第28話 舞闘、激闘、暗闘

火沙々鬼かささぎ。世界中に散らばった7体の色素生物の内、北国ロシアのクレムリン宮殿を襲撃した、燃えるように真っ赤な体色をした新種の赤系色素生物だ。中国に現れた紅人魚を倒したマジェンタが夜明けとともに到着した時には宮殿はすでに破壊されており、物理色も吸収されて残ったのは色の抜けた瓦礫のみ。後に残るは全く効かないとわかっていても攻撃を続けるしかなかったロシア軍のむなしい抵抗だけであった。


色素生物の襲撃の責任を全て色力と言う新エネルギーを発見した日本だけに押し付けて、自分たちは何も対策を施さなかったのが悪い――実はとっくに技術の譲渡は水面下で行われていたが、実用化まで間に合わなかった。――というのは簡単であるが、今は責任どうこうの問題ではない。目の前の敵を倒さなければならない。


「おやおや、誰が来るかと思ったらシキモリ二号とは。となると・・・黄羅滅鬼と戦っているのはシアンという訳ですか。」

「私じゃ不足ですか?」

「いえいえ、戦えるなら私は誰とでも喜んで戦います。あ、申し遅れました、私は火沙々鬼というものです、どうぞよろしく。」

「え、あ、こちらこそ・・・」


やけに礼儀正しい火沙々鬼のふるまいを見て思わずマジェンタはお辞儀をしてしまった。持っている白いステッキのようなものや燕尾服を思わせるそのなりからして、まるで紳士のようだと心に思った。相手はその心中を読んだかのようにこう言い放つ。


「私は粗暴な兄とは違ってなるべくスマートな戦いを心掛けております。そして、男だろうが女だろうが私は絶対に手は抜きません。それが私なりのマナーです。よろしいですかな?」

「こっちも手を抜くつもりはありません!行きますよ!」

「心意気やよし。ですが・・・センスはどうかな?」


と、いうが早いか火沙々鬼は斜めに持ったステッキで不意に、しかし正確にマジェンタを突かんと攻撃を繰り出した。とっさの反射でどうにか避け切るが、少しでも遅ければマジェンタの体はたちまち穴ぼこだらけにされてしまう。そして、ステッキ――と言うよりはスタッフ――の周辺に高熱度と白系物理色の反応が確認できる。


「ほう、白熱杖の不意突きを紙一重とはいえかわし切るとは・・・お嬢さん、どうやら少しは楽しめそうですな・・・」

「やああ!!はっ!!」


続いてマジェンタが相手の間合いに踏み込んで打撃と蹴撃で応酬する。その都度白熱杖の構えを上段、下段と切り替えて攻撃を打ち消し、隙を見つけては突撃に生じる。突撃だけではない。薙刀のように切り払ったり、太刀のように打ち付けてきたりもする。同じく長物の心得があるマジェンタは一時も杖や相手の動きから目を離さない。その瞬間こそ敗北の瞬間を意味するからだ。まさに好敵手。火沙々鬼は攻撃の手を緩めなかったが、彼女にも心得があると動きで分かったときは賞賛の言葉を送った。


「お嬢さん、貴方とは勝っても負けても悔いが残らない、いい勝負になりそうだ・・・先に礼をいっておこう。君と戦えて私は光栄だ。」

「それはどうも、でも悲しいです。お返しの品が拳と蹴りしかございません。」

「構わんよ。ではもう少し、私と踊ってくれるかなShall we dance?」

「ええ、喜んで。」


すでに崩れたクレムリン宮殿の瓦礫の上で、漆黒の闇を照らす月光と言うスポットライトの下、黒きドレスを纏った踊り子と、それに合わせて杖を振り回し、時に踊り子に激しいアピールを送る紳士による、決戦と言う名の舞”闘”会。この舞台で最後までステージに立つ者は、この勝負に勝つものは、果たして誰か。


・・・


太平洋をマッハで飛んでいく青い色球。西海岸には目もくれずにまっすぐにアメリカ大陸の夜空を横切る。目指すは自由の女神。しかし、彼女の姿はすでになく、そこにいたのはかつて彼女だったであろう残骸を踏みにじり、今にもリバティ島から市街地へと踏み出さんとしている真っ黄色な鬼――それもかなり東洋的な――の姿であった。

