第19話
さて、案の定ロゼマリアは、あっという間に置いてあった本を読んだようです。
ただでさえ夫が顔のことであんなことになっている状態です。
気がくさくさしている時には、せめて心を空想の世界に飛ばしてしまいたいというのはよくあることではないでしょうか。
そして私が選んだその本は、まあともかく文章がさくさく読めるものでした。
それはそうです。
「あれ?」
と私がその本を買ってきた時、スペンサーが作者名を見てびっくりしました。
「何ってこったい、あの作家、こんなものまで書いてたのかい……」
どうやら、スペンサーが好きなミステリ作家の方も、こういうものをも書かなければ食べていけないのでしょう。
ですがスペンサーが大好きな作者さんはやはり実に「読ませる」方の様です。
ロゼマリアは明け方近くまでついついずっと本を読み続けてしまいました。
私はいったん仮眠を取るために小部屋に引っ込みましたが、明け方に再びロゼマリアの部屋の上から見た時、まるで夜中と同じ格好でしたから。
「まあ奥様!」
メイドがびっくりしていました。
自分が洗面の準備をしようとしたら、奥様がまだ起きていたのですから。
私は確認すると、アダムズのところで来る時に差し入れした材料で朝食を一緒に摂ると、また服の部屋に行きました。
そしてお母様のドレスの中で、まだロゼマリアがお母様と顔を合わせたことがあった時代のものを探し出します。
少し古め、つまりは直す前の普段着です。
彼女はこの家に、愛人として連れられてきたことがありました。
記憶がまだ曖昧な程小さな頃、階段の上から見たことがあります。
派手な格好の女が、お母様に向かってきゃいきゃいと何やら喋りまくっていました。
怖くて泣きだしたら、煩いねえ! と一喝してきました。
それに対し、お母様は細い手でぴしゃり、とロゼマリアの頬を叩いていました。
そしてまた向こうもその手をぴしゃりと。
その時のお母様のドレス、を選ぶのはさすがに無理です。
そこまで覚えていません。
ですが、その頃の形ならわかります。
ですから如何にもお母様があの女の前で着ていそうな服をまとうことにしましょう。
そして髪。
お母様と私の髪の色は多少違います。
私の方がやや明るいです。
ですからそこはウィッグを用意しました。
鏡の前で、その当時の髪型を作ります。
そしてそっ、と人の居ない廊下を音を立てないようにして歩きます。
人に会ったら、見ない振りをしてすれ違い、曲がり角の一番近い隠し扉から小部屋に入ります。
これを何度か繰り返します。
堂々と誰も見ない様な程真っ直ぐに歩いていると、案外誰も誰何したりしないのです。
そしてすれ違ってから「え?」と思い返し、確かめようとします。
ですがその時には私は居ない、という寸法です。
これをこの日、四度行いました。
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