第16話
さて私はそれで一旦街に戻ることにしました。
男の子の格好のまま、お母様の服を二着ほど包みにして携えて。
ただ、お母様の服を眺めていた時、ふと思うことがありました。
そしてふと、お母様が結婚した辺りの頃の服を取り出して着てみました。
鏡に映る私の姿は、顔の作りそのものはともかく、シルエットはお母様に似ているのではないでしょうか。
と、なると。
ちょっと考えつくことがあります。
ですが、とりあえずは少し時間を置こうと思いました。
ですのでまずは一旦街に帰り、服のリフォームをしようと思います。
*
「ただいま帰りました」
フレライ会計事務所に着くと、私は帽子をぱっと取りました。
さすがにそのままだと本当に少年そのものに見えてしまいそうだからです。
「やあ、その格好もよく似合ってるね」
「とっても動きやすいんですよ。いっそこのままで居てもいい程!」
「それは勘弁してください……」
スペンサーは涙目になっています。
「冗談よ。ちょっと悪戯をしてきたわ。それが果たしてどう出るか、なんだけど……」
小部屋の方に、服の包みを置くと私は着替えて髪も巻き直しました。
「はい、お茶菓子です」
ついでに、向こうから持ち出してきたショートブレッド缶も一つ差し出しました。
「おや、缶入りだね」
「これ実は8年前のなんです」
えっ、とスペンサーもギルバート様も退きます。
「それでもきっちり密封されてますから、中身は大丈夫なんですよ。実際昨晩も今朝も食べてきたし」
「それはそれは…… しかし硬いですね、開けるのに」
「そう、そのくらい硬くなくっちゃ密閉の意味が無いでしょ? 実際に開ける時には」
私はポケットから釘を取り出し、ハンマーを借りると、たん! と音を立てて缶に刺しました。
するとすーっと空気が抜け、蓋は簡単に開きます。
「という訳でどうぞ。お茶を淹れますね」
「8年前のショートブレッド……」
「で、でも保存食品ですからな……」
おずおずと彼等は手を出します。
しかし元が良い品です。
そして中の空気の密閉度の高さも素晴らしいものです。
お母様はその辺りをきちんと見極めていたということです。その菓子のメーカーにしても。
「海軍とかでも確かにビスケットは保存菓子として聞くものなあ……」
一度食べると、この歯応えは癖になるようで、ギルバート様は結局がしがしと食べています。
「しかしこれは私も知りませんでしたなあ。お嬢様、一体これはどうやって運び込んだのですか?」
「あ、これは厨房に頼んだのを、辞めるメイドに近くまで運んでもらってたの」
「あー」
「部屋は近くまでね。場所は教えなかったわ」
なるほどなるほど、とスペンサーはうなづきました。
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