第31話 全てを消し去る白き光
イエルを倒すものがすぐ上にいると聞いて、見上げた先にいたのは蒼い巨神シアンであった。シアンの刃はミカラミアを真っ二つに切り裂いて湖のほとりにその巨体を着地させた。褐色刀の切っ先はイエルに向いている。
「クロハ!大丈夫!?」
「おーう、おかげでこの通りぴんぴんしてるぜー!」
「さっきマジェンタから連絡が入って、あと数分で到着するって!それまでは、僕がこいつを・・・やああっ!!」
シアンは一旦等身大にまで縮むと、痛みにあえぐミカラミアをまたいでイエルと目が合うや否や刀を真っ直ぐに構えて躍りかかった。イエルは義手である左腕を細長いブレード状に造換してその刃を受け止める。
「おいおい、久しぶりに会ったというのにずいぶん手荒いご挨拶じゃないか。蒼井君。マジェンタとは仲良くやっているか?」
「黙れ!!お前なんて岐路井さんじゃない!!」
お互いににらみ合って一歩も譲らずにつばぜり合う二人はガチン、という金属音と共に一旦間合いを取り直す。
「イエル!!僕はお前を許さない!!お前をここで切る!!」
「・・・許されなくて結構、だが・・・」
イエルはそういうと大きく大地を蹴って体を翻し、シアンの背後に回った。着地した瞬間に義手のブレードをミカラミアの斬られた下半身に突き刺す。どくん、どくんとブレードが脈を打っていることから見ると、おそらく白系色力を吸収しているのだ。それはまるでトカゲのしっぽのようにびくびくとうねりながら色力を吸い取られまいとむなしい抵抗を続けていたが、しばらくするとピタリと動かなくなった。そして、色がだんだんと抜け落ちていき、消滅した。これでイエルは二元色素を己の体に収めることとなった。
「悪いが蒼井君、君とはまだ戦う準備が整っていないのだ。では、俺はここで失礼させてもらうよ。」
そういうと、イエルは人間態の姿から直接色球に変形し、地球を飛び立った。間髪入れずにシアンが追いかけようとするが・・・
「待てぇ!!お前は今ここで僕が・・・」
ばたり、とシアンはその場で倒れてしまった。そしてクロハがおいおい大丈夫か、と担ぐ頃には蒼井の姿に戻っていた。
「い、イエルが・・・イエルが、逃げていく!!」
「無理しなさんな、今日だけでお前はだいぶ色力使ってんだ、そんな状態でまともに戦っても勝てやしないよ。」
「で、でも・・・さっき、奴の体から、黒と白の色力反応が・・・このままじゃ・・・」
「だったらなおさら無理するな、一旦体勢を立て直さにゃ。・・・それに、もう追手がついたようだぜ。」
そういわれて蒼井が見上げた先には、急速に地上から遠ざかっていく黄色い色球に猛然とくらいついて追撃する紅紫の色球が見えた。マジェンタだ!
・・・
「・・・これで・・・二元色素が全て俺の中に・・・ふふふ・・・むっ!?」
一応の目的を果たし、色魔殿へと帰還しようとしたイエルの色球の後方から断続的に光の刃が飛んできた。意識を後方に向けると、そこにはイエルを逃がすまいと必死に追撃するマジェンタの色球があった。
「・・・マジェンタか。」
同じ赤系色素生物と戦ったのが功を奏したのか、彼女はシアンと違ってそこまでエネルギーを消費してはいなかった。光線やら光の刃やら光の矢やらありったけの攻撃をイエルにぶち込みながら、じわりじわりと近づいてくる。
「・・・」
イエルはその攻撃を避けながら、つい先までのクロハの言葉を思い出していた。
『己を形作った人のの心を完全に切り捨てることもできず、かといって手放すこともできず。そうやって葛藤していたまさにその時に、それを転嫁する格好の手段を見つけた、それが・・・』
あのとき、思わずイエルは湧き上がった感情をおさえることが出来なかった。それこそが奴の推論を裏付ける何よりの証明になってしまった。いや、それは自分でもうすうす分かっていた。あの頃は人間として演技しているつもりだったのに、なぜか彼女の前では演技している自分ではなく、とっくに殺したはずの岐路井と言う自分がよみがえってしまうことが多かった。それは、自分が彼女に「彼女」の幻影を見てしまうから。何より、彼女は自分と「彼女」の・・・
突然、色球全体にかかっていた重力が軽くなった。成層圏を突破したのだ。黄色い色球はさらに加速度を上げる。既に追撃は止んでいた。イエルは、再び頭の中に出かかった岐路井という人格を再び封じ込めると、亜光速で色魔殿へと帰還した。
・・・
地球の七大都市を襲撃した白拍子討伐隊は、すべてシアンやマジェンタを日本から、自分から引き離すためにイエルが仕組んだおとりであった。二人がすぐに向かえないようになるべく遠くに引き離した後あとはミカラミアにとどめを刺させるという段取りだったのだが、最初からクロハを倒せるものとは考えておらず、むしろミカを自分に体よく始末させてその白系物理色の力を得ようとしていたのが真の目的であった。だが、黒燕の一件のようにとどめを刺されない可能性が捨てきれないこともあって、その保険としてイエルは再び地球に舞い降て、ついでに自分の所へ来ていろいろと質問しに来たんだろうとクロハは結論づけた。
