美味しい数字
星るるめ
第1話
数字を食べる、なんていうかなりマニアックな人達がいるのを知っているだろうか。実は僕も最近知ったのだけど。というのも親しい友人のAが突然打ち明けてきたのだ。夏もそろそろ本番という感じの7月下旬のある日だった。
深妙な面持ちで「話したいことがある」なんて言うから何かと思えば「実は俺数字を食べるタイプの人間なんだ。」って。
そんなこと言われたって信じられるわけがない。また変な冗談でも言ってるんだなと僕は思った。Aには過去に何度かドッキリを仕掛けられたことがあったから「何なに?また動画でも撮ってんだろ?」って返した。
するとAは俯きながら「ごめん…わかってる。急にこんな話信じられないよな。でも本当なんだよ。」と小さく震えた声で言った。
動画のためにこんな演技までできるようになったのかと内心驚きつつ、ノリが悪いのも微妙だし僕はしばらく話に乗ってやることにした。
「いや、別に信じないとは言ってないよ?でもちょっと整理させて。そもそも数字を食べるって何?数字って1とか2とかそういう?」
「そう、そういう数字。」
「それを食べる?どうやって?」
「俺は生で食べる派。」
「いやごめんそうじゃなくて。あっあれか?紙に書いてある数字とかを切り取って食べてしまうってこと?」
「あぁそっかごめん。普通は飛んでる数字は見えないんだよな。そのことすっかり忘れてた。」
「えっ飛んでんの?数字が?どこに?」
「どこにでも飛んでるよ。ほらこの部屋にも2匹。そことそこに。」
Aがそう言いながら僕のすぐ右側の空間とキッチンのあたりをはっきりと指差したので、そのあたりを見回すが当然何もいない。なんだか急にいろいろ怖くなってくる。
「待って待ってここにもいんの!?僕には全然見えないんだけど。そもそも"2匹"って何?そんな生き物みたいに言うの変だよ。」
「変じゃない。数字は生きてるよ。普通の人には全く見えないものだから大丈夫。俺だって2年前から急に見えるようになっただけだし。」
「こわっ。急に霊感宿ったみたいな感じで言うなよ。ちょっと鳥肌立ったわ。乗ってやろうと思ったけどこれあんま面白くないからやっぱやめで。どうせまたドッキリなんだろ?」
「はっ?なんだよ違うよ!お前信じてくれたんじゃなかったのか…。まぁそうだよな。やっぱ無理か。」
「信じるもなにもわけがわかんないだろ。数字が生きてるとかさ。それ本気で言ってたらやばいやつだよ。」
「やばいやつ、だよな。やっぱ気持ち悪いよな。ごめん。お前だったら話しても大丈夫かなって思ったんだけど。ごめんな。忘れてくれていい…から…。うぅぅ。」
Aは喋りながらだんだんと涙目になり、とうとう本気で泣きだしてしまった。この辺りで僕は、あっこれガチのやつかもしれないってようやく少しだけ思い始めた。
「まてまてごめん言い過ぎた!やばいやつではないよ。その言い方は友達としてないよな。うん。それは本当にごめん。」
「いや…俺がおかしいから。お前は…悪くない…から。」
「とりあえず落ち着こう。落ち着いたらもっかいちゃんと話聞くからさ。僕ちょっとそこの自販機でジュース買ってくるから。」
「あぁやっぱりお前に話してよかったよ。ありがとうぅっ。」
家を出て近くの自販機に向かいながら僕はどうしたもんかとぐるぐる考えた。あの感じはガチだ。Aは嘘泣きができるほど器用なやつじゃない。涙ぐむくらいはなんとかできたとしてもあの泣き方は演技じゃ絶対無理だろう。
嘘じゃないということは何か脳の病気?ストレスか何かで精神的に参っているとか?うーん、わからない。とにかく早めに病院に行くことを勧めようか。でもそんなこと言ってそれが刺激になってもよくないし。
…まさか本当に本当だったりもあり得る?真偽のほどはわからないけれど世の中には幽霊や妖精が見えるって言う人もいるし。だったら生きてる数字が見えてもおかしくはないのか?
考えれば考えるほどわからなくなって、僕はもういろいろ考えることを諦めた。Aとは朝から一緒だったけど、数字の話をする前まではいつも通りでいたって普通だったし、仮に本当に数字が見えていようがそれを食べようが、それは僕にとって別に何の問題でもないじゃないか。
もしこの他にもおかしな言動が増えたらすぐに病院に行かせるとして、とりあえず今日は彼の話を聞いてみよう。うん。それしかない。
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