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倖はといえば、ん、と軽く返事を返してそそくさと立ち上がりフェンスへと近寄っていく。俯いたりんの視界にもチラリとその様子が見える。どうしたのかと顔をあげれば、彼はいそいそと黒縁の眼鏡をかけようとしていた。
「あ、」
そういえば、胸キュンシーンの原因となったのは眼鏡の争奪戦であった。唖然としているりんの目の前で、眼鏡は素早く倖の目に装着されてしまった。
「……いた、」
倖が指差した方向は正門のほう。正門を出たらおそらく、いつも通り向かいの個人商店へと入っていくはずだ。
「……なぁ、お前さぁ、前に聞いたことあったよな。あの商店に買い物行ったことがあるかって。」
「へ?そう、でしたっけ?……えっと、」
また慌てて誤魔化そうとするが、倖の視線からそれが既に手遅れであることを悟った。
りんは観念して細く息を吐くと金網に近づき、真横で同じように金網にひっついている倖をチラリと見あげた。
「……もう、商店の中に入っていきました?」
倖が驚いたようにりんを見て、頷いた。
「あぁ。……何?もう、誤魔化すの諦めたのか?」
「……諦めました。」
倖は眼鏡を取るとりんに差し出し、金網に寄りかかって口を開いた。
「あれ、何?」
直球で質問をぶつけてくる倖に、どう答えたものか、と視線を彷徨わす。
「何、と聞かれると正直困るんですが、ゆ、幽霊、なのかな?」
たぶん、とりんは自信なさげに答える。
「……俺、幽霊視たの初めて。」
「なんでちょっと嬉しそうなんですか。」
「ていうか、本当にあれ、幽霊なのか?」
「……たぶん。」
「なんださっきから。たぶんたぶん、て。」
「わ、わかんないですよ、自分が視てるあれが、本当はなんなのか、なんて、」
りんはうろたえて俯いた。
「……幽霊的なものだとは思うんですけど。あ、倖くんが、おんなじものを視たってことは、幽霊てことで間違いないのかな?」
「いまいちよくわからんな。んー、お前がかけてる新しい眼鏡でも視えるのか?」
「……視えません。というより、」
倖から返された眼鏡を手の中でギュッと握りしめる。
小学校高学年から使っている黒縁の眼鏡はあちこち傷もついているが、いつもりんを守ってくれた、大切なものだった。
「私がこの眼鏡をかけてるのは、ああいうのが視えないようにするためです。」
「……視るためじゃないのか?」
「あんなの視るための眼鏡なんて、わざわざかけませんよ。裸眼とか普通の眼鏡とかだと、ああいうのがそこら辺にチョコチョコと視えて、ちょっとキツいので。」
倖は不思議そうにりんを見ながら、スイーツが散乱している場所に戻ると、よっこらせ、と座りこんだ。
「でも、俺、それかけたときに視えたぞ。」
「……なんででしょうね?正直、本当にわかりません。でも、私が眼鏡買い換えようと思ったのは、この眼鏡をかけていてもあれが視えるようになってしまったからです。」
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