奉公

連喜

第1話 子守奉公とは・・・

 昭和初期にはまだ子守奉公に出る子供たちが多くいた。これは、農村でも都会でも変わらなかった。昔の子供は、幼い頃から農作業や家事、家業を手伝い、お姉さんは下の子供たちの世話をした。特に赤ちゃんは手がかかったと思う。女の子は子守をしていると学校に通えず、女子の就学率が低い。だから、国が子守学校という子供を連れて行ける学校が全国に作られたそうだ。


 俺の両親の実家はどちらも裕福だったが、母方の家系の女の子のうち1人、奉公に出された子がいたそうだ。女の子が三人いて、一人は町で一番の金持ちに嫁がされ、一人は子守奉公、末の子だけが手元で育てられたそうだ。末っ子が俺のお祖母ちゃんだ。


 奉公に出てた子は小学校三年くらいだったと聞く。なぜ、そうなってしまったのかはわからない。曾祖父は町一番の金持ちの家に娘を嫁がせて、そこからの援助を期待したようだが、それでも足りなかったんだろうか。大叔母が奉公に出る代わりに金銭の授受があったろうと思う・・・。奉公先では酷い虐待があり、学校に通わせてもらえなかったそうだ。だから、その後もずっと読み書きができなかった。もし、俺がその子だったら、親を一生恨んだと思うが、実際そうだったらしい・・・。昔の親は今の親とは違う。兄弟が多くて、長男が第一。それ以外はどうでもいい、と思っている親もいただろう。


 昔のNHKドラマの『おしん』は明治時代の話らしいが、俺が聞いたのは昭和初期の話だ。田舎はかなり悲惨だった。大事な長男を残すために、下の子は奉公にという発想だったのかもしれない・・・。


 でも、俺の大叔母は、戦後に公務員の男性と結婚して、姉妹の中では一番安定した生活を送れるようになったそうだから安心して欲しい・・・。


 これから話すのは、母がその大叔母から聞いた話だ。


 

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