そしていきなり遅刻
いきなり遅刻しかけている。
それなのに人助けをしようなんて人が良すぎるよね!?でも助けた方が良いよね!?無視して行ったら後味悪くなるよね!?
そう自分に自問自答。
目の前には涎をたらして牙をむき出しにしている黒い獣が3匹。体長約3メートルはある。
そこには襲われているであろう旅の人。
このくらいなら、朝飯前よっ!私は心を決め、口早に呪文を唱える。
「そこの人!横に跳んで!!」
私の一声に弾かれたように横に跳んだ。同時に黒い獣も地面を蹴った。
と、思った瞬間に白い光の矢が無数に降り注いで、ほんの一瞬で3匹が黒い塵と化した。音もなく済んだ。
私のマントがフワリと衝撃の風で浮いた。
これでよし!瞬殺した!オッケー!オッケー!
解決したわ。足早に私は目的地へ急ぐ。
「ちょっ!ちょっと待ってくれ!」
速足というより駆け足の私に話しかけて横に並んできたのは先ほど襲われていた人らしい。
無視したい衝動を我慢して答える。
「なんの用?私、今、人生かかってるの!かまってる場合じゃないの」
旅人は深くかぶった茶色のフードの奥で困惑している。
綺麗なガラス玉のような空色の目で、こちらをジッと見つめてくる。一瞬ドキッとして見惚れかけたが……もちろん、それどころではない。
「なんでそんな急いでいるんだ?一応、お礼をと思ってるんだけど?」
「気持ちだけで十分よ。お礼はいいの。気にしないで!私、王都に行かなきゃダメなの」
「王都?そんな焦るような用事が?今の術って何だったんだ?神術にこんなのあったか?」
意外とこの旅人は運動能力が高いな。私の駆け足について来ながらも息一つ乱していないんだよね……今、私が使用した術を冷静に分析しているし、もしや助ける必要なかったんじゃなかろうか?
「神殿の白の学院へ行かなきゃなの!」
「学院へ行くために、急いでいるわけ??」
「遅刻よ!遅刻するのよ!入学取り消されたら、花の王都生活計画が終了しちゃうのよ。じゃあ、そういうことで!」
逃げるようにダッシュをして去る私にさすがに着いて来ず、おーーーい!今度お礼するねーー!遠くから声がする。
また会えたらね。会わないと思うけど!と振り返りもせず心の中で答えておく。
しかし私は会いたくない。古代禁術簡単バージョンを使ってしまったからだ。
師匠との約束は王都ってことだからセーフだよね?セーフにしとこう。ここは王都トーラディアの外だもんね!と独り言ちた。
しかし人前であまり見せるものではないと日々言われてるから使わないほうが良かったのかもしれない。
通りすがりだったし、もう会うことはないから大丈夫だよね?
1時間ほど歩いて夕焼けに染まる王都へと入ることができた。白い壁、建物が多い城下町は夕焼けで赤色に染まっている。綺麗だと眺めていたいが、もちろん、それどころではない。
神殿への道を行く。道は夕方、人々が仕事を終えて帰る頃で人があふれている。慌ただしく歩く人、喋っている人、居酒屋に入っていく人達を人間観察してるだけでも時間が過ぎる。
もっといろんなお景色をゆっくり見たいという気持ちを抑えつつ、通りすぎていく。
……誘惑多すぎるなぁ。
クリーム色の王城がいろいろな建物から頭一つ抜けて見えてきた。
その右隣にある乳白色の建物が神殿だ。神殿は参拝者が帰ったためか人もおらず、静まり帰っていた。
警備兵らしき人に聞けばわかるかな。
「すいません。白の学院に入学するためにきたんですけど」
動きやすい神官服に身を包んだ警備兵が二人いて、一人が対応してくれたが、あからさまに不審げだろと言いたげに、眉をひそめる。
「こんな時間に?」
「ちょっといろいろあって遅くなってしまって。一応、今日、学院長に会う予定になってます」
「面会予約入れてあるんだろうな?確かにだろうな?」
ごそごそとリュックから紹介状を取り出した。私の師が書いたものだ。
「ちょっと待っていなさい」
近くの連絡用の球体に何かを話しかけている。
「田舎から来たような娘が紹介状を持っているとかで、学院長に会いたいと言っていますが、どうしますか?」
あの…近いから声を聞こえてきてます。田舎娘というのは否定できない。静かに待つ。
「面会、拒否しておきますか?」
いや、それは困るんだけどな。
「そうですね。こんな時間ですしね。わかりました」
くるっと私の方へ向き直って、上から下までジロジロと見て、呆れたように言う。
「こんな時間に来る方も来る方だ。出直してきなさい。できれば次、来るときは身なりも整えてきなさい」
そ、そんな汚いかっこうはしていないと思うんだけど。
動揺して自分の服装を見直し、パタパタと旅の埃を払う。
黒ズボンにクリーム色のフード付きマントの旅の定番スタイルといっていいだろう。
もしかして制服で来ないとダメだったのかな?
ここにきて一般常識の知識が欠けていることに気づく。
どうしようと途方に暮れかけたところに声がした。
「お礼すると言ったのになぁ。道案内でもなんでもするのに先に行くからさ」
フードをパサリと取った旅人がニコッとほほ笑んだ。金色の髪が夕陽に照らされてキラキラとし、空色の目が優しく細められた。
私と同じくらいの年齢かやや年上かな?地味なフードを深くかぶっていたから容姿までわからなかった。
やはり彼の目を見ると吸い込まれるような惹きつける何かがある。
すぐ出会うとは思ってもみなかった。
「さっきの旅人さん」
「キサって呼んでくれ。旅人ではないよ」
警備兵に向かって助け船を出してくれる。
「俺を助けてくれて遅くなったんだ。許してあげてほしい。と学院長に伝えてくれるかな?」
「いや、その必要はない。連絡は直接もらっていた。待っていたぞ。ようこそ白の学院へ」
ハッと振り返る。
気配がなかったのにいきなり出現したことに一瞬、ヒヤリとした。
低い声音の老人だが、姿勢がシャンとしていて、体格も良い。灰色の髪に白いものが混じっている。
「アルベール学院長!なぜここに!?」
警備兵が動揺しているのを無視して、私が持ってきた紹介状の紙を広げて嘆息している。
「お前の師は相変わらずじゃのー」
ひらりと私に紙を見せた。そのたった1枚の紙には一言だけ。
『ミラを頼みます』
でっかい字で適当に流れた文字でそう書かれていた。
師匠……どうなの?これ?
「元気そうでなによりじゃが、少し王都への到着が遅かったんじゃないかね?助けたというのはどういうことかね?」
学院長がそう聞いた瞬間、気づくと先ほどのキサはもう煙のように消えていなかった。
「あれ……?さっきの人がいない」
やれやれと学院長が小さく呟いた。
「大変な新学期が始まる予感がするのぉ」
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