第4話

 家を出た私は、そのままささっ、と窓の下伝いで庭園へと行き、庭師のアダムズの家へと入りました。


「お嬢様!」

「追い出されたわ、とうとう」

「とうとうですか。それでは、皆にGOサインを出しましょう」


 アダムズは親指を立て、にやりと笑いました。

 彼だけは庭師という、つかず離れずの立場を生かしてこの家に残ってもらってました。

 父は庭師「ごとき」には興味が無かったのです。

 実際は、花が好きな私とお母様にとって、この腕のいいアダムズはとても頼りになる者だったのですが。

 そして私はまずそこで下働きの少年の格好着替えました。

 髪は帽子に押し込み、前髪を下ろしてそばかすを描けば、まあそうそう私だとは気付かれません。

 アダムズが親戚の子を手伝いに寄越した、ということにしました。

 とりあえずこの格好だったら、庭園を横切って家に入ることが可能でしょう。

 そう、この家にはあちこち隠し扉があるのです。

 その場所と開け方を知っているのは今は私だけです。

 私は隠し扉から、小さな明かり取りのある部屋へと移動しました。

 そこにはまだお母様が亡くなる前からこっそり移動させていた筆記用具やレターペーパーといったものが机や椅子と共に置かれています。

 ただ、本当に小さいので、多くのものは置けません。

 その代わりと言っては何ですが、その部屋と似た大きさのものはこの館には幾つもあります。

 そしてやや高めに作ってある天井裏を通って、それぞれの部屋に移動することができます。

 ここには書き物道具を。

 他の部屋には暖かい柔らかい寝具だったり、お母様からあらかじめ受け継いでいるお金もある程度あります。

 それを持って家を出て自活する、ということもできました。

 お母様は、本当に私では無理な事態だったらアダムズの手を借りてそうするように、とも言っていました。

 使用人の働きをしつつ、それもいいかな、とは思っていました。

 ですが、やはり嫌です。

 この家があのひと達にドカドカと踏み荒らされるのは。

 やっぱりここは、取り戻す、一択です。


「まずスペンサーとナタリーに手紙を出さなくちゃね」


 二人は今、近場で働いています。

 スペンサーは会計事務所で。ナタリーは救貧院で。

 ちなみにその会計事務所には、時々下請けに出されるこの男爵家の会計事務も回ってくるそうです。

 お母様がやっていたものを遊び回っていた父ができる訳がありません。

 絶対ある程度は下請けに出すと思っていました。

 できないことは誰かに回す、程度には頭の回るひとですからね。

 でもそのおかげで、現在の家の状況はスペンサーに筒抜けです。

 一方ナタリーは時間も何ですが、下手にメイド職をやっていると、メイド間ネットワークに引っかかって、この家に所在がばれるからだと言っていました。

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