型録通販から始まる、追放令嬢のスローライフ
呑兵衛和尚
第3章・神と精霊と、契約者と
第101話・港町で、勇者さんと再会
旅は道連れ、酔わなさげ。
これは勇者語録にあったもので、楽しい旅をしていると、時間なんてひとときの夢の如く。親しき友との酒宴のように、酔うことすら忘れてしまうほどに……というものだそうで。
まあ、勇者語録も最新刊になりますと、これって本当に勇者が残した言葉なのっていうものもあります。
事実、私たちの世界で普通に使われている単位、距離とか重さなども、古くからあるネレストロ換算法と、勇者様の世界のメートル法の二つがあります。
例えば、ネレストロ換算法では、この馬車の長さは1マキーネもしくは2.5ハルスと表されます。
でも、勇者さまの故郷である異世界では、馬車の長さは4.5メートル。私たちの世界の1マキーネと同じくらいだそうで、でも、2.5ハルスは分からないそうで。
ハル単位は、私たちの住む西方地域を統治していたハルシオーネ皇帝の背の大きさからとったものですけどと説明し、ようやく納得しましたよ。
ところが、このハル単位はのちに分割された各国に飾られるハル皇帝の大きさによってまちまちになってしまい、統一するために新しい単位にすることになり……とまあ、兎にも角にも面倒くさいのですよ。
なので、今は勇者単位を使う人が多いのです。
国によって多少の誤差があるネレストロ換算法に比べたら、各国に提供されたメートル単位のサンプルの方が役立っています。
とまあ、そんなこんなで、ようやく伯爵家からの依頼も無事に完了。
ようやく元の『のんびり商店』として旅を再開することになりました。
って、私、何も話していないのに、どうしてブランシュさんが、御者台からこっちを不思議そうな顔で見ているのですか?
「なぁ、姐さん。異世界にある落語っていう物語があってな、それの最初に、関係ないような話を振ってから本題に入るっていうのを、枕話って言うらしいんだが」
「ほほう、商人の挨拶のようなものですね。それは初耳です」
「……うん、まあ、そういうのもあるってことだよ。それよりも、見えてきたぞ」
御者台から聞こえるブランシュさんの声で、私は窓を開けて体を少しだけ外に乗り出します。
漂ってくる海の香り、聞こえてくる潮騒。
森の精霊と、水の精霊が織りなす調和。
自分の体の中に流れているエルフの血が、私に平穏を与えてくれます。
「さて、ここでは、少しでも多く売れると助かるのですけど」
「ここにくるまでは、ほとんど売れていなかったからなぁ。まだ大量にあるんだろ? 補給物資とやらは」
「はい。まあ、それはともかく、パルフェノンやヘスティアなど、異国をぐるぐると回っていたので、少しゆっくりと休みたいですよね」
「ははは。違いない。黒も恐らく、同じ考えだろうさ。姐さんには、のんびりと商人を続けてもらいたいって思っているからよ」
うんうん。
私も同感です。
そんなこんなで、私たちはようやく港町サライに到着しました。
いつもご贔屓にしている宿へ向かい、空き部屋があるのを確認して部屋を長期滞在で借ります。
荷物はまあ、置いたふりをしてアイテムボックスに納めますと、久しぶりの勇者丼です、私が作る紛い物ではありません!!
「あ〜、フェイールさん、ようやく来てくれたのかい……助かったよ」
宿の食堂にやってきた私をみて、女将さんが慌てて走ってきました。
これはまて、何か事件に巻き込まれますか?
「助かったと申しますと、何か困った事が?」
「そうなんだよ。ほら、フェイールさんところからお米や味噌、酢、醤油を卸してもらったでしょう? それで勇者丼が復活したってうちのお客さんたちがあちこちで話しちゃってさ。毎日のように、お客さんが殺到してねぇ」
「つまり、在庫がなくなりそうと?」
「もう、半月も前に勇者丼は売り切っちゃってさ。それで、王都のアーレスト商会に無理を承知で素材の注文をしていたんだけど、今は在庫がないからって断られちゃったのよ」
成る程。
今のアーレスト商会は北方に移りましたし、グラントリ兄さまが経営しているはず。その兄さまが在庫がないということは、本当にないのですよね。
っていうか、私から仕入れないで、どこか別のルートを持っているのかも。
北方にもエルフの集落はありますから、その経由でお米の増産をしている村があるのかもしれません。
「わかりました。では、私が持っている在庫でよろしければ、卸させていただきますよ。どれぐらい必要ですか?」
「そうだねぇ。あればあるだけ欲しいけどさ、倉庫に入る分だけってところだねぇ。大丈夫かい?」
「では、倉庫まで案内してもらえますか?」
「こっちだよ」
そのまま女将さんに案内されて、店の裏の倉庫へ。
その中にお米用に開けてある場所があるそうで、そこまで案内してもらいまして……って、広いっ!!
