勝ち組イケメンが、文学少年にドップリ嵌って病むまでの話

ペボ山

第1話 クズイケメン、同性に告白される

 自分が恵まれてるって事、大体理解してる。

 頭にも体格にも恵まれて、精神にはゆとりがある。

 端的に言えば俺は、将来性があって、ツラとスタイルと性格が良い爽やかイケメンだ。

 だから、そう。恋愛の相手には事欠かない。彼女が途切れたこともない。『回転率が立ち食い蕎麦屋』と評した彼奴は、腹が立つが中々センスのある奴だった。

「絢瀬悠太くん、俺と付き合って下さい」

 けど。けどなぁ。

 絢瀬悠太くんとは俺の名だ。

 昼休み。俺を呼び出したのは、学年のマドンナでもなく、よく目が合うあの娘でもなく、シュッとした黒髪美青年だった。つまりヤロウである。

「結婚を前提にとは言いませんが」

「いや…………」

 ぼんやりとした黒目は何考えてるかわからないけど。まさか、男に告白される日が来るなんて。ポリポリと後頭部を掻いて、少し戸惑って見せて。

「えーと、お願いします?」

 断るのは、男でも女でも面倒くさい。1年後には笑い話だな、なんて考えながら、其奴の手を取った。



 ***



「節操なさすぎ」

 ことのあらましを聞いて、同級は呆れたように切り捨てた。思っていた反応と違ったので、ちょっと悲しい。

「来た奴全部受け入れんなよ。キリストでももうちょっと選り好みするぞ」

「お前がキリストの何を知ってるんだよ。それより笑うとこだろこれは」

 他所様のドンを、聖人の最大値として安易に槍玉に上げるのは良くないと思う。宗教とかこう、何万年前からデリケートな話題なんだし。人類の歴史から学べ。何のための社会科だ。事の面白さを同級と共有したかっただけなのに、どうしてこうも物事は上手くいかない。

 世の無情を儚みながら、「だって、あの本屋敷くんだぜ」と言えば、尚のこと其奴は胡乱な顔をした。

 本屋敷慧。

 変わった名前だが、これでモトヤシキケイと読む。くどいようだが、モトヤシキが苗字で、ケイが名前だ。

 濡羽色の、しっとりさらさらした黒髪に、透けるような白肌。色素の薄いブラウンの瞳は、いつも何かを透かすみたいに濡れている。

 人形みたいな綺麗な顔をした、正統派美少年だ。

 人とあまり拘らず、かと言って孤立しているという様子でもない。要するに、高嶺の花というやつだ。とっつきにくい分、俺よりはモテないけど、俺の次にモテる。ミステリアス美少年とかで通ってるみたいだ。

「そんな本屋敷くんと俺が付き合うんだよ」

「女子の阿鼻叫喚が目に浮かぶな」

「だろ。俺もう今から楽しみで興奮して……なんかもう、スクワットとかしちゃう」

「ここではやめろよ」

 覚えたてのブートキャンプ式スクワットを披露すれば、同級はすごく迷惑そうな顔をする。そんな顔しなくても良いだろ。どうせ中庭だ。誰も見ちゃいねぇ。

「そういやあれ、お前可愛い子と付き合ってなかった?あれ良いの?」

 諦めたように尋ねてくるので、「なんか振られた」と答えておく。脹脛が徐々に重くなって行く感じが、快感になってきた。

「もったいねー。俺だったら縋り付いてでも止めるけどな、あんな可愛くて性格良い女の子」

「こっちの我儘で束縛するのも悪いじゃん」

 言えば、其奴は鼻白んだみたいな表情をする。俺もまたつまらなくなって、スクワットを止める。

 何だその顔。言いたいことがあるなら言ったらどうなんだ。

「あ、」

「………?」

 俺を───というより、俺の背後を見て声を上げる同級。つられるみたいにして振り返れば、本屋敷くんがそこには居た。噂をすれば何とやらだ。

 相変わらず読めない表情で、突っ立っている。見つかった!みたいな感情だろうかそれは。

「スクワット中失礼します」

「俺も言ってみてぇ、それ。ちょっとスクワットしてみてよ」

「なんでだよ、嫌だよ」

 ごねる同級を突き回し、どうしたの、と尋ねる。「お話したくて」と返ってきた言葉に、突き回されながら同級がヒュウと口笛を吹いた。ボコボコにしてやる。だけど、恋人をほっぽいて同級をタコ殴りにするのもあまり良くない。微笑んで拳を背に隠せば、何だか怒りも治まってくるみたいだ。

