『声優・兄らぶ!』

夕日ゆうや

第1話 これなーんだ? 疑問編

 マイク前に用意された資料を読む。

「この食べ合わせってコーナーは今回限りですか?」

「みたいだね」

 声優の音子ねねが頷いて見せる。

「作家の苦渋の策らしいですよ」

 マネージャーが苦笑を浮かべて水を運び入れる。

「でも、まさかこの仕事を愛理あいりとするなんてね」

「音子先輩。よろしくお願いします」

「そう固くならないで。私もできた人間ではないし」

 嬉しそうに笑いを浮かべる音子。

「知ってますよ。お茶会事件とか」

「忘れてよ! まったくこれだから新人ちゃんは」

 苦笑を浮かべて応じる音子。

 否定もしないことからお茶会事件は本当らしい。

「そろそろ本番いきます」

 ディレクターの合図で、わたしは音子と見合わせ、こくりと静かに頷く。

「こんにちは。音子です!」

「こんにちは。愛理です!」

「さあ。今夜も始まりました。音子と愛理の美味しい話!」

「今回も美味しいものや珍味などに挑戦します。皆さんの美味しいお話、頂きますね!」

 始まったラジオ収録。

「まずは宍戸ししどあきらさん」

 あ。わたしの恋人からだ。

 どうせ読まれないからと言い、送ると言っていた明くん。いきなり読むとは思わなかった。

「兄ラブ! お疲れ様でした。現地行かせてもらいました! ありがとうね!」

 音子がすんなりと読む辺り、まだわたしたちの関係は隠せているみたい。良かった。

 だれにも言えない恋をしているのだから当たり前か。わたしと付き合っているってバレたらスキャンダルものだもの。

 苦笑を漏らし、続きに目を進める。

「音子さんの歌声震えました。まるで玲奈れなが息づいているかのような感覚。ハッとさせれました。これぞまさに声優って」

 むぅ。わたしのことは書いていないの?

 まったくあのハゲチャビンは、それでも続きに目を通す。

 嫉妬で燃え上がるわたしを無視して進行していくラジオ。

 ちなみに玲奈とは音子が演じたキャラの名前である。アイドルグループの一人という設定で、優しいお姉さんキャラなのだ。

 そしてお姉さんぽくないわたしはさらに嫉妬するのだった。

「最後に愛理さんも素敵な歌声で、まるで私の前に天使が舞い降りたかのようでした。素敵なご尊顔、ありがとうございました!」

 え。そんな言葉、一度も言ってくれなかったのに。

 イベントが終わってすぐに会いに行ったのに、ぶっきらぼうに「良かった」としか言わなかった明くん。

 そっか。そんな風に思われていたんだ。嬉しい!

