第12話

「君は不思議だね」


 馬車の中で、ギルバート様は不思議そうに私に言います。


「何がですか?」

「さっきまでの格好も凄く綺麗だったけど、今の格好もそれはそれでずいぶん似合ってる」

「動きやすいですし。私はこっちの方が好きですわ」


 そう、今の格好は最初にアダムズの家の裏にある扉から出た時の格好。

 靴も歩きやすいものです。

 そして、アダムズのところまで行けば、今度は少年の服装が置いてあります。


「……ここですわ」


 辺りをうかがい、誰も居ないことを確かめると、私は馬車を降り、隠し扉を開けました。

 ではまた、と合図を送ると、私は扉を閉め、アダムズの家へと向かいます。


「アダムズ、アダムズ!」

「お嬢様!」


 こそっとした声でお互いに再会を喜びます。

 脱出した日から、手紙一つ送れない状況に、きっと彼はやきもきしていたのでしょう。


「色んなことが上手く行きだしたわ」

「それは良かった! こちらも、庭園には今虫の季節だ、ということを大声でがなり立てておきましたからね、そうそう人がやってくることはありませんわ」

「とりあえず、今から天井裏に行くから、着替えさせてね」


 そして少年の格好に着替えました。

 この格好をする時には、この自分の体型に感謝します。

 帽子に髪を入れ、シャツにゆるいズボンを履き、裸足にどた靴。

 だけど、この館の中を散歩するには、とても便利なのです。

 月の光だけが明るい中、私はささっ、と隠し扉からいつもの小部屋へと入って行きます。

 アリシアの様子と、それに対する父の反応、それを確かめて次の手を打とうと思います。

 私は埃よけの布を口元に巻き、手袋をはめると、書き物の小部屋から梯子を使って天井裏へと入って行きました。

 この家の天井裏は、他の家のそれよりやや高めになっています。

 そして天井板自体も厚めのものが使われているということです。

 更に興味深いのは、その床板のあちこちに、開閉できる小窓がついているということです。

 一体この館を建てた方は何を考えているのか判りませんが、ともかくこのおかげで、私はアリシアの帰還を迎えたこの一家の様子をまざまざと見聞きすることができます。

 ばたばたと淑女らしくない足音を立て、アリシアが帰ってきた様です。


「お父様、お母様!」


 きゃんきゃんと声が響きます。


「どうだったね? 今晩の夜会は」

「貴女の新しいドレスに皆釘付けだったでしょう?」

「こんなの駄目よ!」


 そう言うと、アリシアは襟元にこれでもかと貼り付けた造花を引きちぎりました。


「もっと…… もっと最先端のモードを、どうして作ることができないの!」

「一体どうしたというの」


 次々に花をちぎろうとする娘をなだめようと、ロゼマリアが引き寄せました。


「見たことの無い令嬢が、マズルカやギャロップの時にもの凄く皆の目を引いたのよ! ぱっと見全然豪華でも何でもないドレスなのに…… 踊ると途端に花が開いた様で……」


 悔しい! とアリシアは花で鼻をかみながら叫びました。

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