第7話

 光の川の河原で一夜を過ごしたカーネリアとモリオン達は、朝起きると再び知識の塔を目指ざす旅に出た。光の川を目指したときと同じように、ブルージョンに乗ったカーネリアが空から家禽に乗って進むモリオン達を導き、空と地上とで知識の塔を目指す。今度は光の川の河原を知識の塔のある場所まで歩く旅だったので、カーネリアにとってもモリオンにとっても、樹海を歩くよりは楽な旅になっていた。何しろ樹木のない河原を歩くので、カーネリアはブルージョンの背中から絶えずモリオン達を見る事が出来たし、モリオン達にとって河原は樹海より歩き安い場所だった。

 途中、石ころがごろごろしている場所で難儀はしても、モリオン達の脚が遅くなる事はない。それに光の川に住む生き物達が時々姿を現し、モリオンを喜ばせていた。特にバイーシーがいきなり姿を現したのには、驚かされた。普通なら滅多に姿を見せないはずの生き物が、またカーネリアの前に現れたのだ。カーネリアは河原で立ち止まってバイーシーを見るモリオン達の横にブルージョンを着地させる。そしてモリオン一緒にバイーシーを見ながら、この奇妙な生き物が乳で子供を育てる獣であることを話した。

「これが本当に獣なの?」

モリオンは魚のような生き物が獣なのに、興味をそそられたらしい。更にカーネリアがベヌゥとバイーシーが、お互い意識を通じ合わせられる事を聞き、興味を募らせたようだ。カーネリアがバイーシーに夢中のモリオンに、バイーシーがブルージョンと意識を通じ合わせてイナへの道筋を伝え、それをブルージョンがカーネリアに伝えた事を話すと、ますます驚いていた。しかし鳥使いにとっても、バイーシーは謎の多い生き物だ。しかしカーネリア達鳥使いは、いずれバイーシーと直接意識を通わせる避が来ると、ひそかに考えていた。

「バイーシーは、謎の多い生き物なのよ」

カーネリアはモリオンに言ってバイーシーの話しを締めくくり、バイーシーが姿を消すとブルージョンと空へと飛び立ち、再び知識の塔へと進んでいく。


カーネリアとモリオンが知識の塔にたどり着いたのは、二人が光の川河原を、川の流れを遡るように歩き始めてから、二日後の事だった。知識の塔は光の川の中州と言っても、周囲を断崖に覆われた島といった方がいいような場所に、円筒形の建物が地面に突き刺さったような形で存在していた。奇妙な建物だが、そこには鳥使い達が受け継いだ、この世界にいる人間の祖先たちが残した遺物や記録が収められている。カーネリアは知識の塔が見えると中州の前の川岸にブルージョンを着地させ、地面に降りるとブルージョンを自由にし、モリオンと家禽達を中州まで案内した。河原から中州にいくには、河原から中州まで水中に置かれた飛び石を、一つ一つ伝っていかねばならない。カーネリアは先に飛び石を伝いながら後から来るモリオン達を見守り、中州にたどり着くと崖のなだらかなところに作られた階段を上り、ようやく中州の上に到着したのだった。

 中州に到着してすぐに知識の塔が迫ってくのが目に入る。まじか見る知識の塔には圧倒されるものがあり、さらに知識の塔の壁にはっきりと見える文字……それも今は古くなりすぎて解読できなくなった文字が、知識の塔の塔をさらに異様に見せている。カーネリアはモリオンと暫く知識の塔を見上げ、その奇妙な姿を目に収めると、これから住み家となる場所の用意をし始めた。知識の塔のある中州の周囲は、岩で作られた家で取り囲まれていて、カーネリアはその一つを自分とモリオンとベヌゥの雛の住み家に決め、その隣の家に、モリオンが連れて来た家禽の住み家にする。ベヌゥのブルージョンは、光の川近くにある巨樹を塒にするはずだ。

