カイコ〜春夏秋冬〜

ayane

あの春 クラス替え

 桜が風で舞い上がっていた。私の気持ちも浮き立ち、新しい生活に一抹の不安と胸いっぱいに広がる興奮を感じていた。


 ただのクラス替え。だけど、誰と同じクラスで、誰が離れてしまうのか、学年の顔ぶれは6年間変わらないけれど何かが変わってしまうような気がした。昨日は眠れなかったくせに、今日はちょっとだけ早起きをして、ちょっとだけ窮屈になった靴を履く。柔らかな日差しの中、踏み出した一歩は柔らかな土に沈み、周りから見ても元気とは言えないだろう。友達と離れたらどうしようという昨日の夜に考えていたことは全て忘れ、今はただどう教室に入って、どう挨拶しようか悩んでいた。

 「おはよう」

 反対の校門から入って来たクラスメイトに挨拶をする。ドキドキしすぎて、肺の中の空気が一気に吐き出たかのように締め付けられた。今年も同じクラスだといいねなんて話しながら、昇降口に向かう。自分の下駄箱の名前を一番最初から探す。「トダ」なんて後ろから数えた方が早い気がするのに。よしっ友達も一緒のクラスだ。あの子も。この子も。友達になれそうだった子は離れてしまった。この子は話したこともないかも。嬉しい。悲しい。ちょっと怖い。そして、見つけたあいつの名前。口角が上がってしまうのを必死に抑えた。

 私は思い出して、持ってきた上靴に履き替えた。少しだけひんやりとした上靴は心地よかった。日差しの入らない階段は薄暗く、私の興奮を鎮めるようだった。いざ教室が見えてくると、無意識でため息をして、深呼吸をした。

 「おはよう」

 私の席の周りの子に挨拶をする。ちょっと声が小さくなったかも。そんな心配はどこかにいくかのようにみんなが喋り出す。今年も一緒だね、先生誰だろうね、あの男子も一緒だよ、違うよ、両思いの子も同じなの、宿題持ってきた、昨日何見た、面白かった、、、いつもと同じ会話に安堵する。会話している間にどんどん人が入ってきて、一人一人の顔を横目で確認する。一人だけちょっと長めに見て、そいつの席を確認した。

 時間になり、チャイムがなるとみんなは自分の席に戻り、少しだけ姿勢を正す。そして、ある先生が入り、朝の会が始まる。この教室に来た先生が担任の先生になるのかな。女の先生よりも男の先生がいいな。面白いし、怒らない。宿題もそんなに出さないし。なんて考えながら話を聞いていると、その先生は体育館への移動を促した。みんなは廊下に出て、背の順に一列に並ぶ。先生は、なんとなく背の高さを見て、ちょっとだけ直した。1、2、1、2、1、、、と言って、二列になって体育館に向かう。6年生を先に向かわせて、私たちは少しその場に留まった。私は隣と後ろの子と喋りながら、すぐに終わってほしいと喋り出す。そして、先生の声で列は進み出す。

 始業式は、ちょっとお尻が痛いかなくらいで終わった。教室に戻り、担任の先生が入ってくる。この先生、見たことある顔だなと思いながら、今日の日程を改めて聞いた。そして、教卓に持ち物を出すためみんながわちゃわちゃし始める。私は順番を終えて、自分の席に戻ろうとすると声がかかった。

「おはよう」

少しだけ反応が遅れたが、挨拶を返して自分の席に座った。そいつの方を見ないように窓の外を見た。外では風で桜が舞い上がっていた。この空間の中で、その桜に気がついている人は誰もいない。

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