第20話

 ここの使用人は一斉に変わっていますので、お母様の顔を直接知っている者はいません。

 だから私が少し前の時代の服と髪型で何事も無かった様に歩いて行くと、結構それは「前妻の幽霊」と頭の中で変換してしまうのです。

 顔がかつて共に働いていた、知っているはずの私である、ということはさして問題ではありません。

 ぱっとすれ違った時に人が認識するのは髪型、色と服でしょう。

 お母様と同じ濃い色の髪、古めの髪型、そしてどう見ても古い型のドレスを着た婦人がごくごく当たり前の様に廊下を歩いて行く。

 それは気付けば結構ぞっとするものでしょう。

 そして使用人の間で「見た?」「……見た……」という噂に変化します。

 やがて皆そわそわし始めます。

 この間だいたい一週間。

 全くしない日もあります。

 その時にはアダムズの親戚の子供として庭園の世話を手伝います。

 実際そう動いていれば、案外そういうものだと思われるものです。

 アダムズも「少し腰が痛いんで、時々甥に来てもらってます」と言ってあるそうで。

 久しぶりにアダムズの育てた綺麗な花を堪能したり、一緒にごはんを食べたりできるのは楽しいですし。


「わしも幽霊を見たって言いましょうかねえ、お嬢様」

「アダムズは言わない方がいいと思うわ」

「そういうものですかね」

「ただ、聞かれたら『もしかしたら前の奥様ですかねえ』くらいかしら。そして前の奥様、お母様のことを思いっきり誉めてくれれば充分よ」

「奥様のことだったら幾らでも! 書類整理に疲れるとよく庭園にいらして、花の香りにぼんやりとしてました」

「そう…… そう言えば、お母様の好きだった花って何? 今の時期だと」

「そらまあ、薔薇が好きでしたが」

「薔薇だとだいたい誰でも好きでしょう? お母様が特に好きで、あまり他の人では構わない様なものだと」

「ふむ」


 アダムズは少し考えるとこう言いました。


「青のデルフィニウムが好きでしたねえ。長細い奴ですよ」


 花が縦に連なって長細く見える、と彼は説明してくれました。


「それもいいわね。少しちょうだいな」

「勿論ですて」


 くっくっく、とアダムズも笑いました。



 さてその翌日、何故かロゼマリアの部屋にデルフィニウムの青い花がぽろん、とテーブルの上に一本だけ置いてあることが時々ある様になりました。

 ええ、無論私が落としているのですが。

 そしてどうもロゼマリア自身、窓越しに私がお母様のドレスで歩いているのを見た様なのです。

 なかなかこれは嬉しい誤算でした。

 そして顔に相変わらず包帯を巻き、ひっかくことが無い様に、手にも布が巻かれている父の元へと花を持って駆け込みました。


「貴方! あの女が……!」 

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