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Nora
01話.[可愛げがあるね]
「ともか、帰ろうよ」
「んー」
終わっているのに帰っていなかった理由は気になる異性が教室にいたからだった。
だけどその子の周りにはいつも男の子や女の子がいてどうしようもないというのが現実だった。
「久間
「そんなの近づくしかないでしょ、このクラスになってから一度も近づけていないのが杉本ともかさんですが」
「それしかないよねえ」
それでもああやって集まられると見ているだけが精一杯というか……。
それに自分の気持ちを優先して動いた結果、気になる子に迷惑をかけてしまうというのが一番嫌だった。
だったら最後までこのままでいいのではないかとすぐに弱い自分が囁いてくる。
「そうだ、今日はあそこに寄って行こうよ」
「いいよ、だけど今日はいるかなあ?」
いつでもいてくれるというわけではないから期待半分で向かうことにした。
家から離れている場所ではないから行った結果真っ暗に、なんてことにはならないから大丈夫。
「着いたー」
「あの子は……あ、いたよ」
「おー」
ここでよくボールを蹴っている男の子がいて彼女はその子を気に入っていた。
たださすがに挨拶をすることはできないらしく、いつも少し離れた場所にあるベンチに座ってそれを見ているだけなんだけど。
まるで教室での私みたいだ、だけど同級生に話しかけるのとは違うから仕方がない面もあるか。
「一生懸命で可愛いよね、私、ああいう子が一番好き」
「格好いいじゃない?」
「格好いいところと可愛いところがあるから最強じゃん」
あの子にとっては見られているとは思っていないだろうから私達の存在は最強に怖い存在ということになる。
ふたりだからまだ問題になっていないだけで彼女がひとりだったり私がひとりで見ていた場合はどうなっているのかは分からない。
「私は手を使う球技しかしたことがないから難しそうっていつも思うよ」
「私だったらすぐに転んじゃいそう」
「そんなこと言っているけどともかは運動得意じゃん」
「得意ってほどではないよ、ただちょっとできるぐらい」
あ、ボールがこっちにきた。
横を見てみても彼女は動こうとしていなかったから返すためにちょっと蹴ってみた、そうしたら空気がよく入っていたためかよく飛んでくれた。
どこかにいってしまって迷惑をかけてしまうなんてこともなく、少年は「ありがとうございます!」なんて言って頭を下げてくれた。
「んー、可愛げがあるね、だけどなんで志津さんは動かなかったの?」
「はっ!? 一瞬で頭が真っ白になって動けなかった……」
恋する乙女か、いや、恋する乙女か。
「ま、まあ、仮に動けていたとしても変なところに飛んでいただろうからこれでいいんだよ」
「そっか、じゃあそろそろ帰る?」
「うん、帰ろ」
あんなことを言っておきながら残念だったのか帰りは口数が少なかった。
あっさり別れるところもらしくない、下を向きながら歩くのもそうだ。
ただ本人が来る気もないのに止めるのは違うため、こちらも家まで歩く。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「お母さん、荷物ってきた?」
「きたわよ、部屋に置いてあるから」
「ありがと、ちょっと着替えてくるね」
色々なところで漫画が読みたいから専用の端末を購入した。
これまで電子書籍派というわけではなかったから本棚にはいっぱい紙の本があるけど、これからはそっちで買おうと思う。
まあつまり本体はあっても漫画は買えていないからまだ読めないということになるんだよね。
「開けると気になるから開けなくていいや」
着替え終わったから一階へ、母はソファに座って取り込んだ服を畳んでいたからその近くに座った。
「最近、志津ちゃんとはどうなの?」
「仲良くできてるよ、さっきだって一緒に帰ってきたからね」
「そう、あなたには志津ちゃんが必要だからこれからも仲良くできるように頑張りなさい」
うん、志津の存在は必要だ、近くにいてくれないと不安になる。
だけどもう十年以上一緒にいられているから頑張る必要はない気がした。
そういうときこそ気をつけろ、頑張れということならもっともな発言だ。
油断していると駄目になるというのは常のことだからね。
「ご飯を作るわ」
「それじゃあ手伝うよ」
「そう? じゃあお願いね」
なにが起こるのかは分からないから家事などもできるようにしてある。
それでも出しゃばることはせずにちょっとだけ手伝った。
正直、食材のおかげで自分でも美味しく作れるけど、自分が作ったご飯より母が作ってくれたご飯の方が好きだからだ。
「お父さん今日は遅いの?」
「十九時を過ぎると言っていたわ、先に食べましょうか」
「お母さんがそう言うなら食べよう」
美味しいご飯を食べて、温かいお風呂に入って、それでまた明日になったら学校に元気良く行けばいい。
元気が良くないと気になる男の子を振り向かせるどころか動けなくなるからそれでいい。
生き続けることができればいつかは変わるからそれを信じて過ごしていこうと決めたのだった。
「よっ、ほっ、とぉ!」
「んー、怪我をする可能性があるから二十点」
「別に採点なんて頼んでいないんですけど……」
体育が終わったものの、まだハイテンションのままだった。
