りんがそう、1人でぼやいていたとき。

 その眼鏡のきれた視界の端っこ。

 赤い何かが蠢くのを、りんはとらえた。

 いまだに視線は見上げた先の倖にあるというのに、それは視野の隅の隅でその存在を主張するかのように目立っている。

 りんは慌てて前を向く。

 香取先生のその向こう、正門付近の地面にそれはいたはずだが、今はもう何も見えない。

 りんは先ほどとは違う意味で暴れだす心臓を宥めるために、胸においた手に力を込めた。

 香取先生はみなの前に立つとじっと最後尾のりんを見つめてくる。体育着を輪ゴムでしばっていることを指摘されるのかとヒヤヒヤしながらじっとしていると、そのうち日直が号令をかけはじめたので皆にならって礼をする。

 香取先生はりんから視線を外し連絡事項などを話しはじめている。

 どうやら山場は乗り越えたらしい。

 りんはようやくほっと息をついた。

「あの、倖くん。」

「ん?」

 倖はちらりと視線だけ寄越して応える。

「体育着、ありがとうございました。」

 小さな声でお礼をする。

「ん。」

 前方では噂の香取先生が何やらぼそぼそと話している。

 途端に、えーっと湧き上がる非難の声。

 倖はにやりと笑ってりんを見た。

「よかったな。今日、マラソンだってよ。」

 制服で走ってたら大変なことになってたな。と倖は嬉しそうにイシシと笑う。

 マラソンのコースが正門付近を通りませんように、と祈りながら、りんは倖に頷いて返す。

 太陽の光で金色の髪が更に輝いてみえた。

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