第235話 エインヘリアの去った後で



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






「一ヵ月しかないのだぞ!?」


「待て!そもそも一ヵ月と言うのは向こうの言だぞ!?今この時に攻め込まれていないと何故言える!」


「既に西方に馬鹿共を捕えるために兵を派遣した!もし向こうで何かあれば、すぐに連絡が入るはずだ!」


「あの空飛ぶ船を見ただろう!?奴らの移動速度は我々とは比べ物にならん!仮に戦端が開かれていた場合、西方では既に相当な被害が出ていると見るべきだ!」


 エインヘリアの者達が去った会議場では、重臣たちが意見を戦わせている。


 正に喧々諤々といった様相だが……殆ど意味のない言い合いになっているな。


 しかし、それは無理からぬことだろう……それくらい、この場に来たエインヘリア……いや、エインヘリア王のインパクトは強烈だった。


 それに、想像以上にこちらの事を把握している。


 しかも帝国の現状だけではなく、私の悩み、懸念……そういった、ラヴェルナくらいにしか話した事の無いような事まで見透かしていた。


 信じがたい……確かにエインヘリアは一気に領土を拡大した。その拡大速度は御爺様や父の次代の帝国の比ではない。しかし、その統治は父の時代の帝国とは違い、非常に穏やかで上手くいっているように見える。


 少なくとも資源調査部が手に入れる事の出来た情報や、リズバーンの報告ではエインヘリアの統治は問題ないようだし……何より転移や飛行船という技術があれば、現時点での私の悩みは解決できていると見て間違いない。


 エインヘリアという国が歴史上存在したという記録はない。エインヘリア王が私と同じ状況を経験した筈がないのだ。


 それにもかかわらず、的確に帝国の問題点と私の心境を見抜いて見せた……恐るべき見識と言える。


 正直、それを言い当てられた事……そして私が懸念している帝国の未来、それを会議場で言葉として言われたのが痛い。


 無論重臣たちの中にも、私と同じ懸念を持っていた者もいるだろう。


 しかし、そうでない者も少なからず存在するし、なにより敵国にそれを指摘されてしまうという事態……一手や二手どころではないくらい先に行かれている。


 それをまざまざと見せつけられた……それにあのエインヘリア王の雰囲気も相まって、今の混沌とした状態という訳だ。


「皆落ち着け!憶測で話しても一向に話は進まん!まずは分かっている事から状況を整理し、それから方針を決めるのだ!」


「ボーエン候のおっしゃる通り、冷静になりましょう。確かに、かの王の姿や話は衝撃的ではありましたが、隙もありました」


 ウィッカとキルロイが重臣たちを落ち着かせるように言葉を発する。


 各々が言いたい事を口にして、不安を吐き出すタイミングを計っていたのだろう……。


「ふむ……隙というと、王自ら前に出ようとする気質の事だな?」


「えぇ。恐らく自己顕示欲が強いタイプなのでしょう。本来、エインヘリア王がわざわざこの場に来る必要はありませんからね。自分という存在を印象付ける……確かにそれが出来るだけの実力の伴った人物のように見えましたが、アレは明らかな隙です」


 あの自信満々な立ち居振る舞い、確かにキルロイの言う通り、そういった目的があって帝城にまで乗り込んできたのは明白だ。


 真っ直ぐとこちらを見据えながら、私に興味があるなどと言いだした時は少し焦ったけど……あれは絶対自意識過剰……ナルシストの類だろう。


 いや、確かに自惚れてもおかしくないくらい顔立ちは整っていたし、こうやって半刻程度の時間で帝国上層部を混乱に叩き込むくらいの才覚はあるようだけど……エインヘリア王を思い出すと妙にむかむかするわね。


「最後に戦場でと口にしていたし……あの様子では間違いなく戦場に出て来るだろうな。リズバーン殿、エインヘリア王や護衛の者達がただならぬ実力を持っている事は察することが出来ましたが、アレがどの程度のものか分かりますかな?」


