第249話 魔法の言葉
View of ラットオルク=セゲーラン 魔王国レシュトオルグ子爵 元使節団書記官
災厄が出現した。
その場に自身がいることに何とも言えない感情が去来するが、魔王陛下やエルモーフィン侯爵閣下から直接頼まれてしまっては断ることなぞ出来ない。
命じられたのではなく頼まれたというのがまた……。
先日の使節団書記官としての働きを評価してもらい、無事に文官へと転属できたこともあり、希望を聞いて下さったお二人には感謝しかないという理由もある。
しかし、エインヘリアに慣れている私が、彼らを初めて見る貴族たちを抑えて欲しいと言われてしまったのは……正直手に余る。
私は男爵……いや、今回の件で陞爵したので子爵か……どちらにせよ、今回同行する貴族の方々は全員が私よりも爵位が上。
抑えつけるというのは無理があるだろう。
そしてもう一つ大事なことが……エインヘリアに慣れている訳がないということだ。
あんな訳のわからない国、数日の滞在で全てを理解するなんてこと出来る筈がない。
まぁ、初見の者より慣れていると言われればそれまでだが。
しかし……。
「セゲーラン子爵!空を飛んだぞ!」
「えぇ、空を飛ぶ船……飛行船です」
「セゲーラン子爵!おお、落ちたらどうする!」
「落ちないように気を付けていれば大丈夫です」
「そうではない!船が落ちたらという話だ!」
「エインヘリアだから大丈夫です。あと、あまり他国の技術を疑う様な事を大声で口にすることはお控えください」
「食事が美味し過ぎる!どうなっているんだ!」
「エインヘリアですから……」
「もう現地到着しただと……早すぎる!」
「エインヘリアですから……」
「あ、あれが災厄……何という禍々しい姿だ。本当にあんなもの倒せるのか……?」
「エインヘリアですから……」
「あんな少人数で……軍を呼ぶべきでは?」
「エインヘリアですから……」
「爆発したぞ!本当に大丈夫なのか!?」
「エインヘリアですから……」
「ひ、ヒト型になったぞ!しかも盾を……」
「エインヘリアですから……」
「いや、今のは災厄の話だぞ?」
そんなやりとりを、王都を発ってから幾度となく繰り返してきたのだが……それでも再び目の当たりにするエインヘリアの武力は、なんかもう泣いて謝りたくなるような……そんな光景を容易く生み出してくれる。
非現実を現実に、不可能を当たり前に。
そんな理不尽。
それがエインヘリアという国だろう。
だから……遠目だからこそなんとか見ることが出来た無数の枝による乱打を、盾と身一つで華麗に捌き、逆に枝を全て消し飛ばすという謎の盾術も。
ぱっと見では数えられない数の光弾を立て続けに放ち、盾を構えた災厄をその盾ごと消し飛ばす魔法も。
放たれた矢が無数の光にわかれ敵を穿ち、大地をえぐる弓術も。
そういうものだと納得するしかない。
しかし、災厄が出現して……本当にあっという間に討伐が完了してしまった。
あとは、飛行船でエインヘリア王たちを迎えに行くだけ。
そう思いながら甲板に並びエインヘリアと災厄の戦闘を見ていた面々の様子を見る。
私よりも高位につく貴族たちが……目を丸くしている。
まぁ、その気持ちは物凄く分かる。
私もエインヘリアの模擬戦を見た時は……混乱に次ぐ混乱に翻弄されたし。
なんというか、彼らに伝えられる言葉あるとすれば一つだけだろう。
エインヘリアだから……。
View of フェルズ 予想以上に災厄が弱くて肩透かしな覇王
シュヴァルツの作ったクレーターだらけの大地を見ながら、俺は首をかしげていた。
「フェルズ様。どうかされましたか?」
そんな俺の様子に気付いたリーンフェリアが小首を傾げながら尋ねてくる。
先程まで大盾をぶん回して災厄を弾き飛ばしていた人物とは思えないくらい可愛らしい仕草だ。
「いや、相手の攻撃力や大規模な爆発、再生能力に分裂……確かに強力な魔物だとは思ったが、統一国家である魔王国レシュトオルグが百年以上に渡って討伐出来ない程のものだったかと言われると……正直首を傾げざるを得ないものではなかったか?」
「確かにフェルズ様のおっしゃることは理解出来ます。戦闘の技術も全て借り物、攻撃力はともかく耐久力は大したことありませんでした」