やっぱり体を動かせた方が好きだ、他の授業中は肩がこる感じがする。
文句を言っていたところでじっとしていなければならない授業が多いことには変わらないけど、なんでもかんでも抑えればいいというわけではないのだ。
特に内側でぐらいは自由でいいだろう。
「あ、やっと戻ってきた」
「あ、志津に用があるの?」
気になる子と全く関わりがないというわけではなかった。
私だってね、簡単に一目惚れとかはしないんですよ。
ちゃんと関わって、彼のことをちょっと知って、それで気になっているわけ。
「いや、杉本さんにかな」
「私? じゃあ廊下でもいい?」
「うん、その方がこっちとしてもありがたいかな」
制服に着替えなければならないから三分ぐらいでよろしくと頼んでおいた。
さて、どういうことを言ってくるのか。
私は志津と違って頭が真っ白になってしどろもどろになるなんてことにはならないからなんでもこいと内で呟く。
「はいこれ、さっき落としていたからさ」
「おお、全然気づいていなかったよ、ありがとう」
「ううん、僕としても早く渡したかったから助かったよ」
彼は壁に背を預けてから「みんながいるときに渡すと……さ」と。
彼のことを気にしている女の子が多いということは分かっているからああ、と。
「話はそれだけだから、早く着替えた方がいいよ」
「そうだね」
それでささっと着替えて親友のところに向かうとニヨニヨとされてしまった。
「やるじゃん」とかなんか勘違いもしてしまっている親友さん。
面倒くさいことになりそうだったから自分の椅子に座って次の授業を待つことに。
人のことを気にしているより自分のことを気にしておけーって話だよね。
「逃げなくてもいいじゃん、それだとなにかがありましたと言っているようなものなんだけど?」
「なにもないよ、ハンカチを拾ってくれていただけ」
落としたとしたらトイレの後だからその点は気になる。
とはいえ、奇麗な状態で落としていてもそれはアホらしいからこれでよかったのかもしれないけど。
「おお、恋愛にはありがちなイベント!」
「志津もあの子のボールを拾って渡してあげないとね」
「んー、上手でああいうことは少ないからなー」
その機会がくるまでひたすら見ておくというのも怪しすぎてできない。
だから昨日のあれが最初で最後だったのかもしれなかった、というところか。
悔やんだところでやり直すことはできないし、もうこうなったら友達になるぐらいしか上手くやる方法はないということになる。
「協力してあげるからあの子と話してみようよ」
「えっ」
「大丈夫、いつも頑張っているねとかそういう風に始めればいいんだよ」
勘違いして調子に乗りすぎなければなんとかなる。
小学生ではないと分かっているから話しかけただけで問題に、ともならない。
なんにも動かないままで終わったら絶対に後悔する、だからそうなる前に変えてしまおうというわけだ。
「というわけで今日の放課後に行こうね」
「え、あ、ちょ」
「なに? 言いたいことがあるなら言いなさい」
「……ともかが高安君を誘えたらいいよ?」
「分かった」
お昼休みになると必ず教室から出ていくからそのタイミングにしよう。
教室ではあんまり私としても近づきたくないから仕方がない。
それでもね、私がちょっと頑張るだけで彼女が動いてくれるということならそりゃ動くよ。
とにかく午前の授業には集中をして、お昼休みになった瞬間に廊下に出て高安君が出てくるのを待った。
「あ、高安君、ちょっといいかな?」
自分で聞いておきながらあれだけどこれってずるい言い方だ、もうこう聞いてしまっている時点で相手の時間は貰っているということになるのだから、あとはよっぽど冷たい人間でもない限り相手をするだろうからだ。
「珍しいね、杉本さんから話しかけてくるなんて」
「うん、あ、それでなんだけど、今日の放課後って時間あるかな?」
「それって僕と出かけたいってこと?」
「出かけたいというか一緒に帰りたいってところかな、ちょっと寄り道するけどさ」
別に断られても構わなかった、そんなことでいちいち一喜一憂したりしない。
それと志津が近くで見ていることは知っているからだった。
誘えたらいいよだからこの時点で条件は達成できているわけだしね。
「ごめん、あんまり知らない子と行動しないようにしているんだ、過去にそのことで嫌なことがあったからさ」
「話を聞いてくれてありがとう、それじゃあこれで」
自由に言われないために対策をするのは普通のことだ。
終わったとなると今度はお腹が減ってきたから教室に戻る。
「断られちまったよ、志津さんや」
「……ともかは強いね」
そして何故か彼女の方が暗い顔になってしまっていた。
何故なんだと考えてみても本人ではないから分かることはなかった。
「あれ、残念ながら今日に限っていないか……」
「ほっ、い、いないなら仕方がないね」
最低条件は達成できても本人を連れてくることはできなかったから偉そうに言うことはできない。
なので、すぐに帰る気にはなれないから座ってゆっくりすることにした。
「高安君は分かりやすく行動しているね」
「だね、ああいう対応をされると逆に安心できるよ」
こちらが少しも勘違いできないまま終わるから。
あのまま簡単に受け入れられていたら恋愛脳の私は間違いなく失敗をしていた。