「流石に戦う姿は見ておりませぬ故、明確にこの程度というのは難しいですが……」


 既にウィッカは相手の実力についてはある程度ディアルド爺から聞いているけど、敢えてここでそれを晒す……皆が戦意を失うことになる可能性もあるが……。


「少なくとも『至天』……つまり英雄級の強さを持っていると見て間違いないでしょう。上位者に食い込んでもおかしくない気配を漂わせていましたが……こればかりは実際手を合わせてみない事には断言出来ませんな」


「中々厳しい相手だ……」


 ディアルド爺の分析に会議場の中に小さくないざわめきが起こる。


 『至天』とは帝国の武の象徴……幾人もの英雄候補の中から鍛え上げ、規格外の名に相応しいだけの化け物たちの総称だ。


 その中でも更に優秀な上位者……彼らに匹敵する人材が敵側に数人確認されたというのは、頭の痛いどころの話ではない。


「そうなると、こちらも『至天』を出す他ないな。リズバーン殿、誰を出す?」


「出し惜しみはするべきではないでしょうな。少なくとも上位者は全員、それ以外の者も参加させられるものは全て投入するべきかと」


「お、お待ちください!リズバーン様!各地方の守りに置いている者達を動かすのはあまりに危険かと!」


「然り!それに奴等はあの空飛ぶ船を保持している!『至天』を西側におびき寄せ、その隙に一気に帝都を強襲する策やもしれませぬぞ!」


 ディアルド爺の言葉に、再び会議場が喧騒に包まれる。


 確かに、地方の守りに配置している『至天』を動かすのは問題があるかも知れないが、帝都強襲に関しては……恐らく、無いと思う。


 勘の様な物ではあるけど、あれだけ傲慢な態度を見せたエインヘリア王が、敵の主力を遠ざけてからの帝都奇襲という策を取ると思えない。


 いや、戦争であればそれも当然の策だと思うのだが……なんとなく、こちらが真っ向勝負を望んだら乗って来るタイプに思えたのだ。


 ここまで状況を操り、自分の思い通り帝国を振り回した相手に対しての評価としては間違っているかもしれないけど……実際に会って言葉を聞いた感じでは……。


 そんな風に考えてしまう事自体、相手の術中にはまっているのかもしれない。


 私は正面に座っていたエインヘリア王を思い出す……うん、あのにやけ面……アレは絶対性格悪いわ。どこぞのジジイと同じ……人の上げ足を取って喜ぶタイプのクソ野郎だわ。


 そんなことを考え内心イライラしていると、ディアルド爺が口を開いた。


「確かにそのような奇襲、かの国の技術ならば容易いでしょうな。『至天』と正面からぶつかるよりも遥かに現実的な手と言えましょう。ですが、儂にはあの王が自らの言を曲げて、守りの薄くなった帝都に奇襲をかける様な人物とは思えませんのう」


 ……ディアルド爺の言葉に、何故かむっとしてしまう。


 いや、絶対あれは性格悪いわよ?


「確かに、私もそのように感じたが……その考え方は危険ではないか?」


 ウィッカがディアルド爺に言うのを聞き、私は内心で頷く。


 うんうん、アレはかなり危険よ。油断するべきじゃないわ。


「ふむ……しかし、『至天』を中途半端に導入して数を削られるのは、最も愚策ではありませんかな?今ならば、相手の技術力を超え、こちらの武力で上回る事が出来るでしょうが……『至天』が……特に上位者が削られた場合、その穴は確実に帝国の牙城を突き破るものとなりましょうぞ」


「「……」」


 確かにディアルド爺の言葉はもっともだ。


 相手が戦場に複数の英雄を送り込んできた場合……そしてそれがこちらの投入した数を上回っていた場合、我々は致命的なダメージを受けることになりかねない。


「帝都の守備に『至天』を残す。それも確かに必要な事でしょうが……機を失いかねない。儂はそう考えます」


「……確かに、どっちつかずはあり得ないな。それに敵が英雄を前面に出してきた場合、こちらが『至天』を派遣していなければ一方的に蹂躙されるだけとなろう。それは絶対に避けねばならん」


