地面に落書きでもしてんのか?

 それか、なんか落としたか。

 ……けれど、落としたにしては動きがおかしい。遠目ではあるが、しゃがんで拾って塀に置く、という動作を繰り返しているように見えた。

 りんが気になって無言でじっと見ていると、倖のすぐ横に柴田が顔をだした。

 同じように金網に額をくっつけて、倖が見ているものを追おうとする。

「あれって、りんちゃん?……何してるんだろ。」

「さあ。」

 2人して口を閉じると、しばらく沈黙が続いた。

 りんは人に見られているとも知らず、門に近づいてからもふらふらとしてはしゃがみこんでいる。よくよく見てみると両手でそっと何かを持ち上げ、生け垣の上に置いているようにもみえた。けれど屋上からでは、両手で持たなければならないようなものが運動場に落ちていたかどうかさえわからない。

 倖と柴田は揃って眉をひそめた。

 こういう不思議な動きをする女子には、今まで出会ったことがなかったので反応に困る。やっと門前まで到達したりんは、ようやく普通に真っ直ぐ、道路を歩いて帰り始めた。

「うーん、りんちゃん、わけわかんないね。」

「……。」

 返事をするのもバカらしくて黙っていると、おもむろにこちらに顔を向けた柴田が、割と真面目にこう言った。

「あのさ、りんちゃんさ、確かにかわいくないけどさ。眼鏡とったらちょっとはましなんじゃないの?」

「お前も意味わからんことを。」

 柴田はりんが帰って行ったほうに視線を向けると重ねて言った。

「だって、もう可能性としてはそれくらいしかないんじゃないかな?」

 眼鏡とったら美少女系ってやつ、とつけたす。

「美少女系、ねぇ……。」

 やる気なさそうに倖が呟いた。

「ダメ元でとってみれば?眼鏡。簡単じゃん。」

「簡単か?眼鏡外してみ、って言って拒否られたらどうすんだよ。」

「拒否らないよ、そんなこと。だいたい倖に、眼鏡外してみて、って強請られたら大概の女は即外すと思うけど。」

 大概の女というカテゴリに入るのか?あれが。

 と思ったのが露骨に顔に出ていたのか、ムッとした表情で柴田が畳みかけてくる。

「どうせ打つ手ないんだし、やってみたら?嫌がられてもいいじゃん。無理やりとっちゃえば。」

「……無理やり取って彼女だった場合、そこで嫌われて俺終わりじゃない?」

「面倒くさいなぁもう!無理やれヤレっつってるわけでもないのに。」

「……だなぁ。可能性はかぎりなくゼロに近くても、他にできることもないしなぁ。」

 そうそう、と柴田が頷く。

 正直、少し疲れてきてもいる。

 手詰まりになったってことは、やはり彼女とは縁がなかったということなのだろう。このまま諦めるか、また偶然の再会に期待するか。

 それとも。

 一縷の望みを託して、りんの素顔を拝見してみるか。


 おさげが消えた正門に目をむけながら、倖は延々と1人考え込んでいた。


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