第25話 黄色い野望
RTRSは、それを脳髄に組み込んでいる色素生物が戦闘不能状態に陥っていないにもかかわらず、不測の事態が発生して通信不能になったときに備え、該当者の疑似網膜が通信不能になるまでの最後の瞬間を写した断片的な映像を数分ごとに物理色回線を経由して送信されるように設定されている。そして今色魔殿に黒系物理色回線経由で送られてきた映像には、死んだと思われていたはずのかつての猛将、ブラックウィングの姿が映っていたのだ。この黒系物理色回線を使用できるのは黒系色素生物のみ、即ちこの映像は黒燕から送られてきたという事である。事の重大さを鑑み、大大王ジレンは二人の将軍を玉座の間へと呼びだした。
映像が送られてきた時点でどちらに軍配が上がったかは明白だった。最初の方こそ映像の撮影者がまさしく燕のような速度で空中を飛び回って相手を翻弄していたが、奴は後れを取っていたのではなく、スピードを制御して余計なエネルギー消費を抑えて相手が疲労する隙を狙っていたのだ。そして飛行速度が一瞬だけ低下したわずかな隙をつき、もう片方の黒系色素生物が組み付いた。映像に移るブラックウィングの背景が大空と湖とで右から左へとと交互に切り替わる。おそらく空中できりもみになりながら戦っているのだろう。
壮絶なきりもみの末、黒燕はブラックウィングの拘束をどうにか振りほどいて速度を元に戻して上昇した。体勢を立て直そうとして相手を撒こうと考えたまでは良かったのだが、こともあろうに前方の積乱雲に自分から突っ込んでいったのである。それまで曇り一つなかったはずの空に都合よく現れたその雲こそが、シキモリと戦わずして行方不明となった色素生物たちが飲み込まれたブラックウィングの罠だとも知らずに・・・映像はそこで途切れていた。一部始終を見届けた三体の色素生物は言葉が出なかった。
「奴は、黒系色素生物の誇りに泥を塗った張本人を、ミカ将軍の思い人を陰謀に利用した相手に今度こそとどめを刺して、堂々と色魔殿に凱旋するつもりだった、と?」
「左様でございます・・・私も奴が生きていると知ったときは衝撃で言葉が出ませんでした・・・不安の芽は芽吹くうちに摘み取っておこうと、私めが内内に処理しようと思っていたのですが、どうやらそれを・・・黒燕に見られていたようです・・・私は必死に止めました、しかし、彼は耳を貸さず一目散に・・・このイエル、一生の不覚です・・・!」
「・・・もしそう思うのであれば、命懸けで奴の生存を炙り出した黒燕の犠牲を無駄にしないようにすることだ。・・・そして、このことは他言無用だ。他の者には緊急諜報任務中のため連絡が取れないとだけ言うのだ。良いな。」
「「御意」」
玉座のまでは誰もが感情を顔には出さなかった。しかし、その心中では一人を除きとても重いものを感じていた。特にミカ将軍は、その重さに耐え切れず、玉座の間を出た瞬間にとうとう泣き崩れてしまった。
『ミカ先生がお困りの時は、いつでも私を頼っていいですからね、私にできることがあれば、力の及ぶ限り何でもします!!』
『やっぱり先生は、笑顔でいる方が一番美しいです。』
『先生!』『先生!』
また一人死んだ。また一人、私の大事な人が死んでいった。どうして皆、私を置いて行ってしまうのだろう・・・どうして私が思いを寄せた人は、皆先に旅立ってしまうのだろう・・・脳裏によみがえる彼の無垢な笑顔が、もう二度と見れないのだと思うと、ミカは感情を制御することが出来なかった。それを横で見ていたイエルは、大丈夫ですか、と優しく声をかけてミカにゆっくりと手を伸ばす。ミカはその手を握ってゆっくりと立ち直った。その腕はぎらぎらと黄色い体色のイエルにとっては不釣り合いなくらいくすんだ灰色をしていた。義手だった。
「心中お察しします、ミカさん。手塩にかけて鍛え上げた虎の子を、こともあろうに己の仇に奪われた。本物のブラックウィングを含めれば、これでもう二度目です。」
「どうして・・・どうしてあんないい子が先に逝くんや!!殺すならうちを・・・私を・・・!!」
「ミカさん、辛い気持ちは痛いほどよくわかりますが、今は忍耐の時です。ジレン様も言った通り、我々にできることはただ一つ、彼の犠牲を無駄にしないことです。」
「・・・そうやな・・・泣いてばっかりもいられへんもんな・・・あの子のためにも・・・」