青い色球はリバティ島に着陸して、シアンへと変形し黄羅滅鬼きらめきの前に立ちはだかった。待ってましたと言わんばかりに黄羅滅鬼は顔をほころばせ、白金棒をあいさつ代わりにぶんぶんと振り回す。


「遅いわぁ!!待ちくたびれたぞシアン、あんまり遅いんで時間つぶしに壊した女神像がただの瓦礫になっちまったわい。がはは。」

「壊すしか能のないことを自慢げに話せるその度胸はむしろ褒めてもいいくらいだ。何ならお前も瓦礫の一部になるか?」

「なんだとぉ!!」


黄羅滅鬼はシアンの挑発に感情をむき出しにして白金棒を振り回しながら襲い掛かってきた。弟の評通り粗暴な攻撃をひらりと躱したシアンはつい先ほどまで彼女が立っていた台座に降り立った。そして、腰に掛けた手に褐色刀かついろがたなを造換し、抜刀して上段に構え、切っ先を黄羅滅鬼に向けた。ちなみに、この時に向かい合ったシアンと黄羅滅鬼の瞬間を偶然にも捕らえたカメラマンはのちにマスコミからの報道カメラマン大賞を総なめすることになる。写真につけられた題名は「青いサムライ」そして、その写真が新聞やSNSなどのメディアのトップニュースを飾ったその日から、アメリカンコミックは巨大ヒーローものを主人公とした作品を多数展開することになる。閑話休題。


「そんななまくら刀で、この俺の攻撃を受けきれると思ってるのか!」

「お前こそ、その鉄くず棒をおられないように気を付けるべきだ。」

「んがあああ!!一々煩わしい奴!!」


黄羅滅鬼は台座に向かって大きく振りかぶった。豆腐のごとくぐじゃぐじゃと崩れていく台座から飛び立ったシアンは隙ありと黄羅滅鬼の伸び切った腕に切りかかる。だが、斬撃は食い込んだものの完全に切り落とすことは出来なかった。


「何!?」

「がはは、俺とてただ暴れっぱなしでは無いわ!むん!」


黄羅滅鬼は体に力を入れて褐色刀をはじいた。重い獲物を振り回せば隙が生まれて腕が狙われやすいという事は誰でもわかる。黄羅滅鬼は己をカウンター攻撃が通らないほどに強靭な体に鍛え上げることで、欠点を補っているのだ。そして、よく全体を見てみると、関節などの弱点になりそうな場所にはことごとく鎧のようなものがつけられている。即ち奴の体にはどこにも切れそうな場所はないという事だろうか。いいや、必ずどこかでボロを出す。それを見つけなければ、この戦いには勝てない。黄羅滅鬼の重い一撃を交わしながらそのチャンスを狙う。守りの態勢に入ったシアンを今度は黄羅滅鬼が煽った。


「ははは!どうしたどうした!今更おじけづいたか!持久戦に持ち込もうったってそうはいかんぞ!俺は体力だけなら色魔殿の誰よりも勝るのだからな、うはは!」


黄羅滅期は大きく口を開けながらシアンをあざ笑った。シアンは攻撃を避けつつ、または受け流しつつ、反撃のチャンスをいまかいまかと辛抱強く待っている。既に女神も台座も瓦礫と化したリバティ島。二人の巨神たちの深夜の激闘はまだまだ終わりそうにはなかった。


・・・


真昼の只見、田子倉ダム。その湖のほとりにある、バーベキュー客用に簡単に整備された公園。といっても、その為だけにこんな辺鄙な田舎までやってくる物好きはそう相違ない。設置されてから一度も補修されてなさそうな備え付けのガーデンテーブルに、明らかに行楽客ではなさそうな男がふたり、互いを睨みあっていた。二人の間には目に見えない緊張感で満たされており、その間には虫はおろか、さえ入ろうとはしない。――しいて言えば、銀色の灰皿が置いてある――二人は既に戦闘状態に入っている。先に煙草の煙をふわあと吐き出して沈黙を破ったのは、場違いなほど整ったスーツに黄色いネクタイを締めた男だった。


