第6話

六 

カーネリアが食堂で軽い食事をし、窓際の椅子に座って休息をとっていると、クロッシュが食堂に入って来た。

「やっぱり此処にいたんだね。みんなは宿舎の大食堂に行ったよ。来ないのかい」

クロッシュはカーネリアの隣の椅子に座ると、静かにに話し始める。カーネリアの様子を心配しているようだ。

「大丈夫、ここがいいのよ。静かだから」

出来るだけ平静を装って答えてみたものの、クロッシュの心配を払拭するにはいたらなかったようだ。まだ心配そうにカーネリアの顔を見ている。

「結局、ジェダイドは見付からなかったんだね、残念だ……。疲れているみたいだけど、大丈夫かい?」

「有難う。ジェイドは絶対に生きているはずよ。必ず探し出して見せるわ。でも今は、モリオンの事が心配なの」

「あぁ、ベヌゥの雛のパートナーになったイナの少女の事だね」

「そう……今はたぶん、樹海に向かっているわ」

クロッシュと話し合いながら、カーネリアはイナの家禽に乗って森を旅し、カーネリアに言われた森の川を目指すモリオンの姿を、イドでクロッシュの意識に送った。

「今は樹海周辺部と繋がる森を旅しているようね。明日になれば、約束通り森の川に辿り着くでしょう。私はブルージョンと樹海から森に流れる川を辿って、モリオンを探すつもり。そしてモリオンを見付けたら、長老達が下した決定を伝えるつもりよ。多分、モリオンはもう鳥使いに決心をしたみたいね」

「あの娘が鳥使いになればいいと思っているのかい?」

難しい顔をしてカーネリアの話しを聞いていたクロッシュが、カーネリアに聞きただしてきた。

「ええ、長老達の許しがあればね」

「そうかい、樹海の外の村で生まれた娘が、上手く鳥使いになれるとは思えないけどなあ」

クロッシュはモリオンが鳥使いになるのに反対しているようだ。カーネリアやおら椅子から立ち上がると、クロッシュに反論した。

「モリオンは知恵を働かせてベヌゥの卵を孵し、雛とパートナーになったのよ。それに彼女は、何故かイドの力を持っているわ」

向きになって反論するカーネリアにクロッシュは、苦笑いをして見せる。

「君がそう思うのなら、思った通りにすればいいよ。さぁ、もう寝るとするか。これ以上あの娘の話しをして君と喧嘩したくないからね」

クロッシュは椅子から立ち上がるとカーネリアを軽く抱きしめ、口付けをした。

「おやすみ」

口付けをし終わるとクロッシュは、カーネリアから離れて食堂から出て行った。そう、もう寝る時間なのだ。カーネリアはクロッシュが出て行った後暫く食堂の窓から見えるピティスを眺めてから、食堂を後にした。

 翌朝早く、カーネリアはブルージョンの世話と健康状態の確認を済ませると、長老達が話し合いする広間に向かった。食堂と同じく山の地下に造られた会議の間に入ると、長老達が、広間の中央に置かれた石の円卓を囲んでカーネリアを待っていた。長老達が夜を徹して話し合っていたらしい。円卓に着く長老達は、みんな疲れた表情をしている。だがカーネリアが長老達に向かって挨拶すると、一斉に厳しい視線をカーネリアに向けた。

「おはよう、カーネリア。空いている席に座って頂戴」

「はい」

クリスタに促されてカーネリアが円卓の開いている席に座ると、クリスタは話し合いの結果をカーネリアに言い渡す。

「カーネリア、ジェイドが見付からなくって、残念でしたね。でも諦めずに辛抱強く探していきましょう。此処に集った長老達は、イナの村の少女モリオンが鳥使いの修行をするのを許す事にしました。あの少女はもう既にベヌゥの雛のパートナーになってしまいましたからね。それに雛を抱えていては、いずれ彼女はイナに居辛くなっていたでしょう。ヤミガラスの襲撃があって時点で彼女がイナを出たのは、賢明な判断だと思います」

