に戻っちゃった」
「どうせ自習になったから大丈夫よ。あの後、皆大騒ぎだったわ。ミラ、すごかったわ!」
ちょっと興奮しながらメアが言う。
「そんなことないわ。さすが銀糸の神官服を着ているだけあって、強かった。私の攻撃、読まれてたわ。さすが白の学院だと思ったわ。金糸のクラスはもっと強いの?」
私は座学は苦手だけど師匠に鍛えられていたし、実戦経験はあるのだからと思い、ちょっと優越感を感じていた自分を恥じる。キサはまだ余力があった。真剣にやりあっていればどちらか怪我をしているだろう。また見習いである学生がこのレベルなら闘神官たちの強さはこんなものではないのかもしれない。
「金糸の神官服は闘神官のみよ。だから私達と演習することはないわ。ごく稀に一緒に魔物の討伐に行くことはあるけど。でもミラも十分すごかったと思うわよ。あ!これ食べて。差し入れよ!後、置いていったミラの鞄よ」
お弁当にしてくれた夕飯と置きっぱなしにした鞄を手渡された。気配りできるメアは絶対女子力高いなぁ。いい人だー。
「お世話になってばかりで。ごめんなさい」
「そんなことないわよ。……そうだ!今度私の部屋にも遊びに来てくれる?ここの部屋から6つ目の奥の部屋よ!今日は疲れてるだろうし、今度、部屋でお茶でもしましょう。とっておきのお茶菓子用意しておくわ」
「うん!今度行く!」
お誘いに嬉しくなる。今のまで同年代の友人は少なかったし、仲良くお茶をする時間なんてなかった。いきなり思い出したように、メアが真顔になって言う。
「女子寮の部屋は行き来が出来るけど男子寮は行けないの。罰則有りよ。昔、ふざけて女子寮へ忍び込んだアホなダントンはすぐ見つかって、トイレ掃除一ヶ月してたのよ」
なぜそんなことをしたのか………ダントン………ダメと言われたらやってみたくなるタイプか?
「気をつけるわ」
「じゃ、また頑張りましょうね!」
メアがヒラヒラと手を振って帰っていく。私の周りは優しい人だらけだ。そしてホームシックになるには忙しすぎる。明日までの課題をしなければ!!一日にしては濃すぎる日を過ごした。課題しなきゃーと言いつつ、ベットにうつ伏せになって倒れ込む。枕を抱える。私、学院でやっていけるのかなぁ………闘神官になる前にくじけそうであった。
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