第342話 生きることとは

2024.11.14

今日は、超絶仕事に行きたくないマンだった。

でも、かろうじて起きて行った。


わたし、エライ。

誰か褒めて褒めて褒めて褒めて


帰りがけ、ふと思ったことがある。


「生かされるも罰」


なのではないかと。


私は死ねないで、うだうだ生きている。


「死」とは、神様が「ハイ受け入れオッケー」となって初めて生じるものであって、本来で言えば神からのお迎え≒褒美に値するのではないかと思っている。


死ぬために、善を積んでいる。

徳と言えるほどのものじゃない。

徳より軽く、善。


こうなると、死ねないでいる私は、生かされている。

生かされていることも、これもまた罪と罰だ。


人は、生にしがみつく。

死刑があるように、死は罰の象徴だ。


死にたくない。


そう思っている。


だから医療がある。


しかしながら、私は死に対して肯定的だ。


死は神からの褒美。

生とは受けている罰。


生きることには否定的。

だって、疲れちゃうから。


私は今、罰を受けている。





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