 これからしばらくの住み家を決めると、カーネリアはモリオンと一緒に部屋の中に入り、改めて粗末な室内を見回した。がらんとした中に、少しの家具と日常品が残されているだけの部屋、いかにも住みにくそうな部屋でカーネリアとモリオンはベヌゥの雛を育て、鳥使い達の修行に臨まねばならない。もっともこれから仲間の鳥使い達が必要な物は持ってきてくれるので、少しずつ住み易くはなるだろうが。それにしてもよくまあこんな場所を、鳥使いの先祖達は見つけたものだと、部屋にあるものを見ながらカーネリアは改めて思った。樹海周辺部にひっそりと取り残され、普段は誰も顧みる事のないこの建物を鳥使い達は樹海の中から見つけ、いにしえの人々から受け継いて管理し、困ったときには必要な知識がないか、知識の塔の中を調べに来ていた。

 さらに鳥使い達は知識を利用するばかりではなく、修行を始めたばかりの新入り鳥使い達の教育にも、知識の塔を使っている。一人前の鳥使いを目指す少年少女達は教育係の鳥使いに率いられてパートナーのベヌゥと共に知識の塔に赴き、そこで三日間ほど共同生活をしながら知識の塔に収められている知識について学び、その後に樹海周辺部の町へ、初めての商売を体験しに似行くのだ。樹海の産物と町で手に入る品物とをやりとりする商売は、鳥使い達の活動の中でも重要な活動の一つ。だから新入りの鳥使い達は町に行き、教育係の元で実際に商売を体験する。果たしてモリオンは、鳥使いの修行を積み、パートナーと商売に赴くまでになれるだろうか。不安はある。だが知識の塔に来たこのときから、モリオンが受ける鳥使い達の修行は、もう始まっていた。

 モリオンの鳥使い達への第一歩として、カーネリアがまずモリオンと共にしたのは、住み家となった家に、寝場所を確保することだった。幸いにも部屋の隅には、収納袋に入れた寝具が残されていた。その寝具は家具と同じく古いものだったが、中身をしっかりと守る収納袋に入れていた為に、袋から取り出して見ると綺麗なままになっている。カーネリアはモリオンと袋から出した寝具を部屋の真ん中あたりの床に置く。カーネリアは寝具を用意しながらモリオンに、これからの事を手短に話した。

「そして雛が巣立つ時に、あなたが鳥使いの技量を身につけられたら、仲間があなたを迎えに来るわ」

カーネリアの話しを、モリオンは不安そうな顔で聞くと、おずおずとカーネリアに質問してくる。

「あのう、ベヌゥの雛が巣立つには、どれくらいかかるのですか?」

「そうねぇ、季節が半分過ぎるくらいかな。

まぁ、貴方がどれだけ早く、私達の知識を覚え割れるかにもよるけれど。」

モリオンはベヌウの雛が巣立つまでの時間を聞き、渋い顔をする。ベヌゥの雛が巣立つのは、もっと早いと思っていたのだろう。だが鳥使いになろうというモリオンの決心は、かなり固いらしい。

「早く覚えて見せるは、絶対に。もう私には鳥使いになる以外、道はないのだから」

自分の決心を伝えようとするモリオンの言葉には、力がこもっている。だが力んだまま鳥使いの修行に入ったら気力が持たないだろう。

「モリオン、今からそんなに力んでいたら、すぐにくたびれてしまうわよ」

カーネリアはモリオンにやんわりと忠告し、この日の仕事を終える。明日からモリオンの鳥使い修行が始まる。指導するのも大仕事になるだろう。カーネリアとモリオンはその夜はじっくりと身体を休め、次の日から始まる修行に備えた。

