第1話『魔王と2人の部下』

 “あの光”は、俺をどこへ導くのだろう? そもそも、なぜこうなったのかもさっぱり意味も分からないが、どうやら俺を助けてくれるみたいだ。


 この先にどんな世界があるのだろうか? 


 俺はこれからどうなってしまうのだろうか……治安が世紀末レベルのヒャッハーな世界じゃなければいいが……。


 そんな不安を胸に、光の空間を走り抜けると、そこで俺を待っていたのは――。


『ようこそ! 魔王城へ!』


 歓迎の声と共に3つのクラッカーが飛び出した。


『……は?』


 俺は唖然とした。三方向からクラッカーを鳴らされたこともそうだが、ここはどこだろうか? 


 見たところアニメやゲームとかでよく見る城の中のようだが、怪しい雰囲気を感じさせるくらいに室内がやたら暗かったり、電気の代わりに炬火たいまつが左右に3つずつバランスよく置いてあったり、その間に刺々しくて悪を象徴するかのような厳ついデザインの玉座があることから、ここはではないかと思った。


 その玉座に座っているのは、邪悪なオーラを纏ってそうな悪人顔の爺さん。


 その両隣には、黒いローブを被っている部下が先程鳴らしたクラッカーの残骸を片付けている。


 使用済みのクラッカーをそれぞれ持っていたので、どうやらそいつらも、真ん中の爺さんと一緒にクラッカーを鳴らしていたようだ。


 というか、なんでクラッカー? それに俺、なんでこんなに歓迎されてるの?


 しかもなぜ魔王城なのか? そこは勇者が集う都心とか初心者冒険者のためのはじまりの町的な所じゃなくて?


 突然の展開なのに意外と冷静に分析してる自分に軽く驚いていると、悪人顔の爺さんがテンション高めで喋り始めた。


『いや~いきなり召喚しちゃってメンゴメンゴ!』


 なんだこいつ? 意外にもノリが軽い爺さんだった。


 いや、まさかこいつが魔王なのか? そう疑問に思っていると、爺さんが合コンのようなノリで自己紹介をし始めた。


『んじゃ! 自己紹介タイムいっくよ~! まずは儂ね、儂の名前はね~なんだと思う~?』


『うぜえ、ささっと言えよ!』


 俺は思わず声に出して、まるでツッコミキャラのようにツッコんでしまった。


『ふふふ……実はの――』


『はい。実はですね、この世界では、本名を発言するのは原則禁止されているのです』


 さっきまで黒いローブを被っていた部下の1人がフードを外し、燃えるような赤い長髪を靡かせて割り込んできた。


 しかも目鼻立ちが整っていて肌も綺麗でスタイルまでも良く、芸能人かと思うくらいの美女だった。思わずドキッとしてしまった。


『……』


 爺さんは、言葉を遮られたからなのか、不満そうな顔をしていた。


『はぁ……あのですね……の悪い癖ですよ! そうやっていつもいつもふざけたノリで話し出すんですから……こんな時くらい、少しはシリアス味を出してください!』


 赤髪の美女に強く言われ、まるで叱られた子供のように、しゅんとする爺さんであった。


 ――ん? 今魔王って言った? やっぱその爺さん魔王なのか? ……信じたくはないが聞いてみよう。


『あの、質問なんですが、そのふざけた爺さんが魔王なんですか?』


 俺は礼儀正しく、手をあげて質問した。


『はい、このふざけた爺さんこそが、我らが崇拝する魔王様です』


『その通りじゃ! 儂こそがスーパーウルトラハイパーアルティメットジャスティス魔王様じゃよ~!』


 ほんの数秒前までは怒られて落ち込んでいたのに、自分の事になると途端にテンションが元通りになって活き活きとし始めた。


 ふざけてるのは否定しないのか。スーパーウルトラ? てか魔王なのにジャスティスって……意味分かって言ってる?


『こんな魔王あるじで申し訳ありません。他に質問したいことはございますか?』


 赤髪の美女は顔をひきつらせながらも、丁寧に接してくれた。


『あの、さっき本名を発言するのは原則禁止とおっしゃってましたが、それってどういう……?』


『この世界では、昔から何故か本人に向かって本名を呼ぶと、空から光が指して、その本人を光に包み、連れ去ってしまうのです。本名を呼ぶのを許されるのは、生命の誕生した際の本名登録時のみです』


『本名登録?』


『はい、本名登録はこの世界の義務なので、もしやらないと大変な事になるそうです』


 えぇ……なんだその独特なルールは? 意味あるのか?


 えっと、要するにかの有名な黒いノートが存在する世界のように、本名がバレた時点で一巻の終わり。だからって本名を付けないという選択肢はなく全て義務でやらなければならないと……。


 どうやら、なかなか個性的な世界に来てしまったようだ……。


 ん? 今気づいたが、この人達、明らかに日本人ではなさそうなのに、さっきから日本語で普通に会話が出来てるが、どうなってるんだ? さっき魔王が俺に対して“召喚”というワードを使っていたから、てっきり異世界かと思ったが……違うのか?