ミカはイエルに連れられて自分の部屋の寝台に横になった。
「ミカさん。今日は一日部屋でお休みになられてください。庶務や諸々の作業などは私が代わりにやっておきますので。」
「うん、そうさせてもらうわ・・・すまんなあ、迷惑かけて・・・」
「いえいえ、お構いなく。」
そう言い残してイエルは部屋を後にした。ミカは自分がこちら側へと来るように誘っておきながら、ブラックウィングの件もあってイエルの事をまだ完全には信用してはいなかったのだが、少なくとも自分に対して敵意はないらしいことを認めると少し安堵した。だが、ふとイエルの義手を握った瞬間を思い出したミカの脳裏に、わずかな違和感が生じていた。
「(イエルの義手・・・あんなにくすんだ色やったかな・・・白い義手を付けてたはずだけど・・・)」
「ククク・・・ハハハハ・・・!!」
イエルはもう邪悪な笑いをこらえるのに精いっぱいであった。無理もない、何も知らないうぶなミカ先生が握ったこの義手こそが、自分が最も信頼を寄せていた黒燕を葬った手だという事も知らずに・・・
~~
その光景は未だに脳裏に鮮明によみがえる。確かに奴のRTRSから送られてきた映像はブラックウィングの生み出した積乱雲の所で止まっていた。だが、黒燕はその時点ではまだ死んではいなかったのである。これはイエルにとっても少々想定外であった。てっきり奴が始末をつけるものかと思っていたからだ。来るはずのない月からの専用緊急物理色回線を受信して久々に地球圏に来てみれば、そこには片翼をもがれ、全身からどす黒い液体を垂れ流し、四肢がほぼ動かない中、胴体を器用に動かしながら這いずる黒燕の姿があった。燕と言うより、死に掛けの蟲だ。
「い・・・イエル・・・様・・・ゴボッ・・・」
「・・・黒燕。生きていたか。」
そういえば、奴はシアンを死ぬ寸前までは追い詰めたものの結局とどめは差さなかった。奴はどうやら何か不殺の信条のようなものを持っているらしく、乗っ取るために利用した本物のブラックウィングを除けば彼はまだ色素生物を誰一人も殺してはいない。
「申し訳・・・ございません・・・イエル・・・様・・・」
「だから撤退しろと言ったはずだ。奴は我々より二枚も三枚も上手なのだ。」
「うう・・・このままでは・・・先生に・・・合わせる顔が・・・」
「ああ、それについては気にする必要はない。」
そういうとイエルは真っ白な方の腕で黒燕の腕をつかみ、どうにか立たせようと引き上げる。命令違反をした上にボロボロになった自分をここまで介抱してくれるこの男に、少しでも疑念の心を持った自分が恥ずかしかった。
「イエル様・・・かたじけない・・・」
「・・・なにせ、お前は・・・」
「ミカ先生に会う事はなく、ここでくたばるのだからな。」
「え」
その瞬間、イエルは黒燕を空中に突き飛ばし両腕から
「え・・・なんで・・・どうして・・・?」
「全く手間をかけさせやがって、月と木星を往復するのは大変なのだぞ・・・」
「え・・・え・・・」
「貴様、まさかまだ気づかないのか?この作戦は奴の存在さえ炙り出せればそれで達成なのだ。貴様の生死など関係ない。・・・むしろ消えてもらわねえと俺が困るんだよ・・・おとなしく地球で死ねば楽だったものを!」
義手ではない方の腕、即ち黒燕の首を握っている方の腕の力を強くする。段々とふさがれていく喉を解放しようにも、それを行う腕がない。黒燕はただ、片翼をばたばたとさせるしかなかった。
「あ・・・か・・・がはっ・・・や・・・やめて・・・殺さ・・・ないで・・・」
「たとえ奴に勝とうが負けようが、この話に乗った時点で貴様が死ぬことは決まっていたのだよ。貴様は”計画”の遂行には邪魔だからな・・・」
「や・・・だ・・・いや・・・だ・・・助け・・・て・・・先・・・生・・・!」
ただただ無垢。ただただ純粋。ただただ愚直。まったく、吐き気がする。まるでそれは、かつての自分を映し出しているようだった。だがもう、岐路井は死んだ。岐路井は色素生物イエルが殺したのだ。しかし、黒燕のかすれ声が殺したはずの岐路井の意識を頭の中にちらつかせてくる。・・・黙れ。黙れ。
「・・・黙れと言ってるだろうが!!」