「・・・蒼井君やマジェンタに、黒系物理色ゴシックの力を与えたのは君か。」


向かいにいる黒い服装の男は吸いがらをぎゅっと灰皿に潰した。これでもう5本目だ。だが彼には人間でいう気道の部分にフィルターを噛ませている。ただのフィルターではない。煙草に含まれるタール、ニコチンなど本来なら有害とされる物質を栄養源として吸収する、それそのものが生きているフィルターだ。勿論、地球の技術でこんなものは作れないし、色魔殿にもこのようなものは存在しない。気道のみならず、男の体はどこもかしこもそのようなオーパーツで固められている。何より、にとって男の存在自体が特異点イレギュラーであった。


「ああ。俺だ。どっかの誰かさんが裏切って色杯をもってっちまったからな、力を増す色素生物に対抗するための応急策だ。」

「君も色力についてそれなりに心得があるようだね。」

「別に。かじった程度の、付け焼刃さ。そんなに頭は良くねえから、色力についての資料を読んでもちんぷんかんぷんだったぜ。」

「・・・ふっ、すっとぼけなくていいと言っただろう。」

「・・・はは、そうだったな。」


二人は微笑したが、目は全く笑ってはいない。周りの雰囲気は、気味の悪いほどに静寂に包まれている。鳥も、獣も、虫も、風も、草も、水も、まるで時が止まったかのようだ。再びの沈黙の後、今度は黒い服の男が口を開いた。すでに6本目の煙草に火をつけている。やはり煙は二人から逃れるように立ち上る。


「まさか、こんな下らねえ話をするために来たわけじゃないだろう?・・・色魔殿お抱えのイエル将軍がわざわざこんなところへ岐路井の姿で来た理由は、何だ。」

「君にいろいろと、聞きたいことがあってね・・・勿論ブラックウィングではない、クロハのほうにだ。」

「分からねえことはまず調べるのが研究者ってもんじゃねえのか。」

「それで済むなら苦労しない、何せ君はイレギュラーな存在だ。君を知るためにいろいろと策を打ったが、やはり直接聞きだすに限ると思ってね。」


ようやっと、イエルは一本目を吸い終えた。だが二本目を吸おうとはしなかった。


「質問に、答えてくれるよね。」

「俺からの質問にも答えるなら。」

「・・・いいだろう。」


イエルはそういうと、改めてクロハに向き直った。


「・・・君は、色杯が目当てだね。」

「・・・」


無言は肯定の意を表す。そう捉えてイエルは続けた。


「君を最初に見つけて、簡単に疑似網膜で走査した時は流石に驚いたよ。さっきの微小構成体ナノマシンといい、君を構成するすべての要素が地球どころか色魔殿にない技術で固められている。これだけでだいぶヒントになった。君のようなオーパーツの塊がどうして自分よりもな地球や色素生物なんかに好き好んでくっついているのか、と考えた時に、俺は君の立場になって考えてみたんだ。自分がクロハなら、このローテクの世界で何に一番興味を示すかってね・・・そうなると自然に、色杯にたどり着く。」

「・・・お前らみたいに欲しいから狙ったんじゃない。俺は色杯を本来あった位置に戻すためにやってきたんだ。間違っても色魔殿の事じゃねえぞ。」

「そういえば、色魔殿は気の遠くなるほど昔に、色杯を”正義の代行者”にとられたそうだね・・・それはもしかして、君の事かい?」

「俺自身ではない。そいつぁおそらく俺の”先代”だ。」

「先代?君のような存在は他にもいるのか。」

「ああ、少なくとも俺の前には666人の先輩たちがいる。みんな死んでるけどな。」

「・・・みな、君のように力を与えられているのかい?」

「与えられるのは不老不死だけだ。後は基本的に自分で何とかする。」

「なるほど・・・」


イエルは満足のいく答えを得たらしく、それ以上は聞かなかった。質問が止んだのを見計らって、今度はクロハが聞き手に回る。


「さあ、そろそろお前さんの事についても聞かせてもらおうか。イエル将軍。聞きてえことが山ほどあるんだ、出来るだけ素直に答えてくれよ。」

「クロハ・・・もうその必要はないんじゃないのか。」

「何だって?俺はまだ何も・・・」

「・・・煙草に含まれるニコチン、タールは、一度吸うと喫煙者の肺にこびりつく・・・いやはや敵わないね。」

「・・・ちっ。」




思わずクロハは舌打ちした。イエルは気づいていた。気づいたうえで、あえて策に乗ったのだ。既に6本目は残り少ない。こんなことなら、煙草をもうひと箱買ってくるべきであったと、心底後悔した。



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