『あの、さっきから皆さんは日本語で喋ってますが、日本語得意なんですか?』


『日本語ってなんですか?』


『あれ? 日本語をご存知でないですか?』


『ええ……そうですね……』


 赤髪の美女は、“日本語”という、そちらにとっては1度も聞いたこともないワードに首を傾げた。魔王やもう1人の黒いローブを被った人も全くご存知ないようだ。


 あれ? ここはもしかして異世界じゃなくて、テレビ番組の盛大なドッキリか? と思ったが、ずっと日本語で喋ってるのに、日本語という単語自体を聞いたことないと言うのは変だな。


 やっぱりここは異世界で間違いないよな? 実はやっぱりテレビ番組の手の込みに込みまくった盛大なドッキリとかじゃないよな? 


 もしここでドッキリ大成功! と書かれた看板が目に映ったら、今後たとえ本当に異世界転生しても、誰も信頼できなくなりそうだ。


『この世界の共通のルールはこのくらいです、他に質問はありますか?』


『はい、本名呼べないなら、皆さんの事はなんて呼べばいいですか?』


『そうですよね、失礼しました、この世界の大抵の人は、本名の他に、呼ぶ用の名前を1つ付けています。私のもう1つの名前は……赤髪ちゃんです!』


『赤髪ちゃん』


『はい、赤髪ちゃんでございます』


 赤髪ちゃんは一切の恥ずかしげもなく、そんなあだ名みたいな名前を呼んでほしそうにしている。


『はいはーい! 儂の事はまーちゃんと呼んで欲しいな!』


 魔王はウインクしながら、そんなあだ名みたいな名前を呼ぶことを要求してきた。ウインクやめろ。

 

『では私の事は、あおいちゃんとお呼びください』


 さっきから一言も喋らなかったもう1人のローブの人もフードを取り、海のように美しい青い髪を靡かせて、赤くてキレイなピン留めを輝かせて、またそんな可愛い名前を呼ぶように言われた。


 そのあおいちゃんも赤髪ちゃんと遜色ないレベルで顔が整っていて、またしても胸がキュンとしてしまった。


 そのあおいちゃんだが、俺に早速質問をしてきた。


『えっと、そういえば、あなたの事はなんて呼べばいいですか?』


『あー、そうですね……』


 もしも、この世界のルールが異世界から来た俺にも適用されるなら本名を言うのはまずいよな……それなら……。


 俺は突如、頭に浮かんだ単語をそのまま口に出した。


『ダスト……俺の事はダストと呼んで下さい』


 ダストとはちりほこりという意味だ。


 俺は現実リアルではゴミのような扱いだったからな……自然とこの単語が1番しっくりきてしまった……。


『ダスト様ですね、承知しました』


 赤髪ちゃんは、適当に思いついた名前を覚えてくれて、改めてよろしくお願い致しますと丁寧に頭を下げた。


『ダスト様、よろしくお願い致します』


 あおいちゃんも、赤髪ちゃんと同じように誠実に対応してくれた。


『ダスト君か! よろしくね! 良い名前だね!』


 魔王は親指を立てて褒めてくれたが、言うほど良い名前か? まあ響きだけで言うならカッコいい方の部類に入るかもしれないが……。


 って、そんなことよりも、俺はまだ重要な事を1つ聞いていない。それは――


『すいません、もう1つ質問いいですか?』


『ん? なにー?』


『なんで、俺を召喚したんですか?』


『……』


 そう俺が聞いた途端に、何かまずいことを聞いてしまったのか、3人共バツが悪そうに沈黙してしまった。


 特に魔王はさっきまでのテンションが嘘のように全くの無言になってしまった。急に無表情になるのやめろ。

 

 そっちから召喚したと言った以上、当然の疑問だと思うがな。何かとんでもない隠し事でもしているのか?


 少し沈黙が続くと、魔王は焦りつつもやっと口を開いた。


『ご、ごめんね~、そ、それはまだ教えられないな~、あはははは。まあ、その内教えてあげるよ~』


『お、おう』


 怪しすぎる。絶対何かあるだろ。


 ……でも、初対面な上に、こんなに怪しいやつらなのに、なぜか安心感があるんだよな……。何でだろう?


『ダスト様。そろそろダスト様の部屋へ案内したいのですが、宜しいですか?』


『あ、はい』


 部屋を用意してくれたのか。ありがたい。


 ……とりあえず、今はこの魔王城で暮らすしかなさそうだな。


 ――ん? あれ? この魔王城――


 よく見ると、どこかで見たことがあるような……気のせいか……?

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