「……いっそのこと西方を捨てるというのはどうでしょうか?」


 ディアルド爺とウィッカの会話に、一人の貴族がぽつりと呟くように言葉を挟む。


「貴様何を言う!」


 ウィッカが怒声を上げるが、それ以上の大声でその貴族は主張を続けた。


「非道な事を言っているのは理解しています!ですが、お考え下さい!相手の言を信じたとして、一ヵ月しかないのですぞ!?軍備を整え西方に派遣するだけでも、決して十分な時間とは言えません!ならば、万全の準備を整えるまで西方には独自にエインヘリアと相対してもらうべきかと!」


「元はと言えば、西方の馬鹿どもが引き起こした事態だ。奴等は帝国の為に身を切る必要がある……悪くないのではないか?」


 その言に賛同するように幾人かの貴族が声を上げるが、別の場所からそれを否定する声も上がる。


「待て!確かに西方の一部の派閥が暴走した結果今回の事態を招いたが、それはあくまで一部の派閥であって、西方全体が責任を負う物ではない!」


「そうだ!それに何より民には罪が無いのだぞ!?常備軍の無い西方貴族達は徴兵を行うはずだ!このままでは西方の民に甚大な被害が出かねん!」


 再び混沌としてきた会議場を見ながら、私は皆の意見を反芻する。


 『至天』という戦力を集中させ、初撃にて相手に決定的なダメージを与えようとするディアルド爺の意見。


 戦力の一極集中は、裏をかかれた時に致命的になりかねないと主張するウィッカの意見。


 西方を見捨て、その間に準備を整えるという意見。


 民を見捨てることなぞ出来ないという意見……。


 どれもがそれぞれの正しさを有し、間違っていると断じることは出来ない。


 せめて情報力で相手を上回っていれば、良策を選ぶことも出来たのだろうが……無い物ねだりをしても仕方がない。


 既に持っている手札で戦わなければ……手をこまねいている間に、我々では想像すらできない様な速さで敵は動いているのだから。


「……民を見捨てる。その道は私の進む道ではない。しかし、一ヵ月と言う短い時間で万全が整えられないのも事実。幸い、我々は攻める側ではなく攻められる側……急ぎ戦場に向かえる常備軍を派遣し、同時に後詰の準備を急ぐしかあるまい。そして『至天』に関してだが……ディアルドの言を採用する。帝都の守りは必要ない。各地方の守りを残し、それ以外は全員西方に派遣せよ」


「畏まりました、陛下」


 私が方針を決定すると、会議場にいた全員が神妙な面持ちで頭を下げる。


「エインヘリア王が何を狙っているかは分からぬが、もし我等の主力を引きはがし、帝都を奇襲してくるような小者であれば、その時は『至天』を含めた全軍でエインヘリアに攻め上がれ。帝都は落ちるだろうが、気にするな……スラージアン帝国の威容をしっかりとエインヘリアに刻み付けてやれ」


「「はっ!」」


 私の言葉に応じた重臣たちの顔に、先程まであった不安や迷いはない。


 ……最悪、帝都が落とされ私が死んだとしても……ジジイがどうにかするだろう。どこにいるか知らないけど、一ヵ月もあれば多分耳に入るだろうしね。


「良し、方針は決まったな。ではこれから戦略、戦術へと話を進めようと思うが……その前に一度、全員頭の中を整理する時間を設ける。一刻後、いつもの大会議室の方に集まれ。それとディアルド」


「はっ!」


「警戒待機させている『至天』を解散。それから帝都にいる上位者全員を会議室に連れてこい」


「畏まりました」


「それでは一時解散とするが……諸君、久しぶりの戦争だ」


 私は大雑把な指示を出した後、全員の顔を見渡しながら各々を鼓舞するように言葉を続ける。


「ここまで我等スラージアン帝国を舐めた相手は過去にいない。あの傲慢なエインヘリア王の鼻っ柱をへし折って泣きっ面に変えてやれ。私が再びあの者と顔を合わせる時……悔し気に歪んだ奴の顔を見せてくれ」


「「はっ!」」


 ……自分で言っておいてなんだけど、本心からそう思う。


 エインヘリア王の悔しがる様……物凄く見たい。


 私は胸の内に浮かんだ願望に、ゾクリとしたものを覚えつつ会議場を後にした。


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