360度重い男しか居ねぇ平凡男子「部活を辞めただけなのに!!」
ペボ山
1章
第1話 冬樹くん 頼れる後輩に相談する
Q.我が校で1番モテる人は?
「そりゃあ、夏目くんじゃない?爽やかイケメン」
「文武両道で優しくてぇ、何よりカッコ良い!」
「夏目くん?うーん、モテるっちゃモテるんだろうけど、なんか違う……」
「なんつーか、付き合うよりは、眺めてたい感じ?アイドルみたいな」
「恋愛的にモテるってなら、そこは春江クンじゃない?」
「一年の?えー、良い噂聞かないんだけど」
「は?チアキの事ディスってんの?」
「し、下の名前で呼んでるの?」
「推しなんだよ!!」
「それを言ったら、こちとら夏目くん推しなんですけど?よーわからん柔派とは、月とスッポンポンなんですけど!」
「チアキを露出狂みたいに言わないでくれる?」
廊下を歩きながら、メモ帳に『夏目』と書き込む。モテると表現はしたが、今俺に必要なのは、どちらかと言えばアイドルだ。これは思いもよらぬ収穫ではないか。
「かいらしい手帳ですねぇ」
「昔弟と妹に貰ったんだ」
「冬樹先輩の御兄弟、俺も会ってみたいですわ」
「だめ」
「なんでです?」
足を止めれば、後ろからヒョコヒョコ付いてきてた其奴も止まる。少し腰を屈めて、手帳から、俺の相貌を覗き込むように視線を移した。
「妹の初恋が奪われる」
「ええ?」
耐えられないと言ったように吹き出して、優しげな目を細める。煙る睫毛の隙間で、西日を反射した目が、赤っぽく色付いていた。細い濡羽色の髪が、頬を掠めて擽ったい。
この謎の湿っぽさ、パーソナルスペースの狭さ。やっぱりこいつは絶対に、妹には会わせたくないと思った。
「良いですやん。妹さんと俺が結婚したら、俺と家族ですよ」
「駄目!絶対絶対絶対にだ!」
「お義兄さんのいけず」
「義兄って呼ぶな!」
歯茎を剥き出し、全力で威嚇する。そんな俺の努力を、ぱやぱやと気の抜ける笑みで躱し。「冬樹チアキかぁ。ええ響きやなぁ」とか宣いながら、ソイツ───春江千晶(はるえちあき)は、態とらしく肩を抱いた。なんで当たり前のように婿入り前提なんだろう。
「とにかく、用がないなら行くからな。俺は忙しいんだ」
「部活辞めはったのに?」
「そうだよ。アイドルに会いに行くんだ。アイドル」
「はァ……」
きょとと双眸を瞬いて、春江は首を傾げる。首を傾げて、俺の手帳を指差した。
「『夏目』先輩?」
「しっかり中身見てるじゃん……」
「『アイドル』?」
「おかしいかよ」
「いや。絡みあったんです?」
「同じクラスだ」
「はァ……」
先刻と同じように、純朴な目で首を傾げる。「なんと席も前後だ」と言えば、尚更「だから?」と言った表情をされる。ハムスターの命くらい儚い接点だ。言わんとする事は分かるし、正直俺もそう思う。けど今の俺にとっては、アイドル──夏目くんは希望そのものなのだ。
なんやかんやあって部活を辞めたのが3ヶ月前。
新たな同好会を立ち上げようと決めたのが2ヶ月前。
同好会の立ち上げに必要な部員数は5人。
今現在の部員数は俺1人。
吹奏楽部の部長は言った。必要なのは、『分かりやすい看板』であると。実績であったり、その競技の元々の知名度。若しくは目を惹くカリスマ的存在。
まだ骨格も組み上がっていない今の段階で、前者2つは望めない。だとすれば3つ目。『看板』となってくれるカリスマこそが、今の俺に必要な存在なのだ。事実あまり耳にすることの無い『将棋部』なんて物が、半年でマンモス部となったのは、カリスマ的新入生の入部による功績が大きいとの話。
「…………当たって砕けろだ」
眦を決する。
副会長である彼は、生徒会室に居る可能性が高いだろう。目指すは3階。延々と続く階段に、喉が鳴った。
***
「…………留守ですと」
「しなしなしとる先輩、おもろいですねぇ」
応対してくれた書記の子の、あの申し訳なさそうな表情。「御用件、夏目先輩にお伝えしましょうか」なんて言われたけれど、言えない。言えるわけがない。「お宅の副会長を引き抜きに来ました」だなんて。結果、何もできず、こうしてすごすごとカラオケ店に撤退したわけだが。
「なんでカラオケ……」
「秘密の作戦会議は、密室でって決まっとります」
「そう言うもの?」
「そう言う物です」
