空まで届け!
県 裕樹
序 章 やくそく
§1
まだ夏の日差しが厳しい、9月1日の午前中。体育館の窓越しに覗いている木立を見上げながら、少年は欠伸を噛み殺した。壇上には、先刻からダラダラと無駄に長いスピーチを続ける、校長先生の姿があった。
(あー……長い! どうしてこう、長々と喋ってられるのかねぇ。オトナって奴は)
二学期の初日、いわゆる始業式が執り行われている最中だった。つい昨日までは、少々ダラダラと過ごしていても許されるという夢のような毎日だっただけに、よけい辛く感じられるのだろう。彼にとってこの時間は、まさに地獄と形容しても差し支えないものであるに違いない。
(……ダメだ、眠い。残った宿題片付けるのに、11時過ぎまで掛かっちゃったからなぁ)
夏休み明けのお約束、という奴であろう。計画的に毎日少しずつ宿題を済ませていく事が出来ずに、休みの終盤になってから慌てる……お定まりのパターンである。尤も、彼の場合は一応、期日までに完了させられただけ、まだマシな方なのだが。
しかし、未だ幼い小学3年生に、深夜11時にまで及ぶ夜更かしは無理があったのだろう。彼は懸命に睡魔と戦っていたが、次第に瞼が重くなり、意識が遠のいていく。それでもなお抗おうとするものの、両の耳から入ってくる非常に単調なスピーチが戦意を喪失させていく。そして、遂に彼が誘惑に負け、眠りの世界へと飛び込もうとしたその時……
「では、二学期も勉強に運動に励んで、元気に過ごしてください。終わり」
「ふ、ふぁい! ありがとうございました!」
校長が結びの一言を述べた際、それだけが耳に付いてしまったのだろう。彼は無意識のうちに、それに対して『返事』をしてしまっていた。しかも、とびっきりの大声で。
「……あ」
「コホン……大変元気で結構。けど、キチンと目を覚ましてから学校に来るようにね」
思わず苦笑いを浮かべてしまった校長が、マイク越しに少年に対して注意を与えた。が、それが却って可笑しかったのだろう。その場にいた児童は勿論、教師たちまでもが笑い出してしまった。然しもの腕白少年もこれは恥ずかしかったようで、ポリポリと後ろ頭を掻きながら、校長に対して小さくお辞儀をしていた。
「……バカ」
真後ろにいたクラスメイトが、少年の背を小突きながら呆れ顔を向けた。少年はそれにムッとしながらも、文句を言う訳に行かず、ただ膨れ面を作るだけだった。やがて笑いも収まり、始業式はその後もつつがなく執り行われたが、少年の目には自分をジロリと睨んでいる担任教師の顔が、非常に恐ろしく見えていた。
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