「それにしても私に言われた途端に近づくとはね、あれが初めてなのにいいの?」
「いいのもなにももう終わりましたから、それに初めてだとしてもなにも変わらないんだよなあ」
志津が勇気を出してあの子に話しかけるのとでは違う、嫌われることだけは避ければ変わらないというのは彼女も一緒だけど。
私が気になっているのはあの子が来ると冷静になってしまうということだった。
もっとドキドキしながら相手をさせてもらいたい、だけど残念ながら私が私をやっている限りはそんなことにはならない。
それなら遠くから見ているだけの方がマシだろう。
今日ので絶望してしまった、諦めてしまったということではなく、本当に心の底からそのように考えていた。
「あれだけ徹底しているともう動くことが怖くなっちゃったんじゃない?」
「これからも変わらないよ」
「そっか……って、私は人のことを心配している場合じゃないか」
お、この感じだととうとう動くことにするみたいだ。
今日はいないから明日、明日が無理なら明後日までには実行することだろう。
「でも、今日は帰ろ」
「そうだ――」
「あの」
帰ろうとしたらあの男の子の方から話しかけてきた。
出しゃばるわけにはいかないから黙ろうとしたものの、今回ばかりはいきなりすぎて彼女が固まってしまっていたからどうしたのと言うしかなかった。
「いつもあそこに座って話している人達ですよね?」
「そうだよ、ここがお気に入りの場所なんだ」
単純に広い場所で落ち着けるから気に入っていた、それでたまたま彼がそこで練習をしていたというだけだった。
いまの彼女となっては違うかもしれないけど私にとってはそういう場所だ。
「そうですか、……じゃあ別に見られていたわけじゃないのか」
見ていてすまない、だけど同じ場所でされていたら見てしまうだろう。
一切見ずに休むだけ休んで帰るというのは難しい、自分が見たいものだけを見られるという高性能なものにはなっていないから。
「見てるよ? いつも一生懸命ですごいなあってふたりでよく話しているの」
「えっ、あ、確かに一生懸命に自主練をしているわけですけど……」
「格好いいよ、偉そうだけどそのまま続けてね――じゃなくてだね、この子が君に興味があるみたいなんだ」
「えぇ!?」
こうして話しかけてきてくれたのだ、この機会に動いた方がいい。
明日になればまた話しかけるところから挑戦しなければならないからだ。
「この子は久間志津、私は杉本ともか、あなたは?」
「端
「そっか」
んー、そろそろ彼女には復活してもらいたいところだけど、残念ながらこっちの腕を掴んで黙っているだけだった。
静かになっても彼も帰ることはせずにこちらを見てきているだけ。
お見合いではないんだからさ、こんな見つめ合っていたって仕方がないぞ……。
「端君はさ」
「はい」
よし、これでいい感じになったら帰ってしまえばいい。
だけどできれば私も彼女のような感じでありたかった。
多分、今日みたいに普通に対応していると気づかれないままで終わってしまう。
相手のことだけを考えるのならそれでもいいけど、やっぱり女としては恋をしたいわけなんですよ。
こうなったら高安君ではなくてもいいからいい男の子を好きになりたい。
幸い、まだまだ気になっているという状態だったから問題にはならない。
「あそこの中学に通っている子だよね?」
「はい、おふたりもそうだったんですか?」
「うん、そうだよ、部活も同じだったよ」
「なるほど」
部活の日々も楽しかったな。
高校では続けようとはならなかったけど、間違いなくいい思い出だった。
「あとね、端君は可愛いっ」
「えー……っと、やっぱり格好いい系では……ないですか?」
男の子なら可愛いと言われて気にしない子はいないだろう。
女の子っぽい見た目の男の子であれば喜ぶかもしれないけどね。
でもそんな少数の存在のことを言っても仕方がない。
「うんっ」
「残念です、クラスメイトからもよくそう言われるんですよね……」
「あ、でもでもっ、ここにいるともかは格好いいように見えるらしいからっ」
「……だけどそれってお世辞ですよね、やっぱり残念です」
あらら、お世辞ということにされてしまった。
私はただただ真面目にやっているところを見て格好いいと思ったというのに。
彼は私ではないから仕方がないか。
それどころか相手の言葉を全て鵜呑みにするというのは危険だから賢いのかもしれない。
「少年、練習はしなくていいのかい?」
「あ、やろうとしたんですけどおふたりを見つけたら今日はちょっとやる気がなくなりました」
「えぇ、なんかその言い方は気になるなあ」
「……あの、おふたりがモチベーションみたいなものだったので」
うわあ、それこそ彼の方がお世辞を言ってしまっているよ。
ただね、そんな露骨なお世辞でもこんなことを言われたら悪い気にはならない。
彼のことを気に入っている彼女であればなおさらのことだと言える。
「見せつけるためにしていたわけではないですけどね、ははは」
「それならこれからは毎日見させてもらおうかな」
「え、いいんですか?」
「私はね、ともかは分からないけど」
「あなただけでも見てもらえるならありがたいです」
上手い、というか緊張していたのが馬鹿らしく見えてくるやり取りだった。
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