ウンウンと頷くのは、何故か付いてきた春江くん。「おもろそうやなぁ」と、俺の横で生徒会の応対を受け、俺の後ろ襟を掴んだまま、ワンドリンクの3時間コースを頼んだ。俺の人生はエンタメじゃねぇんだぞ。
「というか、作戦会議って」
「アイドル、捕獲するんでしょ?」
「ほか……夏目くんのこと、ポケモンか何かと思ってるか?」
「まさか!モンボで人間捕獲できるなら、先輩のお顔とか今頃ボコボコですわ」
「ボコボコ」
「モンボで」
「レート高。人間界のザシアンじゃん」
「ぜぇんぶ俺の投げたやつですわ」
「ビッパだったか……」
たおやかな所作で、グラスを取る。タピオカミルクティーを啜りながら、「せやから」と言葉を継いだ。
「段階踏むべきです。ちゃーんと計画立てて、外堀埋めて」
「外堀って」
「懐に入る。基本ですわ。親しい方が、お願いも聞いてくれ易いでしょ?」
「お前……怖いな……」
前々から思ってはいたが、はんなりした言動に反して、中々したたかな男である。変な水とか買わされないように気をつけよう。
「同じクラスで、前後の席なんでしょ?チャンスやないですか」
「それは……そうだけどさ。仲良くなれるかはまた別じゃない?」
「さいですか。先輩、お顔狭いですもんねぇ」
「お前から見たら誰だってそうでしょ」
コミュ強モンスターの言う「チャンス」ほど、充てにならない言葉はない。いや、確かにこいつの言う事にも一理あるんだが。ジットリと目を細めれば、応えるように、色素の薄い目が緩くたわむ。確かに、人好きする笑顔だと思った。
「…………にらめっこです?」
「お前の真似だよ」
「それはそれは、」
────かぁいらしいですねぇ。
ころころ上品に笑いながら、俺の鼻頭を摘む。なるほど適度なスキンシップは、人との距離を縮める上で効果的らしい。こう言う事がスッとできるのが、コミュ強である所以なのだろう。感心しながら頷けば、春江は何かを思い付いたように、あ、と声を上げる。
「せやったら、俺とかどうです?」
「なにが」
「先輩の同好会入りましょうか?俺、顔広いですし」
「今の部活どうすんの」
「うーん、」
バスケ部の彼は言っていた。強豪上がりのスゲー新入生がいるんだ。間違い無くこの部を牽引して行ける器だ、春江って言うんだけど……、と。
「辞めます」
「ええ……」
ただ今の一年には熱意が足りねぇ。そう締めくくったバスケ部の彼の顔が、脳裏を横切って行く。俺もそう思う。
けれど例えば、どうだろう。ここで俺がコイツを引き抜いたとして。
「……確実にボールにされる」
「はい?」
「いや、こっちの話。けど春江、それはやめとこう」
「えー、そないな事言わんといて下さいよぉ」
ぷぅと頬を膨らませながら、抗議してくる。
素か。素でそれをやってるのか。膨らんだ頬を片手で潰せば、ブフゥ!とか言って息が吐き出される。ちょっと照れたような表情なのが、妙に癪に触る。
「女の子たちも言うとったでしょ?」
「女の子ぉ?」
「先輩がインタビューしとった子たちですわ」
「見てたのかお前。……なんか言ってたっけ?」
「『一年の春江クンとか言う爽やかイケメン、モテるらしいよぉ』、『文武両道でぇ、優しくてぇ、何よりカッコ良い!』」
「そんな事言ってたか?」
そして自分で言ってて恥ずかしくないか?
眉を顰めれば、春江は両手の拳を顎につけたポーズで眦を下げる。女の子の声真似のまま、「言うてましたよぉ」とか呻くが、正直、夏目アイドル発言以降の記憶がない。あと何となく、色々脚色されている気もする。
「『春江クンがいたら、サッカーチーム8つ作れるよぉ?』」
ほら絶対好き勝手言ってる。俺の記憶が無いのを良い事に。
「…………とにかく、最終手段だそれは」
「釣れへんなぁ」
「それに、ほら。同学年の方が色々と勝手が良いだろ。どうにもならなくなったら頼るから」
「……………」
「気持ちだけ貰っとくよ」
礼を言えば、春江は唇を尖らせる。プルプルと唇を震わせながら、デンモクを操作する。あからさまにシュンとしないでほしい。胸がちょっと痛いぞ。
「ありがとう」と言った声は、爆音のイントロに掻き消された。
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