女王
@Aithra
『曰く──』
その笑顔は目の焼かれるほどだった。
ただでさえ、常軌を逸したまばゆさなのに。
その者たちは、ことごとく肝を冷やした。
一様にまったく未知と言える、横殴りの末恐ろしさであった。
まるで眼前の存在が、人のように映らない。
四方彫刻か抽象画のように見える……。
口に出して形容できまいが、とにかく、もっと偉大ななにかをかたどったのだ。
それを神と言うのなら、かれらは手放しに首肯してみせるだろう。
理学や常識など問題ではない。
赤子が泣くのに科学的見地をもとめる親はいない。
豪奢なその装い、みごとな真珠と宝石の数々がささいな添え物にすぎない。
裾から翻るにつけ高い音がなる。
それすら、彼女の語らぬ雄弁さにはとうてい及ぶべくもない。
「それで──どなたが私を攫っていってくださるのかしら?」
彼女の名を知る者はいない。
住所はいつも不詳。
煙のごとく立ち現れ、すっかり魅入られたときにはもう掻き消えている。
探すのに執心するほど見つかることはなく、諦めた頃に玄関を開けると、彼女は微笑んで佇んでいた。
彼女に狂わしめられ、躁と鬱のはざまをもうずっと彷徨い、ついにくたばった者が過去にいかほどあったであろう。
憤りのままに問い詰めると、彼女は決まってこう返した。
私を攫っていってくださるのなら、私のすみかへおいでなさいな。
訪ねた、否、集ったと言ったほうがただしい。
あたりを見渡せば、いつとなく目の血走った男たち、あるいは女たちが隣に並び立っている。
彼女は花笑んで、心底愉しそうに、順繰りに右手を差し出していった。
「貴方が、私を攫っていってくださるの?」
その男はかつて、名だたる資産家であった。
数代にわたってなお使い果たせぬほどの財を築き、なんら不自由はない。
もはや男に買えぬものなどなかった……彼女とでくわすまでは。
そのときの、身を焦がす衝撃は忘れもしない。
年の頃なら、いよいよ棺桶に片足を踏み入れるくらいであるのに、事ここに至って男は「初恋の味」を覚えたのだった。
男にとってそれは、じつに数十年ぶりの、手の届かない果実であった。
すでに背伸びをするには曲がりすぎ、飛んでみるには老いすぎた。
手が震え、幾度となく瞬きし、自分で自分を遠巻きにみている。
脳裏は白く塗りつぶされ、ついに彼女は、遠くさみしげな表情をたたえた。
男はもう死んでいた。
それからいかほど経ったのかは、誰一人承知していない。
ほんの五秒余だったと説明されれば、それは五時間の重みを伴っていた。
そして、彼女はふたたび嫣然と微笑んでみせた。
……その右隣に立つ、二番目の男に。
「どうして、殿方はいつも、こうなのかしら」
ほど経て、彼女の声音が森閑とした虚空に木霊した。
今にも先にも、彼女のうわさはない。
みな我先に捕まえようとして、そのまま帰ってこないからである。
しかし、彼女を知る者たちは、彼女をこう呼んだ。
いわく、運命──と。
せめて地獄から。
女王 @Aithra
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