 カーネリアとモリオン達が知識の塔のある中州に着いたこの翌日から、さっそくモリオンが鳥使いになになる修行が始まった。カーネリアはまずモリオンにベヌゥァの雛への餌のやり方や、健康状態の味方など、基本的なベヌゥの雛の世話の仕方を教える。そしてモリオンが雛の世話に慣れてくると、カーネリアは自分のパートナーのブルージョンを呼び、モリオンの前でブルージヨンを動かしたり、モリオンが直接ブルージョンを直接触るようにしたりした。大人のベヌゥに慣れてもらい為だ。教えるのは実技ばかりではない。鳥使いの村の様子を、モリオンに語って聞かせるのも修行の一つだ。何しろ鳥使いの村とモリオンが育ったイナの村とでは、社会の在り方が違っていた。母や祖母を中心とする大家族が中心のイナの村と、成人した男女が一緒になって家族を作る鳥使いの村というように。もっともモリオンと話している中で、カーネリアがモリオンからイナの村の在り方を教わる事も、多かったのだが。例えば賢女と呼ばれる巫女の存在などだ。

鳥使いの村もイナの村も、長老と呼ばれる人たちが村を率いるのは一緒だったが、イナの村では長老の他に、賢女が村の指導をしていた。モリオンは母その賢女の地位にあり、カーネリアは賢女の跡継ぎになるかもしれないモリオンを、樹海に連れ出していたのだ。カーネリアは母親の後を継ぐかもしれないモリオンを、勝手に連れ出してしまったことを気に掛けたが、肝心のモリオンは気にしなくてもいいと言ってくれていた。どうせ賢女の後を継ぐのは自分の姉だし、母とは意識を繋げられるので、離れていても相手がどのような状況にあるのか、お互い解り会っているのだとも。カーネリアは改めて、自分の娘が鳥使いの修行をしているのを認めてくれたモリオンの母に感謝し、モリオンをずっと見守っていくことを、モリオンの母に約束したのだった。

 モリオンの修行の初期段階は、思いのほか順調に進んでいった。モリオンはカーネリアが教えたベヌゥの雛の世話をてきぱきとこなし、ブルージョンの扱いにも慣れてきていた。ベヌゥの雛がモリオンの家禽とほぼ同じ大きさまで成長したころには、モリオンはカーネリアがそばに居なくても、ブルージョンの羽根に触られるようになっていた。此処まで来ると、修行の初期段階は終了だ。カーネリアはモリオンの修行が次の段階へと進む前に、鳥使いになる人間が知っておかねばならない事、一人前の鳥使いとして認められる際に受ける儀礼があるのを、モリオンに教えた。長老から一人前と認められた鳥使いの若者は、長老達から一人前の鳥使いになる儀礼を受け、右肩に鳥使いの印を入れてもらうのだ。モリオンはカーネリアが自分の右肩にある鳥使い印を見せ、儀礼について説明すると、神妙な顔をして青い線で鳥の羽根の形に描かれた鳥使いの印を覗きこんだ。

「村の長老達が一人前になったと判断したら、長老が貴方に一人前の鳥使いになったと宣言するの。長老の一人宣言した時点で貴方は一人前の鳥使いになり、その後鳥使いの印をもらう儀礼を受ける事になるのよ。一人前になったら異性と一緒に暮らす事を許されるし、一人で樹海の奥深くの、聖域に行くことも許されるの」

「聖域って、どんなところかしら」

モリオンはカーネリアの話しに出て来た、聖域に興味を持ったようだ。聖域は樹海の中で最も古い場所なのだが、聖域の姿を説明するのは、少し難しい。あえて言うなら、樹海最古の巨樹が形を変えて存在している場所で、生命の姿が見えない場所と言ったらいいだろう。一人前になった鳥使い達は鳥使いの印をもらうと一人で聖域に行き、一晩パートナーのベヌゥと過ごすのが決まりになっていて、新しく一人前になった鳥使いが聖域から戻るまで、先輩鳥使い達は聖域の話しをしないのが、なかば決まりになっている。

「私の話しを聞くよりも、自分の目でみたらいいわ。早く聖域へ行けるようになりなさい」

カーネリアもこの決まりに従い、自分が見た聖域の話しはせず、代わりにモリオンを叱咤激励したのだった。そしてこれを境に、モリオンの鳥使い修行は、次の段階に進んでいった。

