幼馴染の加護〜脇役は最強の加護でした〜

ルテン

第0章 さようなら、幸村唯目

第1話 幸村家の掟

 俺の家には代々伝わる役目がある。

 それは、とある一家の護衛。


 幸村唯目。それが俺の名前だ。


 昔ある一家から門外不出の秘術を貰う代わりに、末代までの護衛をするという契約だったらしい。

 祖先の話であるため自分自身実感は湧かないが、秘術を教える親父の気迫と言ったら、その歴史を実感せざるを得ない。


 実に身勝手な契約だ。

 今の平和な日本に、この秘術が必要なものか。

 護衛?侍がいる訳でもあるまいし。


 しかし、祖先のお陰でウチは金持ちで生活にも困らないのも事実。

 なんとも複雑だ……。


 だがその代わり、その一家にもしものことがあれば……




 「そう言って、侍は自らの命を絶ったと言われています」


 国語の授業。

 古びた黒板でそう言って教科書を読み上げるのは、五十代の女性。

 この先生は基本、先生だけが内容を読み上げるスタイルのため、居眠りし放題だ。


 実際、俺の前の席の野球部も寝ている。

 無駄に身長が高くて前が見えないが、寝てるとなれば話も変わってくる。

 今のうちにノートを書かなくては。何かの間違いでコイツが起きると面倒だ。


 「ではここの問題を……凪宮さん、お願いします」

 「ふえっ!?」


 隣の席。無慈悲にも名指しされた彼女は、不幸な事に俺の護衛対象、凪宮萌音その人だ。

 萌音は視線で俺に助けを求めてくる。

 俺はすかさずハンドサイン。


 (問題、三番、答え、切腹)


 「……???」


 ダメだ、サインが伝わってねぇ!


 「凪宮さん?どうかしましたか?」


 まずい!別に萌音に恥かかせる事自体は護衛の範囲外だ。だが……


 「あ、えっとぉ〜」


 ここで見捨てるのも忍びない。


 俺は必死に思考を巡らせ、頭を抱える。

 視線だけを動かし打開策を講じていると、目の前の野球バカが目に入った。


 (コイツだぁ……!)


 ——ゾクッ!


 萌音は一瞬身を震わせ、視線を前へと戻す。


 いつもそのデカい図体で邪魔してくれてんだ。ちっとは役に立て!

 俺は物凄い速度で野球バカの椅子を蹴り上げた。


 ——ガタッ!!!


 椅子と野球馬鹿が少し浮き、乾いた音が教室に響き渡る。

 だが、俺の蹴り上げる音だけは無音だ。

 さすが秘術。これくらいはやってくれないと、祖先を呪っているところだ。


 「うおっ!?」

 「……なんですか犬塚君。あなた、夢の中で侍とでも戦って居たのですか?ではここ、犬塚君に答えてもらいましょう」


 野球バカの間抜けな反応に先生は真っ向からそう言った。

 先生は、萌音に座るよう促す。


 間一髪、萌音を助けると同時に野球バカにも一矢報いてやった。こりゃいいや。


 (め……唯目)


 「ん?」


 俺は右から名前を呼ばれ、そちらの方向へ視線を向ける。

 すると萌音がニッコリと笑いながら、一言。


 (ありがとう!)