「有難うございます」

願い通りの結論を言い渡されて、カーネリアは嬉しさの余り大声で感謝を述べる。そんなカーネリアに苦笑しながら、クリスタは話しを続ける。

「まぁ良く聞いて、カーネリア。これには二つの条件があるの。一つは貴方が雛のパートナーとなった少女を指導する事。もう一つは彼女を、私達が新入りの鳥使いにしても良いと判断するまで知識の塔で指導する事。解りました?」

クリスタの言葉を、カーネリアは大きく深呼吸をしながら聞いていた。知識の塔は樹海周辺部にある建物で、昔の人々の遺物や様々な記録が収められている場所だ。知識の塔の周辺はかつて人間が住んでいたらしく住居の後もあり、鳥使い達は時々そこに泊まり込んで必要な知識を手に入れたりしていた。その為、知識の塔は人が暮らしていけるようにはなってはいるものの、決して快適とはいえない。クリスタはカーネリアに、そこでモリオンを鳥使いの訓練をするように言い渡したのだ。はたしてモリオンは厳しい環境の中で、鳥使いの修行を無事に収められるのだろうか? やれやれ、なんとも大変な事になったものだ。しかもモリオンに関する全ての責任を、カーネリア一人か背負うのだから。だがそれも、ある程度覚悟していていたはずだ。受けて立たねばならないだろう。ただ、恋人のクロッシュと暫く会えなくなるのが問題なのだが。

「解りました。最善を尽くしてきます」

カーネリアは力強く長老達に宣言し、それを聞いた長老達は頷いて、カーネリアの決意を受け入れた事を現した。

「カーネリア、これで貴方の意志は確認出来ました。後は此処にいない鳥使い達や、鳥使い以外の村人達の賛否を問うだけです。さぁ、イドでみんなの賛否を聞きましょう」

クレイスがカーネリアに話し終わると、会議の間にいる全員がイドを使って多くの鳥使いや村人達の意識と繋がり、話し合いの内容と長老達が出した結論を共有し合った。カーネリアの意識も数多くの意識と繋がり、長老達の結論に対する様々な反応が伝わって来た。

 鳥使いの一族以外の人間が鳥使いになる事への驚きとそれに対する不安……中にはよそ者が鳥使いになる事への嫌悪や不信感を露わにする者もいる。しかし樹海周辺部にある知識の塔でモリオンの訓練を行うという決定には、みんな異存は無いようだ。もしモリオンが鳥使いの修行に失敗すれば、モリオンが鳥使いの村に来る事はないし、鳥使いになれたらなれたで、喜ばしい事として受け止めればいい。みんなそのように考えているようだ。そして鳥使い達の中の幾人かはイドを通じて、カーネリアに手を貸しても良いと伝えて来ていた。これで決まりだ。鳥使い達と村人達は、モリオンをイナの村から連れ出したカーネリアの行動を認めてくれた

「有難う、みんな……」

イドで鳥使いや村人達に感謝を伝えると、カーネリアと繋がっていた意識はカーネリアから離れていき、それに代わってベヌゥの雛を抱えたモリオンと、その傍らにいる家禽達の姿が意識に現れて来た。モリオン達は樹海周辺部と繋がる森に入り、森の湖の湖畔に辿り着いた様だ。カーネリアは今のモリオン達の姿をクリスタの意識に送る。

「モリオンは順調に樹海を目指しているようですね。でも誰かが導いてあげないと、知識の塔には辿り着けないでしょう。カーネリア、早く彼女の元に行って、知識の塔まで導いてあげなさい。それからジェイドの事だけど、あなたの代わりに、鳥使いみんなでジェイドを探し続ける事を約束します。だから安心して、モリオンの教育に専念しなさい」

「はい。有難うございます」

イドを通じて多くの鳥使い達が、カーネリアの意識にジェイドを探し続ける約束をしてきた。

[みんな、有難う]

クリスタ達長老の決定とジェイドを探し続けると約束してくれた仲間達に感謝しながら、カーネリアは会議の間を後にした。

 全ての準備を整えて騎乗服を身に着け騎乗具を手にすると、カーネリアはベヌゥ達の離着陸場の立ちブルージョンを呼んだ。意識をブルージョンに向けて呼び掛けると、樹海の彼方からブルージョンが姿を現し、離着陸場に上空へとやって来た。

