第2話

「……はい……ですね。僕が……」

 誰かの話している声が聞こえる。深い眠りから浅い眠りに切り替わろうとしていた時だった。その声に反応するかのようにだんだんと意識がはっきりとしてくる。重い瞼を無理やり開けると、白い天井とカーテンレールが視界に入った。

「ん……」

 部屋中に消毒液の匂いがして、鼻につく。汗をかいたようで、背中がじっとりとしている。まだ頭が少し重く、気だるい。

 身動きする気配を感じたのか、カーテンが勢いよく開かれた。

「本城? 目が覚めた?」

「先生……」

「起き上がれそう?」

「まだ……、ちょっと頭が痛くて」

 携帯を片手に持ったまま、心配そうに眉根を寄せて、彼がベッドの傍らへ歩み寄る。同時に、すっと右手が伸びてきた。

 思わず身構えるが、額にそっと手が触れて、すぐに離れた。回らない頭で何が起きたのかを理解するのに、数秒かかる。

 彼の手がひんやりとしていたということだけ分かった。

「熱はなさそうだね。熱中症だって、鈴木先生が」

 彼は、何事もなかったかのように話し続ける。

 鈴木先生とは、保健室の先生のこと。

 そういえば、先生の気配がない。

「鈴木先生は……?」

「今、会議に行ってる」

「え、今何時ですか?」

「午後四時」

 最悪だ。午後の授業を全部欠席してしまった。テスト前なのに。

「……てか、先生は会議に出なくていいんですか?」

「僕は本城の見張り役。まぁ、倒れた場面に居合わせちゃったしね」

 彼は肩をすくめながら、近くに置いてあったスポーツドリンクを手にした。

「それより、水分取ろうか」

 すっかりカラカラに喉が渇いていたことに今さら気付き、素直に受け取る。

 彼が私の背中に手を添え、起き上がるのを手伝ってくれた。あまりの近さにまたドキドキして、体中が熱くなる。

「はい」

 さりげなく、ペットボトルの蓋を弛めてから渡される。そういう紳士的な所にもときめいてしまう。

「ありがとうございます……」

 ゆっくりと飲んでいる所を何故かじっと見つめられていて、恥ずかしい。動きがぎこちなくなる。どことなく、いつもと雰囲気が違う気がした。

 まだ、頭がぼーっとしているからだろうか。

 二口ほど飲んでから、彼が口を開いた。

「前にもこんなことがあったな」

「え……?」

「確か、この間の移動教室の時か」

 そうだ。移動教室で鎌倉に行った時も私が具合が悪くなって、バスで休んでいたのだ。あの時もたまたま、彼が通りかかってその後ずっと一緒にいてくれた。

 その時、私は恋に落ちてしまった。

 きっかけは、ほんの些細なこと。


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