異世界がマジで幸せすぎる件

@サブまる

第1話 趣味バラす、そして転生

 耐忍野たえしぶの大好だいき。普通のサラリーマンであり、年頃の二人の娘の父だ。


 突然だが、俺には家族にすら隠していることがあった。

 でもさっきバラした。

 嫁と出会って十数年。ずっと隠してきたことを、だ。


 若干反抗期になってきた高一と中二の娘は、


「キショクわる……二度と帰ってくんな」

「死ねばいいのに……」


 と、心底軽蔑した目で言った。

 本当にいい娘に育ってくれたと思う。これまでの苦労が報われた気がした。


 そして、嫁。


「…………………」


 無言で離婚届を差し出してきた。

 元々、嫁は俺の男気溢れるところを好きになり、結婚したところがあるのでこうなることは予想できていた。


「おふ……」


 恍惚の表情を浮かべながら静かに着席し、凍った空気の中、カツカツと音を立てて離婚届にサインした。


 何をバラしたのかって? お察しの通り、かっこよく、頑張り屋で優しいパパとしての俺が、実は生粋のドMであり、毎日仕事の残業とか、休日出勤とか偽って超上級者向けのSMクラブに通っていたってことをだ。



 それから家を出て、長年こっそりと通い詰めていたSMクラブへ向かった。


「また来たのか豚野郎」


 受付嬢から徹底しているこの店が大好きだ。


「おふ……SM、Mコース、レベルぶたで!」


 レベルブタ。この店最上位の高レベルプレイだ。

 拷問、調教、尋問、あらゆる要素が高レベルでまとまったこのロイヤルコースこそ、我が人生の生きがいである。


「おい豚野郎!! てめえ! 私に指図すんのか!?」

「す、すいません!」

「豚がしゃべるわけねえだろうが! おら!」


 注文が完了した瞬間からプレイは始まる。ムチでしばかれながら個室へ入った。


「てめえなぁ、ふざけてんじゃねえぞ。何度も何度も来やがって」

「ブヒィ……」


 このコースは、言葉責めから始まり、緊縛、水責め、放置……だんだんとボルテージが上がってくると、最後にオプションとして、とっておきがあるのだ。


 それが、蹴り上げ。


 ほとんどの店で禁止されている金的への攻撃。この店は高いお金を払う代わりに、それをやってくれるのだ。


 今日はそのオプションをつけてもらった。なんつったって特別な日だからな。


「ブヒイいいいい!!!」


 いつものように蹴り上げられた瞬間、頭も視界も真っ白に。


 あぁ、今日は人生で最高の日だった。家族には縁を切られ、そしてそのままその流れで大好きなSM世界にどぷり浸かる。こんな幸せなことがあってもいいのだろうか……




 さて、そんなことを思いながら、目の前に立っている女性を眺める。


 躍動感あふれる金髪に、バサバサまつげの碧眼。

 纏っているのはスケスケの羽衣のようなもので、肌の9割ほど曝け出されているだろうか。

 身長はうちの下の娘と同じくらいだ。

 神々しい光が全身を包んでおり、特に局部は不自然な光で遮られている。


「気がついたか、お主は残念ながら不慮の事故で死んでしまった。」


 不思議な声だ。優しく耳を包み込むような、少し幼い声……


 ……え? 不慮の事故? 死んだ?


「ブヒ?」

「おい、それやめろ。ここはお主が通っておった、ではないぞ」


 あ、この上から目線な感じ……たまらん。


「っ〜〜〜〜っておい!! そういうオプションでもないんだからなっ!!」


 息を荒げて目の前の女の子を眺めていたら、なぜかご褒美をもらってしまった。


「きもちわるいからその表現やめろや!!」

「ブ、ブヒィ」

「あぁもう……調子狂うな……」


 呆れられてる……!! てか、この人いま、俺の感情読まなかったか?


 俺はまだブヒとしか言ってないからな。ていうか、なんだこの空間? 今気づいたが、俺がさっきまでいた店じゃねえぞ!?


「ようやく気付いたか、やっと本題に入れる……。自己紹介をしておこう。私は見習い女神のソフィア・マゾトリアだ。」


 略してS・M……。


「し、失礼なこと考えてんじゃねえぞ! ブタ野郎!!」

「ブヒィ……」

「あぁもう!! なんだよお前! やりにくいんだよ!! さっさと説明終わらせるからな!! お前は死んだんだよ! あの店でな! お前があんまりにも動き回るからわるい位置にあたったらしい。そんで破裂して即死!」

「即死……?」


 ……なんて貧弱なんだ俺の体は……。


「まぁ、お店で高い金払ってつけたオプションで、キンタマを潰されてショック死だからな。Mとは言え身に堪えるだろ」


 頑張って一瞬でも耐ていれば、人生最初で最後の、最高の快楽を得られたというのに……


「……死んだ事実を認識して、考える最初のことがそれかよ!! お前本当きもちわるいな……それで、普通の人間はそのまま輪廻の輪に乗って、初期化された後、また世界で生を受けるんだが、お前の能力を見込んだ私は、お前を別の世界に送ろうと思ってここに連れてきた。」

「いわゆる異世界転生というやつか?」

「なんだお前、普通に喋れるんじゃん。そうそう、知ってるなら話は早いね。その世界は善と悪のバランスが崩れて、今にも世界そのものが崩壊しようとしているんだ」

「なるほど、それを救えと」

「そう。これまで数人送り込んだが、どれもダメだった。だが、お前には才能がある。私の目に狂いはなかったみたいだし、お前ならこの『スキル』を使いこなせるはずだ」


 異世界転生……確かに名前は知っていた。しかし、死ねば今まで積み重ねてきたドM業が無駄になるからと、憧れはなかった……


「ちなみに拒否権は?」


 すると、女神らしきものは慌てだした。


「断る気か?! で、できれば行ってほしいが……」


 なるほど……


「なら断る。失格だ。」

「はぁ!? ……はっ。こいつ極度のドMだったな。拒否権なんてあるわけないだろ! さっさといけや豚野郎!!」

「ブヒイいい!!!!」


 再び眩い光に包まれ、俺は深い眠りへと落ちた。

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