5分で楽しむ物語
雪菜冷
1. 空の神隠し
ジージージー。茹だるような暑さの中、アスファルトがゆらゆらと揺れている。じっと見つめていると、こちらの頭がグラグラと揺れている様だ。健太はうんざりとした顔でアイスを舐めながら帰路についていた。買い食いがよろしくない事は知っている。だが暑さで倒れる方が一大事ではないか。そう言い聞かせてつい数分前にコンビニに足を向けた次第だ。ランドセルを背負った背中から滝のように汗が滴っていく。
(何でまだ七月なんだよ。さっさと夏休み入れよ)
苛立ちを込めて小石を蹴飛ばすと、真っ直ぐは跳ねずに脇へ逸れた。それがさらに健太を不機嫌にさせる。
もう一度やり直そうと体をかがめて石に手を伸ばすと、ふと道路側面に祠がある事に気付いた。あちこちに苔が生えて、周囲の草花とほぼ一体化している。これでは今まで気付かなかったのも無理はない。
(何だろ。神様でも祀ってるのかな。こんな辺鄙なとこに……すっげえ汚いし。なんか、かわいそうだな)
何気なく、拾った小石をお供物の様に祠の前へ置いた。
すると、ぴちゃり、と頭に冷たい感触を得た。
(……雨?)
見上げればそこには澄み渡る青空と真っ白な雲。それしかない。確かに、それしかないと言えよう。雲が動いている、という珍事以外は。いや、雲は動くものだ。それは分かっている。そうではなくて、明らかに風に逆らっておかしな動きをしているのだ。
健太はあんぐりと口を開けた。
鯨の形を成した巨大な雲が、これまたイカの形を成したそこそこ大きな雲を追いかけているではないか。二つの雲は意思を得たようにぐるぐると頭上を巡り、海を漂うように尾や足をはためかしている。
つう、と溶けたアイスが指を伝っていったが、健太は尚も惚けた顔で空を眺めるしか出来なかった。
突如、鯨が一際大きく尾を揺らし、一気にイカとの距離を詰めた。悠然とその巨大な口を広げ、吸い込むようにイカを口内に閉じ込める。イカは激しく抵抗して足をばたつかせたが、やがて動きを止めたかと思うと、パンっと大きな音を立ててその身を弾けさせた。
一瞬白い雲の破片が宙に散開したのが見えたが、それはすぐに大粒の雨となって襲いかかってきた。咄嗟に顔を下に向けて目を瞑ると、バチバチバチ、とおよそ水のものとは思えないような鋭い音が鳴り響く。
ものの数秒で辺りは静まり返り、恐る恐る目を開けて周囲を確認すると、既に雨は止み空は『普通』を取り戻していた。何処にもあの生き物達は見受けられない。
さらにおかしな事に、濡れているのは健太一人であった。あれだけ激しく水に叩きつけられたはずの木々や草花は、素知らぬ顔でそよそよと風に揺られている。
通りすがる人達が、じろじろとずぶ濡れの少年と無惨に散ったアイスを見つめていく。健太はその場に縫い付けられたようにしばらく動く事が出来なかった。
彼のすぐ傍では、まるで磨かれたように綺麗な祠が、仄かに淡い光を醸し出していた。
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