第102話・勇者とパーティと型録ギフトと

 契約の精霊エンゲージとの契約。


 それをどうにか解除したく、私はその手段を探すために、かつて【契約の精霊エンゲージ】の祠があったと伝えられる交易都市メルカバリーへと向かうことにしました。

 いま急ぎということではないので、今日はゆっくりとサライで柚月さんたちと親交を深めるために、宿の食堂で小さいパーティーです。

 女将さんも皆さんのために勇者丼を始め、様々な料理を提供してくれましたし、私からも西方諸国に向かってから取り扱っていた商品を出すことにしました。


 それはもう、他のお客さんからの質問も殺到していますよ。


「うわ、これはマジか? こんなものまで取り扱っているのかよ?」

「あ、それは私も別ルートから仕入れたものです。残念ながら、フェイール商店では取り扱っていないのですよ」

「このパッケージは、期間限定の『水星のたぬき』と『お嬢なキツネ』じゃないですか!! まさか、まさか……こんなものがあるなんて……」


 机の上に並べられた即席麺を手に、緒方さんと武田さんが興奮気味です。

 でも、武田さんが床に膝をつく勢いでしゃがみ込んで、嗚咽を漏らしているのは何故でしょうか。 

 あ、武田さんがここに来る前に話題になったアニメ? アニメってなんですか? リアタイで見られない? 意味がわかりませんけど。


「フェイールさん!! この作品のDVDは入手できますか? できればBlu-rayBOXで初回限定セットで、できれば三つ!!」

「なんで三つだし?」

「保存用と試聴用。あと一つは限定グッズが複数欲しいからに決まっているじゃないですか!! そうだ、今からリストを作りますから、それが手に入るか調べてフベシッ!!」


──チョップ!!

 あ、緒方さんが武田さんの後頭部にチョップしました。

 

「フェイール商店で、アニメグッズなんて扱っているはずがないだろう? それぐらい察しろ、そもそもDVDプレイヤーもないだろ?」

「あ、プレイヤーなら入手できますけど、電気がありませんよね? それに円盤? とかいうものもありませんよ?」

「本体だけかぁぁぁぁ」

「クリスっち、オタの話は放置して構わないし。それよりも、新しい商品って?」


 はい、これはどうしても柚月さんには見てもらいたいものでしたから。

 そうです、【カタログギフト】です。

 これさえあれば、緊急時には私がいなくても、自分たちで仕入れが可能になるじゃないですか。まあ、私としては対面で話をしたいのもありますけれど、柚月さんたち勇者は国に所属していますから、王都での活動が基本なのです。

 移動中とかにサライに来た時とか、そういう偶然でもなければ、私は会うことができないのですよ。


「それはあとで、乙女の秘密ですので」

「わかったし。ひょっとして、ペルソナさん絡み?」


──ボッ!

 い、い、いきなり何を言い出しますか!!

 なんでここで、ペルソナさんのことが出てくるのですか?

 ほら、頭の中にペルソナさんの顔が……ってあれ? どうしてアクターさんの顔まで出てくるのですか?

 アクターさんは精霊女王シャーリィさまの家宰の方ですよね?

 はい、今は出番ではありませんからペルソナさんを……って、違います!!


「ふぅーん。その様子だと、何も進展していないし?」

「な、の、な、何が進展しますか? それよりも柚月さんは、ブランシュさんに会えなくて寂しかったのじゃないですか?」


──ボッ!

 今度は柚月さんの顔が真っ赤になりましたよ。


「あ、あ、あーしはブランシュとは、そういう仲じゃないし。そりゃあ、露天の手伝いとかして仲は良かったけど、そんな……って、甘いものいっぱいだすし!!」

「はいはい。それじゃあ、この話は無かったことにして、パーティーの続きを楽しむことにしましょう」

「それがいいし。休戦協定だし」


 ガッチリと握手する私と柚月さん。

 はて、戦争だったのですか?

 まあ、それはもうどうでもいいので、今は場を盛り上げるために定番のアイスクリームとか、ティラミスとかいうものを取り出します。

 これもご当地の取り寄せ品だそうで、賞味期限があるとか。

 賞味期限は分かりますよ、柚月さんに教えてもらいましたから。


「うぉぉ、ティラミス!!」

「へぇ、このようなものまで取り扱っているのですか。ですが、私としては、和菓子などの方が好みですね……いえ、これがダメなのではありませんよ?」


 武田さんと紀伊國屋さんがティラミスを食べ始めましたけど。

 ふむ、和菓子ということは、この前のベルメさんから仕入れた栗羊羹とかいうものでしょうか?