「何より速さが足りないな」
「そうかしらぁ?英雄基準で考えればぁ、かなり速い方じゃないかしらぁ?」
俺の問いに、リーンフェリア、シュヴァルツ、カミラが答えてくれる。
リーンフェリアは攻撃力を評価、シュヴァルツは足りないと言ってるけど、カミラは早さも十分だったと評価。
でもねぇ……そこそこ強い程度の魔物が、災厄なんて呼ばれて百年も国を脅かす存在でいられるとは思えない。
この世界には英雄……こっちでは超越者と呼ばれるような存在が居るのだ。
あの程度の魔物であれば、それを討伐できるくらいの超越者が居てもおかしくはないし、そもそも複数の超越者が協力して戦えば、楽勝とは言わないまでも討伐は可能だった筈だ。
「超越者複数でかかれば倒せると思うのだがな」
「そうねぇ。確かに苦戦はするでしょうけどぉ、討伐が不可能だとは思えないわねぇ」
俺の言葉にカミラが頷くが、続けて口を開いたリーンフェリアは少し意見が異なるようだ。
「災厄が二体いるからではないでしょうか?超越者を複数人抱えているとはいっても、恐らくその数は十名前後。飛びぬけた力を持つリカルドやリズバーンのような存在が簡単に出てくるとは思えませんし、数年から十数年に一人か二人しか新たに登用できないとあっては、一つの時代で片方の災厄を討伐できるかどうかといったところでしょう」
リーンフェリアは少し考えるようなそぶりを見せつつそう口にした。
「情報を得られない相手に、貴重な超越者を全投入するはずもないか」
超越者は大事な戦力だし、災厄が二匹いる状態で片方に全戦力を投入して返り討ちにでも遭えば、とんでもない事態になってしまう。
戦力の小出しは良くないって聞くけど、最大戦力全投入で伸るか反るかってのは流石になぁ……。
国に仕える超越者は大事な戦力というか抑止力。
国に対し反意を持つ超越者が突然現れないとも限らないし、全投入はあり得ない。
本来であれば情報収集を最優先にして動くべきなんだろうけど、災厄の攻撃範囲はかなり広いし、情報収集も容易ではなさそうだ。
うちの双眼鏡とかあれば問題ないだろうけど、肉眼じゃ限界があるだろうしね。
それに見ただけでその脅威度を測るってのは中々厳しいと思う。
実際戦わなければ得られない情報は多い……しかし災厄と戦えるのは超越者だけ。
貴重な超越者を捨て駒に……いや、過去に超越者が災厄の討伐に向かっている筈だし、そこで情報を得られていれば……って今それを言っても詮無き事か。
それにそもそも……『夢見の識者』がいなければ災厄がいつどこに出現するのかわからないのだから、討伐計画なんてそう簡単に立てられるものではない。
……災厄の強さは確かに超越者単体でどうこう出来るものではなく、敵の数は二体。
いつ現れるかも分からず、現れたとしてもいつ消えるかわからない……そして何より保持している戦力は限られている。
そうだな、確かに災厄の討伐は難しいか。
そう納得した俺は話題を変える。
「リーンフェリア。先程カミラに頼まれていた回収は問題なく出来たのか?」
「それが……革袋と箱に回収したのですが、革袋の方に回収した方はすぐに消えてなくなってしまいました」
「ふむ。箱の方は……開けねばわからんか」
「そっちは開けないでねぇ。仮に回収出来て無くても問題ないわぁ」
申し訳なさそうな顔をしているリーンフェリアに、カミラが笑いながら言う。
その様子から、回収できない可能性を考えていたことがわかる。
フィオやカミラたちの中である程度災厄について推測していたのだろう……確信ではないから伝えなかったって感じかな?
まぁ何にしても……俺がそんなことを考えていると、シュヴァルツが弓を手に半身でポーズをとりながら口を開いた。
「流石は主だ。懸念通り……まだ終わっていないようだぞ?」
シュヴァルツの言葉に、俺たちはすぐに警戒態勢をとる。
しかし、災厄の姿は何処にも見えない……。
「災厄の咆哮……あるいは鳴動を感じる。これは……」
「下よ!」
カミラの声に続き、俺たちの足元が爆ぜた!
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