「よーしっ、ブルージョン、おいで」

カーネリアはブルージョンを離着陸場に着陸させると、蹲ったブルージョンの背中に騎乗具を着けて座る。

「さぁ、出発!」

騎乗具の命綱を騎乗服のベルトに漬け、準備が整うとカーネリアはブルージョンを空へと飛び立たせた。ベヌゥの巨体が浮かび上がって離着陸場を離れると、ブルージョンを樹海周辺にある光の川に向かわせた。この川を沿って行くとイナの村に辿り着く。カーネリアとブルージョンは川の流れに沿って飛んでいく。そして暫く川の流れを辿って行くと、魚に似た獣、バイーシーが姿を現したのが目に入った。

[バイーシー]

カーネリアは素早く、バイーシーに意識を向ける。めったに人に姿を見せないバイーシーは、カーネリアがジェイを捜している時にも、姿を現し、モリオンのいるイナの村へと導いてくれた。今度も何かをカーネリアに伝えようとして、カーネリアに姿を見せたのかもしれないと、カーネリアは考えていた。そしてその考えは当たっていたらしい。バイーシーはある光景を伝えて来ていた。それもブルージョンの意識を通じて。カーネリアの意識に、円筒形を二つに割って横に置いたような形をした、奇妙な建物が湖の傍に立っている光景が入って来た。これは樹海とその周辺に住むあらゆる生き物達と意識を繋げられるバイーシーが、樹海周辺部と繋がる森に住む鳥の意識から得た光景らしい。それにしても何バイーシーは、何故この光景を送って来たのだろうか?

[これは何なの]

カーネリアは、ブルージョンを通じて、バイーシーに問い掛ける。すると答えはすぐに帰って来た。モリオンと二羽の家禽が、奇妙な建物に入るのが、バイーシーからブルージョンを通じて送られる光景の中に見える。バイーシーはカーネリア達が早くモリオンを見付けられるように、ブルージョンにモリオンの居場所を知らせているのだ。

[フルージョン、この場所が何処か解る?]

おそらくバイーシーはブルージョンに、モリオンの居場所の正確な位置を教えているだろう。そう考えたカーネリアの質問に、ブルージョンは空に並ぶ二つの月の光景をカーネリアの意識に送って来た。確かに、真昼の空には二つの月が並んで姿を見せていて、その下を川の州の一つが流れている。その先に、モリオンと家禽達がいる小屋があるのだろう。

[有難う、バイーシー]

カーネリアは、川を泳ぐバイーシーに感謝の気持ちを向ける。するとバイーシーは大きく飛び跳ねて水中から飛び出し白い姿を中に晒すと、再び川の中に入るとそのまま姿を消し、ブルージョンはバイーシーに挨拶するかのように、ひと声大きく鳴いた。

「さぁ、行きましょう」

カーネリアはバイーシーが姿を消したのを見届けると二つの月が並ぶ方角へ、とブルージョンを飛ばせた。

カーネリアとブルージョンがバイーシーの教えてくれた方角に進んで行くと、ほどなくして眼下の風景は樹海周辺部から、樹海の樹よりも遙かに小さな木が生い茂る森に替わった。樹海周辺部と連なっている森に入ったのだ。そしてこの森には、樹海にある川の支流が流れている。この森の外にイナの村がある丘陵地帯があり、イナの村人達も立ち入る森だ。この森にある湖の傍に、モリオンは到着したらしい。カーネリアは森の上空を飛ぶブルージョンの背中から目当ての湖を探す。しかしカーリアよりも先にブルージョンが見付けた。森の中の大きな湖が見えて来ると、ブルージョンは長く大きな鳴き声を上げ、目的の小屋が見付けた事を知らせた。