修行の次の段階に入ると、カーネリアはモリオンにより難しい知識、ベヌゥが体調を崩した時の対処法などを教えていく。教える事柄が高度になった分だけ、カーネリアの負担も大きくなり、カーネリアの助っ人として、新入り鳥使いの指導の経験のある熟練の鳥使い達が頻繁に中州に訪れていた。彼らは新入りを指導するのが初めてのカーネリアの力が及ばないところを、側面から支えてくれている。しかしそんな鳥使い達の中に、カーネリアの恋人であるクロッシュはいなかった。カーネリアをモリオンの指導に専念させるために、モリオンが鳥使いして認められるまで、カーネリアと会わない決意をしてくれたのだ。ただしイドを使っての意識のやり取りは、頻繁にしていたが。 時々訪ねて来るベテラン鳥使いの助けもあり、モリオンは日に日に鳥使いらしくなっていき、ベヌゥの雛もモリオンの修行に合わせてすくすくと成長していった。いつの間にかモリオンのパートナーの雛は、モリオンが連れて来た家禽と同じ大きさにまで成長し、あっという間に家禽達よりも大きくなっていく。雛がここまで成長すると細かな世話は必要なくなるものの、少々扱いにくくなる。雛の性別がはっきり解るのもこの時期で、カーネリアは手伝いに来た鳥使いと共に雛の性別を確かめ、モリオンのパートナーが雄であるのを確認すると、カーネリアはすぐにイドを使って鳥使いの村の長老達に、雛の性別と近況を報告する。長老達への正式な報告は、雛の性別を確かる手伝いをした鳥使いが行うことになってはいるが、カーネリアはなるべく早く長老達に、雛の成長を伝えたかったのだ。長老達はカーネリアから雛の様子を伝えられると、雛の成長に満足していると、長老達の取りまとめ役である長老クリスタを通じ、カーネリアの意識に伝えて来た。

[樹海の外で誕生した雛が、ここまで成長したのは奇跡です。よくやりましたね、カーネリア。知識の塔でモリオンに鳥使いの修行を指すという貴方の判断は、正しかったようね。モリオンにもよくやったと伝えて下さい。]

[ありがとうございます。長老クリスタ。でもまだ道半ばです]

自分の判断を正しかったと言ってくれるクリスタに感謝しながら、モリオンは自分の心を引き締めるのも忘れなかった。ベヌゥの雛はかなり成長したとはいえ、まだ空を飛んですらいない。ベヌゥの雛が初めての飛翔を行い、モリオンを乗せて鳥使いの村まで何事も無く飛ぶことが出来るまでは、モリオンの修行が終ったのは言え無いだろう。

[正直言って盗まれた卵から生まれた雛が、ちゃんと育つのか半信半疑だったの。でも貴方はモリオンをしっかりと指導し、雛は無事に育ってくれた……それだけでも大変な事よ。それよりカーネリア。行方知れずのジェイドを見掛けたという話があるわ]

[えっ?]

クリスタが伝えて来たのは、思わぬ話だった。誰かが、行方不明のままのジェイドを見掛けたらしい。

[樹海周辺部の町に商売にいった鳥使い達の中の何人かが、商人の恰好をしたジェイドを見たと言っているの。でも鳥使い達に気付くと、すぐに姿を消したらしいの]

ジェイドが生きているらしいと聞き、カーネリアは心に光が差すのを感じた。それまではジェイドの行方は、まったくの闇の中だったのだ。いくらイドを使っても、ジェイドの意識とは繋がらなかったし、ジェイド探しを続けている鳥使い達が中州に来ても、彼らからよい話は聞けなかった。誰もジェイドを探し出せなかったのだ。ジェイドらしき人物を見たという情報あるだけでも、ジェイドの生存に希望が持てる。でもジェイドのパートナーであるネフライドはどうなったのだろうか? カーネリアはクリスタにネフライドの情報も聞いては見たが、結果は厳しいものだった。

[残念ながらネフライドの生存は、見込みがなさそうね。ベヌゥ達の意識にネフライドの事を訪ねても、何も答えないの。それに最近では、ベヌゥ達の意識にネフライドの情報を送ると、追悼の鳴き声で答えるようになったわ。ベヌゥ達はネフライドが絶望的なのを伝えているのね]

