田舎娘は闘う神官に就職したい!

カエデネコ

王都に行きたい!

 メエエエエとヤギの鳴き声が窓の外から聞こえる。小鳥のさえずりが春の訪れを感じさせる。やわらかな日差しが室内に降り注ぐ。


「野菜の種まきどきですねぇ。牛のモモちゃんにそろそろ頑張ってもらいますか」


 白銀の長い髪を一つにまとめ、腕まくりしている優男。


 私が知る限り、10年以上たった今も若い20代後半の姿をとどめている。


 健康的な生活のおかげですよと本人は言うが、魔力が強い人はある年齢で成長が止まる。だから見た目ではわからないし教えてくれないから年齢不詳。


 痩せて背が高いが、実はがっしりとしていて体育会系である。農作業もサクサクこなす。


 これが私の師であり親代わり。


「ちがうでしょー!?話を聞いてくれてる?」


 私が立ち上がって抗議する。


 落ち着いて!座ってくださいよと椅子を勧められる。


「聞いてますよ。なんでまた王都なんかに行きたいなんて言い出したんです?」


「王都なんかって……なに!?私たちに言われたくないと思うの。山奥で隣家まで歩いて三十分以上!出会うのは魔物か獣か!?っていう辺鄙な場所なのよ!?」


「良いところだと思いますけど」


「私、今年で16歳です。それなのにときめきも夢もなく、山奥で暮らしているなんて……これは隠居生活よ!10代女子が過ごすにはちょっと渋すぎると思うの」


 師匠は花の香がするお茶を一口すする。相手は余裕ありまくりだ。顔色一つ変えやしない。悔しすぎる……。


「説得力が足りません。だって、生活費稼ぎに魔物征伐や雑用の依頼を受けて、他国すら行ったことあるじゃないですか?そこそこの見聞はありますし、日頃は生活用品を買いに町や村にも行きますし。なにが不満なのですか?」


 私は観念した。師匠にごまかしなどきかない。わかっていました。正直に言おう。


 ごそごそとスクラップした紙束を机に出す。師匠が目を丸くした。


 ここで初めて表情が変わった。


「なんです!?これ!?」


「『王都トーラディアでカフェめぐり』『絶品グルメランキング!王都に集合』『今年流行の服はこれさえあれば大丈夫!』『あなたもステキに変身できるお店』『次に来るのはこの10のブランド』……ってまだ読み上げてもいいですか?」


「け、けっこうです。いやー。意外と我が弟子は淡々としてても女子だったんですね。こういうことにも興味あったんですねー!知らなかったです。今世紀一番の驚きですよ」


 普段、あまり動じない師匠が驚いていることにやや満足したが、普通の女子と思われてなかった事実にショックでもある。


 どんな子だと思われていたんだろうか?


 今までおしゃれに手を出したことはなかったけど興味がないわけではない。それに手に入るような環境でもないし、着飾る必要もなかった。


 でもたまに町へ行ったときに古い雑誌をみたり新聞をみたりして気に入ったのはこっそりとっておいていたのだ。


「わかりました。そんな理由で王都行きを了承するのはどうかな?いいのかな?とは迷うところですが、ミラは言っても聞かないので、家出されても困りますしね。まず王都を体験してみるのもいいかもしれませんね。ただし!条件が二つあります」


 意外とすんなりと通ったことに私は意表をつかれたが、師匠の中では王都の体験ということになっていて、戻ってくること前提らしい。癪だけど、今はまぁ、それでも良い。


「条件って??」


「一つはあなたの持つ最大魔法である。古代禁術は王都で使わないこと。もう一つは王都にいたいなら闘神官として就職することです」

 

 このトーラディ厶国の神殿には二種類の神官がいる。法や儀式を司る神官。そして名前の通り、闘うための神官である闘神官。魔物と闘うこと、また王家を守護するために働く。


 古代禁術は威力が絶対なのが、失われた魔法と言われるくらい使い手がいない。世界でも5人といるかいないか……そのうちの二人がここにいるわけだが。


「私の古い友人が学院長をしています。神殿の学院に入って勉強してらっしゃい。闘神官として就職できたら、王都で暮らすことを許可しましょう」


「闘神官以外の就職先は不可なの?」


「わたしが納得できる就職先ならいいですよ。わたしに師事し、神殿の白の学院で学んだということを前提に選んだ就職先ならばね」


 地味にハードルあげてくる。


 王都でステキにおしゃれに華やかに生活しようと思っていたのに、どうも違う気がしてきた。


 師匠は煮ても焼いても食えぬ人なのだ。何かあると思うけれど考えが読めない。


 ジイイイッと見るが、ニコニコと笑顔を崩さない。


「逆に師匠にはめられてる気がする。なんで禁術は禁止なの?私の8割の戦闘力が失われていまうんだけど」


 師匠がお茶のカップを置いて、私を指差す。


「そこです!私があなたに学んでほしいのは世間一般の常識というか基準です。簡単に禁術を使用しすぎなんてすよ。まあ、行って過ごしていればわかりますよ。古代禁術は使わないでくださいね。学院で過ごし、王都にいるなら別に使わずにすむでしょう。たぶん……危険などないでしょうしね」


「わかりました」


 素直に頷いた。せっかく師匠が認めてくれたみたいなので、ここは大人しく従っておこう。


 それに私、強いぜ!最強だぜ!無敵だぜ!とかしたいわけじゃない。


 恋やときめきを求めて、普通の女子を楽しんでみたい!


 そして一番重要なのはステキな男子とかいるかどうかだ。


 王都だからいるでしょ?いるよね?ワクワクだわ。


「何、にやけてるんですか?」


 顔に出てしまったらしく、師匠が不気味です。と言う。


「とにかく!王都行きを認めてくれてありがとう!師匠!私がんばります!」

 

 師匠が優しく目を細めて言う。


「可愛い愛弟子を送り出すのは辛いですけど、一時の学院生活を楽しんできなさい」


「すでに就職できないような口ぶりやめてよー!」


「ここが良い場所だときっとあなたは気づきますよ。『故郷に還れし我が子達』です」


「なにそれ?なにかの呪文?」


「なんでもありませんよ」


 やや予言めいたことを口にされて気になったが、春にしては少し暖かすぎる。そんな日に私は育ててもらった師匠のところから旅立った。

 

 牛のモモちゃん、ヤギのユキちゃん。別にあなたたちのことは嫌いじゃないのよと別れ際に師匠よりも念入りに別れを惜しんできた。


 師より動物の方が大事ですか?とやや寂しそうに呟いていた師匠だった。

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