 「ん」


 俺は手の腹を萌音に向け、気にするなと合図した。必死に答えようとする野球バカの背を、盾にしながら。


 昼休み、俺の机をドラムと間違えるかの様に連打しながら萌音が目の前まできた。


 「唯目唯目!お昼!ご飯!プリーズ!」

 「はいよ、今日は唐揚げだ。マヨネーズは別ね」

 「やったぁ!」


 萌音は弁当を受け取ると一目散に教室を出て、屋上へと向かう。

 だが一度教室の入り口で立ち止まり、振り返って俺に言った。


 「先に待ってるね!」


 俺は手を上げ、合図する。

 それを読み取ると、萌音は嬉しそうに教室を出て行った。

 俺は黒板を見る。


 「さーて」


 ノート、書かねぇと……。




 萌音には護衛のことは伝えていない。

 それもまた、一家の掟だった。


 護衛の期限は、護衛対象が結婚するまで続く。伴侶を持つことによって、その護衛の任は初めて解かれるのだ。

 伴侶の仕事まで奪うことはないからな。


 だから俺は、萌音の幸せをただ願ってるだけなのだ。

 成長を見守り、幸せに生きてほしい。

 これは掟ではなく、幼馴染として俺は純粋にそう願っていた。


 だが、不安もある。

 凪宮家の護衛、その契約の終了と共に我々一家は存在意義を無くす。


 そして、そうなったら俺は親父と同じ、一族の存在を失う。許嫁と結婚をし、子供を作り、技術を教え、また次の代へ。


 別にそんな輪廻の中に居たって苦しくはない。伝統ある家の掟だ、誇らしいとも思えるから……でも、


 俺は、自分のペンを見る。

 猫柄の、自分には似合わないようなかわいいデザイン。萌音から貰ったものだ。


 あの日、一家の存在意義しかなかった俺を認めてくれたはじめての友達。

 今でもあの瞬間が、頭にチラつく。


 俺は席を立ち、屋上へと向かった。


 結婚した後も、お前の友達でいられるのかな、萌音。




 「萌音さん、あなたの事が好きです。付き合ってください!」


 屋上へと着くと、聞こえてくる声に俺は気配を消した。

 入り口の陰に隠れ、ゆっくり覗くとそこには


 「犬塚君……」


 先程俺に蹴り飛ばされた野球馬鹿がいた。

 気合いの入った面持ち。その高い身長を精一杯伸ばし、顔を赤面させている。

 なんとも勇気のある行為だ。


 今だけは、コイツを男として見よう。頑張れ。


 「えへへ、嬉しいなぁ」


 萌音も頭を掻きながら照れている。

 足元には俺の作った弁当。本当に食べないで待っていたのか。


 実は彼も結構モテる。野球部では副キャプテンを務め、寝てる割には成績も優秀。

 俺とは違って、なんとも青春の香りがする。

 そんな彼の告白に萌音は


 「えへへへへへ、なんか照れるね!私もたまに試合観に行くんだけど、凄いカッコよかった!それに、部員にも気を遣って優しくて」


 萌音は、彼の良いところを正直に言い続ける。嬉しそうに。噛み締めるように。

 だが彼もその曖昧な回答に思い過ごしなどしない。


 「付き合って、くれますか?」


 正面からそう聞いた。

 萌音は、少し視線を落として微笑んでいる。その目は何処か苦しそうだが、すぐに正面を向き、言った。


 「……ごめん。今、自分をしっかり見つめ直したいの。だから、ごめんなさい」


 萌音はゆっくり頭を下げた。

 その言葉を受け彼は深呼吸する。そして、彼も嬉しそうな笑顔を作り言った。


 「いや、俺の告白を聞いてくれてありがとう」


 彼も頭を下げた。

 両者とも、そう言って告白の幕を閉じた。

 こんなに綺麗な振り方はそうないだろう。俺は何処か感動した。


 それから彼は教室へと戻っていきその姿が完全に見えなくなった頃、またもや萌音に近づく二人の人影があった。


 「ねぇあんた。どういうつもり?」


 その二人とは、同じクラスの女子二人だった。どうやらこの状況を心底気に入らないらしい。しかも二人組とは、恐れ入った。


 「どういうって……」

 「あんたのそういう立ち振る舞いが気に入らないのよ。男たぶらかして、その気にさせて」

 「なに、さっきの褒め言葉?ああいう振り方が一番可哀想なんですけどっ!」


 俺は陰から聞いてて、少しイラっとした。


 「それにあんた、幸村君とも仲良くしてるわよね?なに、彼にも告白させて振るつもり?いい気になってんじゃねぇよ!」


 その女子は萌音に怒鳴りつけた。

 萌音の性格上、そういうのに弱いことは昔からだ。

 流石にここまで来ると止めざるを得ない。話に俺が出てるあたり、止めるのは容易だろう。


 だが、今日の萌音はいつもと違った。


 「……違うもん」

 「ああ!?小さくて聞こえねぇよ!」

 「……違うもん!唯目は凄い人だ!私は尊敬してる!だから沢山話して、色々なことを知りたいの!」

 「それが色目を使ってるって言ってんだよ!」


 もう一人の女子が、萌音の弁当箱を蹴る。

 中身は散乱し、唐揚げも床に転がった。

 それでも萌音は逃げない。


 「色目じゃない!尊敬する人を知ろうとして、なにが悪いの!!!」

 「いちいち、噛みついてんじゃねぇよ!」


 ついに女子は腕を広げ、振りかぶった。

 萌音も覚悟を決めて、目を閉じる。


 だが、それは流石に俺が許さない。

 瞬時に割って入り、その腕を掴む。


 よくもまぁ、その細い腕を武器に使おうとする。だから女って怖いと思う。こんな秘術を持ってても尚。


 「……っ!幸村君……!」

 「話は大体聞いた。俺を思う気持ちも、萌音を悪く思うのも否定はしない。けどな……」


 それはその腕をしっかりと掴んだまま、女子二人を睨みつける。

 その気迫に女子達は後ずさりするが、俺は決してこの腕を離さない。


 「男が勇気を持って告白したんだ。アイツに……に恥をかかせるな!」


 そう怒鳴って腕を離した。

 授業の敵は昼の友。普段はああでも、その漢気には尊敬している。

 そして萌音も、そんな俺を尊敬してくれている。


 だから、この後ろ姿は決して情けないものにはできない。


 コイツの尊敬する男が、しっかり今日を生きてるってな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る