夜、室内で休んでいるカーネリアの意識に、クリスタがイドで伝えて来た情報は、絶望的なものだった。ベヌゥ達は仲間が命を落とすと悲しみを帯びた声で、ひとしきり鳴いて哀悼を示す。ネフライドがこの世にいないからこそ、ベヌゥ達は鳥使いに、追悼の鳴き声をして見せたのだろう。

[クリスタ、いろいろと教えて下さって、有難うございました]

カーネリアはクリスタに礼を言うと、意識をクリスタから離し、そっと涙を拭った。ジェイドが生きている可能性が高まったのは、本当に嬉しい。しかしジェイドのパートナーのネフライドが命を落としたのは、とても重たい事実だ。鳥使いにとってパートナーを失うのは、何よりもつらい事なのだから。ジェイドがネフライドを失いながら生きていたとしたら、ジェイドは耐えきれないほどの悲しみを抱えているはず。ジェイドが鳥使い達の前に姿を現さず完全に連絡をたっているのは、その悲しみを背負っているからなのだろう。ジェイドの悲しみを思い、カーネリアは思わず涙をながしたのだ。しかしいつまでも悲しみに浸ってはいられない。今のカーネリアには、モリオンを教え導く義務があるのだから。

 ベヌゥの雛が雄と分かってから暫くすると、カーネリアは初めてモリオンを、知識の塔に連れて行った。モリオンに知識の塔に収められているものを通じて、この世界の人類や、鳥使いのついて伝えられている事を教える為だ。カーネリアは扉が横に動いて壁の中に納まる入口を開き、モリオンと知識の塔に入っていく。

地域の塔の内部は、いつ見ても奇妙なものだった。入るとすぐ、モリオンは塔の内部に窓が無くても明るいのに驚く。この灯りが何処から来るのか、興味津々の様だ。もっとも鳥使い達も明かりの出所を知ってはいないのだが。

「ここが私達の知恵の宝庫、知識の塔よ」

カーネリアは知識の塔の内部を、モリオンに案内していった。かつては人類がアゲイトに乗って来た乗り物だと言う知識の塔は、内部を三階に分けられ、それぞれの偕には、今は使い方が解らなくなった道具や様々な事を記録した紙が、所狭ましと置いてある。モリオンはこの奇妙な品々に興味を持ったようだが、特に文字が書かれた紙には一方ならぬ興味を持ったようだ。モリオンの生まれたイナの村には、紙も文字も無かったので、モリオンは知識の塔に来てやっと、文字が人間の言葉を記録するものであるのを知ったのだ。

「この紙には、どんな事が書かれているの」

好奇心旺盛のモリオンの求めに応じ、カーネリアは大昔に起こった争いについて書かれた紙を手にした。大昔、アゲイトに一つの町しか無かった時代に、たった一つの町を崩壊させてしまった争いの記録だ。カーネリアはモリオンに紙の内容を聞かせる前に、アゲイトにやって来た人類の歴史や忘れられた知識について、説明して見せた。モリオンが紙に書かれている事を理解するには、まず説明が必要なのだ。

「私達の祖先達はね、この世界とは異なる世界、今もう名前も忘れてしまった遠い世界からやって来たのと言われているわ。様々な知識と共に、大きな空を渡る乗り物に乗ってね。しかしその後、祖先がこの地に持ってきた知識は忘れ去られたらしい。私達鳥使いと、昔の遺物に関心のある一部の人を除いては。樹海周辺部の町や海を越えた小大陸には、過去の遺物を掘り起こし、弄ぶ人たちがいるの。最初、私達はあの卵泥棒の乗り物はねぇ、昔の遺物に関心のある人間が手に入れた向かいの遺物を復活せさせ、操っているものと思っていたわ。実際、過去にそういう事が何度かあったから。でも、その人達は卵泥棒などしなかった。遠い世界から来た人間達は、この樹海周辺の何処かに、たった一つしか無い町を作って住んでいたのね。ところがある日、その町に争いか起こった……」