「あっ、ここね」

カーネリアの目にも、あの奇妙な形をした小屋の姿が入った。モリオンとベヌゥの雛は、あの小屋の中に居るのだろう。さっきの鳴き声は、小屋にいるモリオンやベヌゥに自分達の到着を知らせる声でもあったのだろう。カーネリアはブルージョンをゆっくりと小屋に近付ける。湖面を横切り、奇妙な形の小屋の上空に近付くと、小屋の前にきらりと光る物が見える。よく見ると、それはモリオンが手に持って振っているベヌゥの羽根だった。傍らに二羽の家禽を従え、ベヌゥの雛を着ている上着の中に入れているモリオンはベヌゥの羽根を振りながら、カーネリア達に向かって大声を上げている。

「モリオン」

カーネリアを乗せたブルージョンが小屋の上空近くに来ると、ベヌゥの背中から手を振ってモリオンに答える。モリオンは家禽とベヌゥの雛を連れ、カーネリアの指示通りに森の中に入って森を流れる川を探し、ここまでやって来ていた。たいしたものだ。でもこれからが、本当の旅の始まり。知識の塔へ向かう為に、まずモリオン達を光の川まで導かないといけないのだ。光の川までたどり着いたら、ベヌゥを着地させられる光の川の河原に降りて、そこでモリオンと正式に落ち合うつもりのだ。

「モリオン」

カーネリアは大声でモリオンを呼ぶ。そしてモリオンが銀の羽根を振って答えると、モリオンにブルージョンの後を付いて来るように伝えた。

「モリオン、雛と一緒に私に付いて来て。光の川までついて来て」

カーネリアは言葉と共に、光の川の光景をモリオンの意識に送る。しかしモリオンは、まだこれからの旅に不安を感じている様だ。

「大丈夫、私が最短距離を案内してあげるから、ブルージヨンについて来て」

モリオンの不安を和らげようと、カーネリアはモリオンに声を掛け続けたものの、ブルージョンがカーネリアの乗るベヌゥの名前だとは気付かないようだ。しかしカーネリアがブルージョンを指差すと、モリオンは理解したようだ。カーネリアに頷き、小屋から二羽の家禽を連れ出すとその一羽に乗り、樹海の方角に方向転換して飛んで行くカーネリアとブルージョンの後を追い始める。地上のモリオンと家禽達が、空を飛ぶベヌウとカーネリアを追っ掛ける奇妙な旅が始まった。

 本来ならベヌゥに乗っての知識の塔への旅は、楽な旅のはずだ。ただブルージョンに知識の塔まで飛ぶよう、指示すれはいいのだから。しかし今度の旅はまず光の川の岸辺で、モリオンと落ちあう必要がる。家禽に乗りってベヌゥの雛と、もう一羽の家禽を連れたモリオンを導きながらの旅となると、話しが違った。絶えず森の木立の間を進むモリオン達を気にしながら、ゆっくりと光の川まで進むのだから。それにカーネリアは、自分とブルージョンの姿を地上のモリオンに見えるようにしながら、ブルージョンを飛はさなければならなかった。カーネリアはモリオン達が無事について来てくれるよう念じながら、ブルージョンを光りの川へと飛ばしていく。やがて森の木々の間から大きな川の流れが姿を現し、その河原に上着の中にベヌゥの雛を入れ、家禽達を従えて立つモリオンの姿を見付けた。

 モリオンとベヌゥの雛は日が暮れ始めたころには、無事に光の川に辿り着いていたのだ。モリオン達を確認したカーネリアは、さっそくその川の広い河原にブルージョンを着地させてベヌウの背中から降りると、真っ直ぐにモリオンに近寄り、雛を抱えたモリオンをしっかりと抱きしめる。これからモリオンは、鳥使いを目指す旅に出るのだ。そう思うと、カーネリアはモリオンが愛おしく思えてならなかった。モリオンの旅は長く困難なものになるだろう。しかしその旅の果てには、きっと新しい未来が待っている荷違いない。その未来が素晴らしい物であるよう、カーネリアはそう祈らずにはいられなかった。

そして次の日の朝からカーネリアとブルージョン、モリオンとベヌゥの雛と二羽の家禽達の知識の塔への旅が始まった。



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