「どれですか?」

「……頼むから、俺にしか見えないとか言うなよな。何か、赤いのが花壇の横のとこ、這いつくばってんじゃん。」

「……え?」

「え、じゃねーよ。……ていうか、何であの赤いのだけはっきり見えんだよ。」

 気持ちわりぃ、と倖は蒼白な顔で再度そう言った。


 赤い、這いつくばってるのって、まさか。


 まさか、と何度も頭の中で繰り返しながら金網にすがりつき、りんは眼鏡を少し上にずらしてみた。

 いわゆる強度近視というやつで、間近にいる人間の輪郭さえ覚束ないような視力だ。屋上から下を見下ろしたところで、茶色い地面にぼやけた何かが右往左往しているようにしか見えないはずなのだ。

 しかし、それは、それだけは、やはりはっきりとりんの視界にうつった。


 倖の言うとおり、それは花壇横にいた。


 そして今まさに自らの腹に手を突っ込み臓器を引っ張り出そうとしているところだった。

「うっげぇっ……」

 えげつな、と震える声で倖は言う。


 明らかに同じものを、倖が視ている。


 どうして突然倖にあれが視えてしまったのか。

 理由は一つしか思い当たらなかった。

「倖くん、眼鏡、返してください。」

「あ?」

 倖が強張った顔でこちらを見る。

「いいから、返してください。」

 半ば強引に倖の顔から黒縁の眼鏡をひっぺがして取り返した。

「いてっ!……何だ急に。」

「視えますか?倖くん。さっきのグロいの。まだ、視えます?」

 真剣な顔で問うりんに、倖は目を瞬いて運動場へと視線を落とした。

「……あれ?……いない。」

 それを聞き、りんはほっと胸をなで下ろした。

 いったいどういうカラクリになっているのかわからないが、倖はこの眼鏡をかけることによって、アレが視えてしまったらしい。

 それがこの一回きりなのか、これからも倖がこの眼鏡をかければ視えるものなのかは分からないが、試してみようとは思わなかった。

 そそくさと眼鏡をケースにしまうりんを見て、倖がとっさにその手首を掴んだ。

「な、なんですか?」

「なんですかじゃないだろ。さっきのってまさか、その眼鏡のせいで視えたのか?」

「い、いや、えっと、」

「どんな仕掛けになってんだ?AR的な何かか?」

「え、えーあーる?」

「拡張現実。ちなみにVRが仮想現実。」

「えーっと、」

 倖が何やら現実的な方向で誤解してくれているようなので、それでどうにか押し通したいが言っていることがさっぱり意味がわからない。

「違うのか?」

「く、詳しいことは、わたし、からっきしで……、あは、えーあーるって何でしたっけ?」

「……ARってのは、んー、ポケルンGOわかるか?簡単に言うと、あれだ。」

「……はぁ。」

「VRてのは、よくテレビでやってんだろ。ゴーグルみたいのかけたらヴァーチャルで、まだ建ててもいない家の設計した内装が見れまっせー、てな感じのCM。」

「あぁ!それならわかります。……そうそう、それです!それなんですよ!私の眼鏡ちょっと特殊で……。」

 あはは、と笑って誤魔化したが、一転、倖は半眼になってこちらに近づいてくる。

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