カーネリアはモリオンが真剣にアゲイトの歴史の説明を聞いているのを見ると、カーネリアはさっそくアゲイトの歴史を描いた紙を読み上げる

「争いは日に日に激しくなり、争いを避けるために多くの人がその町を出ていった。町を出た人々は一人の女性に導かれて樹海周辺部を渡り、樹海を出るとあちこちに移り住んで新しい町や村を作った……。だから人間は何処に住んでいようとほとんど同じ言葉を話すのよ。そして祖先が一番初めに作った町は、強者と弱者の争いがあった後、跡形もなく消えて今は何処にあったのかも解からない。そして樹海と隣り合う場所やそこから離れた海沿い場所や海の向こうの小大陸、樹海からは少し遠くにある丘陵には、町や村が今もあるって書かれているわ。おそらく、丘陵にある村がイナの村ね」

モリオンはイナの名前が手出来たとたんに顔色を変え、カーネリアを遮って話し始める。

「私達の先祖は、樹海の彼方にある町から樹海を渡ってやって来たと伝えられています。ひとりの女性に導かれて……」

モリオンの言葉と共に、カーネリアの意識に一人の女性の姿が浮かんできた。深い森の中を傷つき疲れ果てた人々の先頭に立って歩く女性の姿だ。その女性の姿は、カーネリアが良く知っている女性の姿に似ていた。ハリ……この世界で初めて鳥使いとなった女性、いわば鳥使いの祖だ。さらにモリオンは母親から聞いたイナの歴史の始まりを語り、それを聞いたカーネリアは、思わぬ事実に軽い衝撃を受けた。イナの村人の先祖を導いた女性と鳥使いの祖であるハリは、おそらく同一人物なのだろう。

「モリオン、あなた方の先祖を導いていた女性は多分、私達の歴史にも出てくる女性と同じたと思うわ。人々を導いた後に、樹海の中心である深緑に住み着き、鳥使いの祖となったと伝えられている人よ」

鳥使いの祖とイナの村人の先祖を導いた女性が同じ女性だとカーネリアが断言すると、カーネリアは鳥使い達に伝わっているハリの姿を、モリオンの意識に送る。

 カーネリアの意識のハリは緑の服を着て、黒髪をたなびかせながら崖の上に立ち、空を舞うベヌゥの群れを見ていた。ベヌゥ達は少しずつハリがいる崖に近づき、その中の一羽が崖の下に来ると、ハリは崖がベヌゥの背中へと飛び乗った。最初の鳥使いが誕生した瞬間だ。

「私達とイナの村の人々とは、祖先が同じ町から出て来たと言う以上の関わりがあったようね。そうでないと、彼方が鳥使いの祖を知っているはずがない」

二人にとっては、これはとても重い事実だった。遠く離れたイナの村と鳥使いの村とが、忘れられた絆があったらしい。いや、かつては鳥使い達とイナの村とは、自然に交流していたのだ。これが両者の、失われた絆だろう。もしモリオンが鳥使いになったら、今は途絶えた鳥使いとイナとの絆が、復活するかもしれない。おそらく鳥使いの長老達は、イナとの絆の復活を望んで、モリオンを鳥使いの修行をさせているのだろう。

「モリオン、貴方が鳥使いになれば、二つの村の絆がまだ出来るかも知れない。村の長老達はそう考えて、貴方が鳥使いになれるかどうか、試す事にしたに違いないわ。イナの村との絆が必要だと、長老達は判断したのよ」

手にしていた紙を元の場所に戻すと、カーネリアはモリオンに、鳥使いの長老達の意思を伝える。モリオンが知識の塔で得た知識と、自分の置かれた立場を受け入れてくれるのか、不安を感じながら。しかし鳥使いの長老達の意思を理解したモリオンは、カーネリアにしっかりと頷いて見せる。モリオンは自分が何故鳥使いになろうとするのかを、理解したのだった。

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