第1話

 私、本城ほんじょう茜音あかねは、高校三年生の夏、初めて恋をしました。

 そう、私にとって、人生最大の初恋。

 好きになってはいけない人を好きになってしまいました。



「茜音ちゃん、どうしたの? 具合悪い?」

 彼女は、幼馴染の紺野こんの桜空さくら。小さい頃から隣に住む可愛くて優秀な私の癒し。

 今日も相変わらずのマイナスイオンで私を癒してくれる。

「ちょっと夏バテかな。最近、暑いから」

 本当は違うけど、恥ずかしくてまだ桜空には言えない。

「えっ、夏バテっ!? 大変っ。ご飯食べれてる? アイスとかゼリーとか冷たいの欲しい?」

 心配そうに桜空が顔を覗き込んでくる。

 今は、お昼休み。教室内は、色々な匂いで充満していた。

 少し、外の空気が吸いたい。

「大丈夫。ちょっと風に当たってくるね」

「一緒に保健室、行こうか?」

「ううん、へーき。外の空気、吸えば良くなるから」

 付いて来たそうにする桜空を手で制し、一人で教室を出る。廊下もたくさんの生徒で賑わっていた。もうすぐ夏休みが近いからか、自然とみんなの雰囲気が浮き足立っている。

 当てもなく、人が少なさそうな旧校舎の方へ足を向ける。

 一階の新校舎から旧校舎へ繋がる渡り廊下を歩いていると、薄く開いていた窓の外から黄色い声がした。

「せんせー」

「それ、愛妻弁当ー?」

 声の方へ視線をやると、心臓が止まりそうになった。そこにいたのは、最近私の心をざわつかせるがいたのだ。

「いや、これは自分で作ったよ」

「え、嘘っ。先生、料理できんのっ!?」

「失礼な。こう見えて、一人暮らし歴は長いんだぞ」

「えー、見えないー」

「あたしにもお弁当作ってー!」

 きゃははは、と女子の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。なんだか二人との距離が近いように見える。胸がざわつく。

 は、菊地きくち春馬はるま。日本史専攻の社会科の先生だ。そして、私が密かに恋をしている張本人。

 一人の女子生徒が彼の腕に絡もうとした。だが、寸でのところで彼が然り気無くかわす。

「ほら、もうすぐ予鈴が鳴るよ」

「えー、もうちょっといいじゃんー」

「だめだめ。教室に戻った、戻った」

 彼が両手で校舎の方へと生徒たちを押しやる。女子生徒二人は渋々といった表情かおで、校舎の方へ入っていった。

 なんとなく、その一部始終を見つめていたら、振り返った彼と目があった。

「本城っ! どうしたの、こんなところで」

「あ、いや……。ちょっと風を当たりに」

「ん? 具合でも悪いの?」

 窓越しに顔を近づけてくる。その端正に整った切れ長な目で見つめられてしまうと、体中が一気に熱くなる。

「せ、先生……、近い」

「ああ、ごめんごめん」

 彼はすぐに窓から離れた。他の若い先生と違い、彼は生徒との距離感が近い節がある。最初はその距離感に戸惑ったが、今は少し複雑な気持ちになる。特に他の女子生徒といるところを見ると、もやもやするのだ。

 なんだが、頭がガンガンしてきた。視界が霞む。

「本城?」

 彼の顔色が変わった。窓を大きく開け、柵から身を乗り出す。

 不思議に思いながらも突然視界がぐにゃりと歪んで、体を支えきれなくなる。

「き……くち……先……せ……」

 彼の名を口にしたが、視界が真っ暗になった。遠くの方で、彼が自分の名を何度も呼んでいるような気がした。けれど、体がとても重く、何も考えられずそのまま意識が遠退いた。


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