第5話
昼間の汗をシャワーで流し、アイスを食べなから部屋に戻ると携帯の着信ランプが点滅していた。画面を確認して、驚く。逸樹からだった。
<今日、電話できる?>
メッセージは五分ほど前に来ていた。逸樹からの電話の誘いが来たのは、出会ってから初めてだ。いつもは二、三通のメッセージのやり取りがあるだけ。
電話がしたいと言うほどの何かがあったのだろうか。急に不安になる。何か彼に嫌われるようなことでもしてしまったか。
ぐるぐると頭の中で考えを巡らすが、何も思い当たらない。荒ぶる感情を静めようと大きく深呼吸する。心を落ち着かせ、メッセージに返信した。
<今、できるよ!>
<じゃあ、かけるね>
珍しくすぐに返信が来たかと思えば、直後に携帯が震え出す。慌てて通話ボタンを押す。
「も、もしもしっ!」
『もしもし。今、大丈夫?』
落ち着いた耳に心地良い低音ボイスが携帯越しに脳に響き渡る。耳元で囁かれているようで、案外電話も良いものかもしれない。
『聞こえてる?』
「え、あ、うん! 大丈夫。どうしたの、急に。電話なんて珍しくない?」
『――――くて』
「え?」
声が小さくて、上手く聞き取れなかった。通話の音量をあげようとした時、逸樹の声が今度ははっきりと聞こえる。
『声が聞きたくて』
甘く囁くような声ではなく、いつもの素っ気ないけれど、どこか温かみのある優しさが込められている率直な言葉に、食べていたアイスを喉に詰まらせた。
「えっ、げほっ……ごほっ……!」
『だ、大丈夫?』
今日は何だか、むせてばかりいる気がする。しばらく咳き込み、同時に気持ちも落ち着かせる。逸樹は黙って、待っていてくれた。
「ごめんね、……げほっ。もう大丈夫。……ちょっと驚いて」
『急にごめん』
「う、ううん! 嬉しいよ。ありがとう」
『あんまり、電話は得意ではないんだけど』
「うん」
『なんか、無性に声が聞きたくなって』
何だか、くすぐったい。逸樹も同じように自分のことを考えてくれていたことが、素直に嬉しい。
ふと、柊の言葉を思い出す。ストレートすぎる言葉にも心が一瞬動いたが、逸樹から言われた言葉の方がときめている自分がいることに気付く。やはり、自分は彼のことが好きみたいだ。
好きと自覚した途端、彼に会いたくなった。
「『あのさ』」
二人の声が重なる。
「『どうぞ』」
またまた重なり合う。息が合いすぎて、つい吹き出してしまった。電話越しに逸樹の小さく笑う声も聞こえる。
「そっちからでいいよ」
『じゃあ、お言葉に甘えて。――――夏祭りに一緒に行かない?』
思わず、息を飲む。自分もちょうど誘おうと思っていたのだ。先に言われてしまった。逸樹の方から誘われたのが嬉しくて、声が大きくなる。
「行きたい!」
『うわっ、声が……』
「あ、ご、ごめんねっ。嬉しくて、つい」
『嬉しくて?』
「え、あ、いやっ! その」
『ふふ。浴衣姿、楽しみにしてる』
そのまま逃げるように通話が切れた。
顔がじわじわと熱を帯びていくのを感じつつ、繋がっていない携帯をしばらくじっと見つめ続けた。
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