 わたしはぽっぽっと熱くなる頬をあおぐ。

「あら。満更でもない様子ね。褒められると嬉しいものね」

「まあ、わたしだって日々努力していますから!」

 ビシッと指を突き立てて宣言する。

「これからもみんなを虜してやるんだから!」

「いいよ。その精神好きだわー!」

 音子が嬉しそうに言葉をつなぐ。

《はい。いったん休憩》

 スタッフの声が入ると、わたしと音子はため息を漏らし、水を飲む。

 その姿が鏡みたいになっていて苦笑する。

「タイミングばっちりだね」

「これが本番でもいかせるといいんですけどね」

「あははは。言えてる!」

 音子は腹を抱えて笑い転げる。

 スマホが振動し、わたしはメッセを見る。

 明くんからだ。

『今日は何時頃になりそう?』

『あと一時間もあれば終わるよ。どうしたの?』

『会いたくなっちゃった』

 ふふとその言葉に笑みを漏らすわたし。

 こういった素直なところが可愛いのだ。

 そしてわたしも素直に返す。可愛いと分かっているから。

『わたしも会いたいな』

『じゃあ、家で待っているね』

 彼の家は少し離れたところにある。まだ一応一人暮らしだけど、彼の家に行くことが多くなっている。最近では同棲もありかな? と思っている。

 それだけ長い間連れ添ったのだ。もう六年になるかな。中学校のときからだから。

 わたしが東京の声優学校に行きたいと、言った時も両親を説得してくれたし、いざとなったら彼がわたしを養う――そこまで本気で言ってくれた彼。

 わたしはその言葉に何度も励まされた。

「でも、この明って、少し気持ち悪いよね」

「え」

 雷が落ちたかのような衝撃が伝わる。

「だって細かすぎじゃない? もっと大雑把に褒めてほしいわ」

「そう? わたしとしては素敵な文章だと思うけど?」

「ふーん」

 しまった。口答えが過ぎたのかもしれない。

「まあ、いいわ。そこまでリスナーが大事ってことね。いい根性しているわ」

 クスクスと笑いを浮かべる音子。

《続き、いきます》

 スタッフの声を頼りにわたしたちは気合いを入れ直す。

「改めて涼城すずしろ音子です」

「同じく加藤かとう愛理です!」

「なんか気合い入っているね!」

「はい! 音子さんに追い付くためにも!」

「いやいや、私にだってまだまだ学ぶことが多いんだよ?」

「それでも、です」

 どこか、気まずい空気が流れてしまった。

 気合いの入れすぎだ。

「ま、肩の力を抜いて、楽しもうよ」

「はい。実を言うとわたしアニメの看板背負ってラジオするの初めてなんです」

「お。そうなんだ。初体験頂きました!」

 音子が含み笑いを浮かべ、タジタジになるわたし。

「ありゃ、下ネタは得意じゃないか。初心だね~」

「はい。勉強させていただきます」

「なんだか、後輩育成ゲームでも始めたみたいだ」

 音子さんは生粋のゲーマー、オタクである。一方でわたしはそこまで浸かってはいない。アニメは好きだけど、それだけ。

 だから薄っぺらい。

「さてさて、そろそろ珍味の登場です」

「ここで問題! これは何を食べているでしょうかゲーム!」

 わたしは台本通りに読む。

「って。何を食べさせられるんですか?」

 私は不安になり、怯える。

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと食べられるものを用意してあるから、ね? 作家さん」

 はい、と応じる作家さん。

「まずは目隠しして、でてきた食べ物を当てるというゲームです。ちなみに必ず二つの食品を食べて頂きます。そしてどっちも当てたら正解」

「って。二つ一緒に食べるのですか?」

 作家さんがコクコクと静かに頷く。

「分かりました」

「マジかー。おいしくないものじゃないの?」

 今から不安をぼやく音子。

「じゃあ、さっそく始めようか」

 スタッフがわたしと、音子に目隠しをする。

「わー。なんにも見えない」

「で、これで食べるってこと?」

 音子の質問に「はい」と答える作家さん。

「いいよ、覚悟決まった」

「では、いきます」

 スタッフが声を上げると、小皿に乗せられたそれを口に運ぶ。

 わたしは口に広がる甘さとウリ科特有の臭み、そして触感。

「これ、メロンみたいですが、二つなんですよね?」

 わたしは考察を始める。

 甘い物とウリ科。

「もしかしてハチミツとキュウリかな?」

 音子が声を上げると、わたしもなるほどと頷く。

「そっか。このねっとりとした甘さはハチミツか」

 ピンポーンのSEがなり、ホッと安堵する。

「昔はやったやつだね。二つの食品を合わせて別の食べ物を連想させるの」

「でも目隠ししているから、わかりにくいです」

「そりゃそうでしょ。目の前で見せられたら、すぐばれるって」

「じゃあ、次いきます」

「まだあった!」「みたいね」

 今度は甘い弾力性のある味と、しょっぱくて液体なものが入ってくる。

「うげ。マズい」「いや、これはテンプレかな?」

 音子が苦笑をもらす。

「これってあれでしょ? ウニ味にしたいんでしょ?」

 作家の顔が青くなる。

「醤油とプリンだね」

「わー。音子さんすごいです」

「今度は牛乳とたくあんでコンポタ―ジュとかいわないよね?」

 冷や汗をかいた作家が「言っちゃダメ」と焦った声を上げる。

「マジか。なら次いこ」

「これが最後です」

 そういって口に運ばれる食品。

 食べてみるとチョコのような苦味のある甘さに、とろとろと溶けていくミント。不思議なくらいにマズい。気持ち悪い食感を残しつつ、口の中を支配していく。

「これなに!?」

「わたしたち何を食べさせられたんですか!?」

「それを当てるゲームです」

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