「邪魔みたいだから、俺抜けるわ」

「いえ、お構いなく。先約があるんだったら、出直します」

「いーよ、駄弁ってただけだし。お幸せに?」

 スクワットと暴力から逃げるみたいに、其奴はそそくさと何処かへと行ってしまう。絶対に逃がさない。脳内の対人名簿に、同級A:スクワット→ボコボコとメモしておく。

「本当は何でなんですか?」

「へ?」

 我に帰る。本屋敷くんを見る。とても綺麗な顔だと思った。座り込む俺に合わせてしゃがんで、相貌を覗き込んでくる。細い横髪が、サラと揺れた。

「『此方の我儘で束縛するのも悪い』。これが、君が魅力的な女性に執着しない、本当の理由ですか?」

「心が広くて良い奴でしょ、俺」

「…………」

「それじゃあさ、」

 アンバーの瞳を覗き込んでいたら、気が変わった。面白かったからだ。体裁を取り繕うより、俺は彼の内面を知りたいと思った。ふと表情を緩めれば、本屋敷くんはぱちぱちと目を瞬いた。

「本屋敷くんはどう思うの?何で俺ってば、フられたのにこんなにも元気なんだろう」

「それは、うーん」

「むつかしい?気ィ遣ってるなら、その必要は無いよ。ほんの世間話だし。俺が君のこと知りたいだけ」

「そう言うことなら」

 気の抜けた表情で天を仰いで、本屋敷くんは指で顎先を摩る。氷の刃みたいに怜悧な横顔なのに、どうしてこうもボヤッとしている印象なのだろう。

「『怒らせた女性の反応を見て楽しんでいる』、とか」

 突拍子も無い言葉に、一瞬言葉を失う。次に込み上げてきたのは、想像以上に大きな笑み聲だった。

「わははははははは!」

「ええ……」

「いひひひひひ、ひーっひっひ!」

 腹が攣るような感覚に、目尻から涙まで垂れてくる。大真面目な顔が、余計に愉快だ。

「ンなわけねぇじゃん!そんなん、そんなんさぁ、俺異常者じゃん!」

「当てが外れました」

「ぎゃーっ!むり!でもそっちのが面白いんだよなぁ。そう言う事にしようかな」

「あ、それは困ります」

 待ったをかけるように、ピ、と掌で制してくる。

 困るって何なんだ。何かもう、一挙手一投足が面白すぎる。どうしたら良いんだろうこれ。

「で、実際のところは?」

「えー、言わなきゃダメ?別に好きじゃなかったからだよ。それだけ」

「ふむ……」

「君の解答の後に言いたく無かったなぁ。地味〜で面白くないもの」

 舌を突き出し、肩を竦める。フられる事に快感を見出す、生粋のマゾなんだ……とかの方が面白かったかもしれない。後悔が残るけれど、彼はどうやら、そう言った嘘は望んでいないみたいだし。

「好きでもない相手に時間を割くのって、しんどくないですか」

「断った場合の労力と、そのあとのアレソレの方がずっとしんどい」

「そう言うものですか」

「そう言うもの。それに────、」

 少しだけ迷ったので、誤魔化すみたいに笑みを深める。迷ったと言うのは勿論、その先を言葉にするかどうかについてだ。

「それは君もでしょ?」

「………俺も?」

「そう、君も。俺の事が恋愛的に好きってわけじゃないのに、貴重な労力を割いて、俺と恋人になってくれた」

 終始平坦だった瞳が、少しだけ揺れる。

 あ、その表情はわかる。「バレてたのか」って顔。カマをかけ──少し冗談を言っただけなのだけど、彼は真面目だったみたいだ。本屋敷くんって、実はそこまでミステリアスでもないのかもしれない。