「では、こちらはどうでしょうか?」


──スッ

 アイテムボックスから栗羊羹と苺大福を取り出し、お皿に並べます。

 すると勇者様御一行の目の色が変わりました。


「……まさか、これは虎和の栗羊羹?」

「苺大福だし…しかも、このイチゴは甘王!!」


 まずは紀伊國屋そんと武田さんが、栗羊羹と苺大福を皿にとりわけ、恐る恐る食べました。

 そして二人とも、にんまりと笑顔に。

 

「うわぁ、これ、この味、あーしがしってる苺大福だし」

「これは、叔父貴の好物だった虎和の栗羊羹、週に三度、朝イチで買いに走った記憶が蘇るぅぅぅぅ!!」


 絶叫に近い声を上げるものですから、周りのお客さんたちも生唾を飲み込んでこちらを見ています。さて、本日の主役は誰と言うこともありませんけれど、ほとんどのお客さんの注目を浴びていますよ。


「……フェイールさん、もし宜しければ、こちらの料理を皆さんにもお裾分けしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「そうそう、さすがに俺たちだけじゃ食べきれないよなぁ」

「勇者一行の、ハーバリオス帰還パーティーだし。お金なら、あーしたちが払うから」

「賛成」


 その言葉を聞かされて、そして息を呑むように沈黙するお客さんの視線が集まったら、私はそれを断ることなんてできるわけありませんよ。


「皆さん、勇者様たちがそうおっしゃってくれましたので、宜しければどうぞ!!」


──ウォォォオオォォォォ

 歓喜の声が酒場全体に響きます。

 でも、取引の話は一切なし、ここは楽しく飲んで歌ってください。

 

「なあ、フェイールさんよ、美味い酒ってないか?」

「ん、ん〜。ありますけど、高いですよ?」

「構わない構わない。これで都合つけて、振る舞ってくれよ!!」


 ジャラッと金貨袋を私に放り投げてくる緒方さん。

 そして中身を確認しますと、ええ、金銀銅貨の山ですね。

 それでは、ほぼ捨て値になりますけど、とっておきを出しましょう。


──ダン!!

「どうぞ、こちらを。かの有名な異世界の国王、レミーマルタンも愛飲したブランデーです!!」

「……いや、そこまでのものを出さなくても」

「……ほう、接待で飲んだことはありますが、まさか、この世界で見られるとは予想外でしたね?」

「叔父貴の後援会の人が、たまに持ってくるやつだろ? これ、結構飲んでいたよ?」

「……高校生だから、お酒、分からないし」


 おおっと、ドン引きされましたよ?

 でも、まだまだお酒はあります。

 それを次々と並べて、飲んでもらうことにしましょう!



………

……



 宴もたけなわ。

 勇者語録では、たけなわとは『酣』という異世界の漢字を使うそうで、お酒が甘くなる、という意味だそうです。

 お酒は発酵が進むことで甘くなる、その甘くなっていくさまが、楽しく盛り上がっていくという意味だそうです。

 まあ、これについては紀伊國屋さんにも確認したから間違いはありません。


「それで、あーしに見せたいものって?」

「ええ、実はですね……」


 酒宴も終わり、酔っ払いは放置して私とノワールさん、柚月さんは部屋に戻ってきました。

 そして【シャーリィの魔導書】を取り出して、柚月さんの前におきます。

 目的は、新しく取り扱い可能になった【型録ギフト】というページ。


「……うわ!! これってつまり、あーしも通販できるし?」

「はい。あらかじめ、チャージする金額を先に入金しないとなりませんけれどね。追加チャージはできませんけれど、ほら、金額の範囲内ならば、何度でも購入可能ですよ? まあ、使うたびにチャージは減っていきますし、最後は消滅しますけどね」


 そう説明しますと、柚月さんは型録ギフトの種類を確認しています。

 これは【日用雑貨】【アメニティ】【食料品】【衣料品】【アクセサリー】【特選商品】の五つの項目があり、これらの中から三つの項目を指定して注文するそうで。

 私も初めてなので、柚月さんに色々と教えてもらうことにしました。


「ふぅん。あーしが受け取ったら、あーしにしか使えない。ふむふむ、どうしようかなぁ……」

「まあ、私が渡す方になりますから、何種類か見繕って、紀伊國屋さんとか武田さん、あと緒方さんにもお渡しすることは可能なんでんすけどね……でも、柚月さんが一番信用できますので」


 彼女なら悪用することはありませんし、他の三人さんに教えてもうまく制御できると思いますから。


「ふむふむ、チャージは一冊につき金貨一枚が限度額……ん? 高額商品の型録は、まだ取り扱いできないし?」

「はい。今の私では、取り扱うことができません。どうにかして使えるようになれたら、最高なのですけど……って、あれ?」


 そういえば、また忘れていました。

 【型録通販のシャーリィ・取次店】の能力を。

 それを使えば、柚月さんでもチャージを気にすることなく、購入可能ですよね?

 そう思って、一旦型録を預かり、中を確認しましたが。

 どうやら、一度でも取次店を使った場合は、ランクが上がるまでは追加店舗を登録することはできないそうです。

 つまり、トライアンフ王の権利が消滅するまでは、当面はこのままの模様です。


「ん? 何かあったし?」

「いえ、何もなかったのですよ。それでですね、今、注文しましたら、明日の朝にはお届けできますよ?」

「クリスっち、いつのまにか強くなっているし。それじゃあね……」


 そこからは、組み合わせの話で盛り上がります。

 型録ギフトの一度の申し込みは五冊までのようで、販売総数は制限されています。つまり、この五冊のどれかのジャージを使い切るまで、もしくは1ヶ月後までは追加購入はできないようです。

 まあ、今後何かあったときのことを考えて、柚月さんは二冊、金貨一枚ずつのチャージされた型録ギフトを購入。

 すぐに発注書にそれを書き込んだ申込みますと、発注書が消滅しました。


 そのまま、のんびりと女性三人でお話をしつつ、気がついたら私たちはベッドで眠ってしまっていたようです。

 ノワールさん、いつもありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る