「結局あいつは目的を達成して帰りやがった、だがお陰でこっちもなかなかいい情報を仕入れることが出来たから、今回はとりあえず引き分け、ってところかな。」
「でも、イエルは二元色素の力を手に入れてしまった・・・僕たちは、奴に本当に勝てるのかな・・・」
「勝てるさ。俺が保証する。あいつには決定的な弱点があるからな。」
「え?奴のどこに弱点が・・・?」
「・・・いずれわかるさ。」
「うぅ・・・」
二人の背後でうめき声がする。振り向くと、そこには上半身だけの姿でかろうじて生き残っているミカの姿があった。この期に及んでもまだ息があるというのか。流石に二元色素生物の生命力は侮れないものだ。蒼井はミカに近づく。斬られたショックで商機を取り戻してはいるものの、彼女にはもはや攻撃の意思はなかった。
「ミカ将軍・・・全てクロハから聞いた。あんたの過去も、あんたが岐路井さんをそそのかしたことも・・・そしてあんた自身が、イエルに利用されていたことも。」
「・・・ふ、ふふ・・・因果応報、か・・・全くその通りやな・・・」
ミカは力なく笑った。蒼井はそんな彼女の姿を見て、どこかむなしさを覚えていた。岐路井さんがあんな風になり、姉さんやみんなを殺めたのはきっと誰かのせいだ、と考えていたのは間違いではなかった。だが、その当の本人が目の前にいるというのに、どうしてもとどめを刺す気にはなれなかったのだ。だが・・・
「貴方のせいよ!!」
蒼井の後ろから、マジェンタがミカにつかみかかった。マジェンタの腕は先の戦闘から時間がそこまでたっていないにもかかわらずすっかり元に戻っている。マジェンタはミカの首を絞めながらその体を持ち上げる。
「貴方のせいで、貴方のせいで!岐路井さんは変わってしまった!蒼井さんのお姉さんは死んでしまった!みんな、みんな・・・貴方のせいで・・・!!」
「・・・あ、あいつは・・・多分、変わっとらん・・・本当の自分を・・・さらけ出しただけや・・・」
「そのきっかけを作ったのは誰!!貴方でしょう!!貴方は楽には死なせない!!絶対に許さない!!」
マジェンタは首を強く締めようとした。ミカはもはや抵抗しようともしない。だが、そんなマジェンタを蒼井が一喝して、ミカの拘束は緩んだ。
「マジェンタ!!やめろ!!」
「・・・あ、蒼井さん・・・?」
「マジェンタ、もういい。もういいんだ・・・」
「でも、すべてはこの人が・・・!」
「こいつはどうせ長くはない。放っておいてもいずれ死ぬ。君がわざわざ手を下す必要はない。」
「・・・」
マジェンタはミカを手放した。ばたり、と再びミカは地面に仰向けになる。
「・・・行こう。マジェンタ。」
「・・・はい。」
マジェンタは転身を解除して蒼井と共に民宿へと帰っていった。クロハはまだミカに用があるようで、ミカの顔の、まさしく目と鼻の先迄近づき、その場に座り込んだ。
「・・・」
「なんや・・・うちを笑いにきたんか・・・策に溺れた策士・・・色魔殿に帰れないまま死んでいく、哀れなこのミカを・・・」
「・・・自らの行動の結果、大事な人をなくしてしまった気持ちは・・・痛いほどよくわかるぜ。」
クロハは無意識的に、ある一人の女性の顔を脳裏に浮かべる。エーデ・ライティア。彼のかつての思い人であり・・・そして、彼の過ちで人生を狂わせてしまった人でもある。彼女をあのような目に遭わせてしまった自分と、ミカの顛末はどこか共通点を感じずにはいられなかった。
「・・・今更こんなこと言っても仕方がないと思うが、・・・悪かった。色素生物に情などないと、驕っていた俺にも責任はある。」
「・・・もう、怒る気にもなれんわ・・・」
既に田子倉ダムは夕日も落ち、暗闇が忍び寄ってきている。緊張状態が解け、湖は穏やかな時が流れていた・・・
「・・・なあ、あんた。・・・もし、謝罪の気持ちがあるなら・・・せめて、うちを楽に・・・してくれへんか?」
「・・・」
「うち、もう疲れたわ・・・はよう楽になって、あの二人の下へ行きたいんよ・・・」
「・・・わかった。すまない。」
チャキッ
そういうと、クロハは胸ポケットから白い棒状のようなものを取り出して構えた。そうか、やはりその装置は・・・でもそれは、ミカにとってはもはやどうでもよかった。
「コード:005。」
クロハの視界が黒くなる。この装置は強烈な光を照射する装置、フラッシュ・コンバーターだ。その装置から放たれる光は、見る者全ての記憶を消滅させてしまう。そして色素生物の場合、記憶はおろか身体を構成する色素も
バシュゥゥゥゥゥ!!
「・・・これで・・・ふたりに・・・あえる・・・」
冷血のミカは、全てを消し去る白い光とともに、この世から、この宇宙から完全に消滅した。その表情は、どこか穏やかであった。
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