「なんで?」

 微笑んだまま尋ねれば、アンバーの目が所在無さげに彷徨う。可哀想に思えなくもないけれど、相互理解は大事だからしょうがない。

『恋人』なんだから、尚のこと。

 相手のことを知りたいって思うのは当たり前だ。

「恋愛、と言う物が知りたくて」

「それまたどうして」

「そう言うものを扱おうと────ううん、説明が難しいな」

 ウンウン唸りながら、本屋敷くんはグネグネと身体を捻る。

「笑わないでくださいね」

「保証できない」

「じゃあやめよ……」

「まってまって。笑っちゃうかもだけど、馬鹿にはしないから」

「……本当かなぁ」

「ほんとほんと」

 宥めれば、やがて決心をしたように背筋を伸ばして、咳払いをする。決心したと言うよりかは、ヤケクソって言った方がしっくりくる風態だけど。

「俺、物書きの仕事をしているんです」

「物書き」

「そう、小説です。それでこう、知らない物は書けないと言うか。恋愛は本当にどうしようもなくて」

「へぇ、すごいね」

 これはすごい。本屋敷くんは、本屋敷くんじゃなくて本屋敷先生だったわけだ。無礼な態度を取ってしまった。だとすれば、俺は非常に光栄な役を仰せつかったのではないか。

「男同士の?そういうの需要あんの」

「需要云々じゃ無いのですよ……と言うのは建前でしかなくて。恋愛物とは、往々にして一定の需要があるからね。しょうがないね」

「乗り気じゃないんだ?」

「正直。けれど、どうせ書くのなら、楽しんで書きたいでしょう。程良く捏ね回した、面白い物が」

「それはそう」

 どうせやるなら面白い物が良い。わかる。当たり前の事だ。ウンウンと頷く本屋敷くんは、その表情だけが能面みたいに動かない。ちょっと気色悪い。

「というか、男同士と云う拘りは特に無いんですよ」

「え、じゃあ何で俺なの」

 本屋敷くんはゲイなの?

 そう尋ねれば、「違います」と首を振る。よく見たら眉間に皺が寄っている。不服だったのだろうか。

「…………君以上に経験豊富そうな方を見た事がないので」

「本音は?」

「断らない、傷付かない、後腐れ無い。……ほら完璧!」

「クズじゃん……」

 ちょっと引くくらいクズな理由だった。

 彼の相手になりたい女の子は山ほど居るだろうけど。その子たちの純愛を弄ぶのは、ドクズ……もとい本屋敷くんとて気が引けるという事だろうか。その点俺は確かに、断らないし、傷付かないし、根に持つようなことはしない。とても都合が良い。

 でもこれって、まんま『都合の良い男』ってやつなんじゃないか。

「男女の恋愛を書くのに、男と付き合ったところで参考になるわけ?」

「誤差ですよ誤差。男女だろうと男同士の恋愛だろうと、そう変わらんでしょう」

「…………なんかこう、君が恋愛向いてないって言うのが、今すごい分かった気がする」

「む……」

 多分この場合、その顔をするのはどちらかというと俺の方だろう。本当なら大激怒して、「舐めるな」と一蹴するのが正しい反応だ。

「いいよ」

 けれども、俺は今とても暇だった。正しさなんてどうでも良いので、とにかく面白そうな事がしたかった。

 だってこんな機会、今を逃せば二度と出会えない。それに今の時代、恋愛を男だ女だで語るのも、中々にナンセンスだと思うし。もしかしたら俺たち、相性最高だったりするかもよ。

「改めてよろしくね、本屋敷くん」

 首を傾け、笑みの形を作って見せる。相変わらず読めない表情のまま、本屋敷くんは差し出された俺の手を取った。

 この子は、いつまで俺の恋人でいてくれるかな。


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