イエルの叫びと同時に、白い義手の鋭い爪がまっすぐに黒燕の胴を貫いた。おくれて、黒燕はごぼりと黒い液体を吐き出して、イエルの手の内で絶命した。そしてその死体はゲル状になり、イエルの義手に吸い込まれていく。同時に、新品のように真っ白だった義手は黒燕だったものをたっぷりと吸い尽くし、完全な黒にはならなかったものの、くすんだ灰色にその様相を変えたのだった。そしてそこから湧き上がる黒系物理色の力に、イエルは恍惚の表情を浮かべていた。
「これが・・・二元色素の力・・・黒だけでもここまでとは、シキモリ達も強くなるはずだ・・・これで後は・・・ミカさえ吸収すれば・・・フフ、フフフ・・・」
冷たい月の大地に、イエルは邪悪な高笑いを響かせた。もはや彼を止めることは出来ない。地球、色魔殿、太陽系、いいや、宇宙一の力を得るための「計画」はまだ始まったばかりだ。大きな野望への、小さな一歩は、いま、踏み出されたのだ・・・
~~
開いた窓から差す朝日のまぶしさで、蒼井は目を開けた。あの後、二人ははお互いを激しく求めた後、そのまま泥のように眠り込んでしまったようだ。こんなにしっかりと睡眠をとったのは果たしていつぶりであろうか。ふと横を見てみると、マジェンタがすうすうと寝息を立てている。
「・・・マジェンタ。」
彼が呼びかけるとマジェンタはううんと言いながらゆっくり目を開けた。彼女もぐっすりと眠れていたようだ。
「おはよう。マジェンタ。」
「・・・おはようございます。蒼井さん。」
二人はしばらく無言のまま見つめ合っていた。そして、昨晩の出来事を段々と思い出し、互いに顔を紅潮させる。
「あ、蒼井さん・・・昨晩は・・・」
「あー、えっと・・・朝ご飯、たべよ?」
「そ、そうですね、そうしましょうそうしましょう!」
羞恥心をごまかしているためかお互いに声が上ずっている。二人はそのままぎこちない動作で布団を片付けて、朝ご飯を作るために食卓へと降りてきた。食堂のテレビに映るニュースが何やら朝一番のトップニュースを流している。その内容は・・・
{今朝、田子倉ダムの湖面にて、大きな鳥の羽のようなものが何枚も浮かんでいるとの通報がありました。防衛軍関係者のコメントによると、通常の鳥の羽の大きさとは明らかに異なる為、おそらく色素生物の物とみて間違いがないと思われますが、詳しいことはまだわかっていません。次のニュースです。}
二人は驚愕した。色素生物が現れたのなら、騒がしい色素警報が鳴り響き否が応でもたたき起こされるはずだが、少なくとも昨日はそんな警報を聞いた覚えがない。刑法ですら起きないほど、自分たちは熟睡していたとでもいうのだろうか?
「私たち・・・そんなにぐっすり寝てました?」
「あれが鳴るとすぐ起きれるように、訓練したはずなんだけど・・・」
「ああ、そいつなら俺がやっつけといたから。」
後ろから聞こえてきたのは、クロハの声だ。夜更かしでもしたのだろうかふわあ、とあくびをしながら新聞を”逆さ”に読み、優雅にコーヒーを飲んでいる。その横にはこれでもかと言わんばかりにそそがれたであろうガムシロップの抜け殻が大量に置いてあった。
「でも、どうして警報が・・・」
「お前たち最近無理しっぱなしだったからな、ぐっすり寝れるように俺がちょっとした”耳栓”を、お前たちの部屋に仕掛けたのさ。それに・・・」
「「それに?」」
「二人の愛の時間を、邪魔されていい気はしねえだろ?」
クロハは全てを知っている。二人はさらに顔面を紅潮させた。
「な、な、な、何を言ってるんだか、わ、分からないなあ!ね、ねえ、マジェンタ?」
「そそそ、そうですよ、くくく、クロハさんてば、へへへ、変なこと言わないでくださいよ!」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕たちは、い、い、い、一緒の部屋で寝ただけで、そんな、別に、愛の時間とか、あんなことやこんなことなんて・・・」
「俺別にそこまで聞いてねえんだけど・・・もしかして、”した”のか?」
「・・・あっ」
「・・・もーう!蒼井さんのバカ!!」
朝っぱらから飯も食わずに惚気てる二人を温かい目で見つめながら、若いっていいよなあと大げさに呟いてクロハは再び新聞を逆さに読み始めた・・・束の間ではあるが、奥只見に平和な時間が流れていた。
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