りんはゆっくりと、それの後ろを歩いた。

 近づきすぎないように。

 追い越してしまわないように。


 眼鏡、してるのにな。


 ぼんやりと、そう思った。

 慶くんに作ってもらった、この眼鏡をしているのに。

 玄関を出てすぐに、赤黒く蠢く物に気づいた。驚いて、本当に視えているのか確かめたくて、これのすぐそばまで近づいたのだ。眼鏡を外したりつけたりしてみたが、変わらなかった。

 いつもみたいに眼鏡のきれた端にとかではない。眼鏡を通して、視えている。


 慶くんの、眼鏡屋さんに行かなきゃ。

 なるたけ早く、できれば、今すぐにでも。


 ずり、ぬちゃ


 ず、ず、ず


 べちゃ


 目の前のそれが徐に右手を自身の腹につき入れると、何かの臓器を一つ引きずり出し、地面に落とした。

 少し黒みがかった赤を纏ったその臓器は、形から何となく、肝臓かな、と当たりをつける。

 そう、これの意味の分からないところは、ただ匍匐前進するのではなく、何がしかの臓器を置いていくのだ。自分で引きずり出すのだから、落としていくではなく、置いていくが正しい、と思っている。

 毎回全部の臓器を落としていくわけではないとは思う。1個の時もあれば、数個ほど置いていくときもある。

 肝臓のある場所で佇んでいるりんの先では、あれが更にいくつかの臓器を置いていた。

 そうして正門近くまですすんだそれは、殊更ゆっくりと進み出す。なぜか正門から外に出ると臓器を置いていかなくなるのだ。

 置くのは、学校の運動場内だけ。

 りんの知る限りは。

 目の前には置き土産の肝臓?がテラテラとぬめるように光っていた。

 学校を休んでいる篠田さんも今田さんも、この置き土産につまずいて転んだのだ。篠田さんは胃が痛いといって通院中らしいし、りんと倖の後ろで転んだ女子生徒である今田さんは、肺の調子がおかしく精密検査を受けているそうだ。

 そう思い巡らしたながら、りんはその臓器の横を通りすぎようと一歩踏み出しかけ、躊躇うように、またピタリと止まった。


 このままここに置いておいたら、また、誰か転ぶだろうか?


 逡巡したのち、りんはゆっくりとしゃがみ込んだ。

 じっくり観察すると、やはりそれは肝臓だった。よくある理科室の人体模型の、あの直角三角形にも似たその独特な形。

 模型と違うのはそれがぬたぬたと赤黒く光って見えるところで、実際にそこにあるわけではないとわかってはいるが、肝臓の独特のザラリとした表面の感じや、粘度のある血液がその表面から流れ落ち土にじっとりと染み込むその様は、現実にあるものと何ら見分けがつかず、りんを慄かせた。


 大丈夫。

 大丈夫。

 これは、ここに本当にあるものではない。

 だから、大丈夫だ、きっと。


 ぎゅっと目を瞑り、りんは大きく深呼吸する。その瞬間錆びた鉄のような、肉が腐ったような独特の腐臭が鼻をついた気がした。

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