私の持ってある在庫の、五倍から六倍は納められそうです。
「では、あるだけ出しますよ。ここの勇者丼は、柚月さんたちの好物でもありますから。特別ですよ?」
「ああ、助かったよ。その代わりといっちゃなんだけどさ、晩御飯はサービスするからね?」
「ご相伴に預かります」
そのままアイテムボックスからどんどんお米や調味料を卸します。
そして算盤を出して計算を終わらせますと、あとは現金一括でバーンと支払ってくれました。
「ああ、これで今晩から勇者丼が復活するよ。最近じゃさ、他の領地の貴族とかもやってきてね。レシピを寄越せとか米を売れって五月蝿いのがいたんだよ」
「それは、あーしたちが追い出したし!!」
「まあ、ここの勇者丼は私達にとっても、大切な故郷の味です。ですから、勇者御用達の看板を掲げてもらいました」
「俺はまあ、日本酒が飲みたいんだけど、ある?」
「こ、コーラが切れたんですよ!!」
私と女将さんが店の中で取引を終えたころ、近くにいたらしい勇者さん御一行がやって来ました。
「うわ、柚月さん、それに皆さん。お元気そうで何よりです」
「へっへ〜。あーしたちが戻って来たのは昨日だし。それに王様からの依頼もクリアしたし」
「まあ、その後が大変だったけどな。ちょっとした旅になってしまったし」
「そんなことよりも、コーラぁぉぁぁぉ!!」
「酒ぇぇぇええ。もう、ドワーフの作った酒なんか嫌じゃぁ!!」
武田さんと織田さんが絶叫していますが、まあ、それは後ほどということで。
チラリとブランシュさんをみても、特に普段と変わりませんから本物の柚月さんたちのようですし。
「それじゃあ、特別に明日の朝までに用意しますよ。その代わり、どんな旅をしていたのか、どこに行っていたのか教えてもらえます?」
「え、あ、その……」
「俺が話してやる。実はな、聖域の周辺およびメメント大森林を取り返したときに、武田と柚月が魔族の呪いに冒されてよ……もう、ダメかと思ったんだわ」
「……えええええ!! もう大丈夫なのですか?」
大変ですよ。
それこそ、呪いとなりましたらなんとしても解呪しなくてはなりません。
そうですよ、ランガクイーノさん、パルフェノンのあの子なら、エリクシールで呪いを解けるじゃないですか?
「まあ、な。霊峰麓の街で出会った、杉田玄白先生が呪いを解いてくれてな」
「その代わり、あーしたちは、カースドドラゴンに襲われて集落を追われた天翔族のみなさんを助ける手伝いをして来たし」
「そうそう。ランガクイーノ? さんが用意してくれた霊薬エリクシールのお陰でね。それに、あの玄白ちゃんも紀伊國屋さんから『死者蘇生』の術式を覚えられてさ、すぐに旅に出ちゃったんだよ」
「なんでも、北方に魔族に襲われて滅んだ国があるっていうことらしく、そこにいた恩人たちを助けたいんだって……くぅぅぅぅ、泣ける話じゃないかよ!
そうでしたか。
杉田玄白先生という方がエリクシールを。
スギタゲンパク? ランガクイーノ?
「あ、あの、柚月さんたちの呪いを解いた方って、ひょっとして白い衣服を着た女の子で、ランガクイーノ・ゲンパク・スギタっていう女の子?」
「その通りだし!! クリスっちも知ってるし?」
「知っているも何も、私、この前まで仕事でドワーフの王国にいたのですよ? まあ、時間も時間なのでノワールさんに送って貰って……あれ?」
確か、ノワールさんの背中に乗って霊峰に向かった時。
呪われたドラゴンとノワールさんが戦っていましたよね?
それに、ドラゴンに襲われた廃村……。
「全て繋がりましたよ!!」
「うわ、クリスっちも何があったのか教えて欲しいし」
「ええ、それでは、私の話もご説明します」
宝剣の修復の話は濁らせて、シャトレーゼ伯爵の依頼でドワーフの王国に剣を作って貰いに行ったということで、私も西方での旅の話をしました。
ノワールさんが倒したカースドドラゴン、それに襲われた廃村が天翔族の村で、あの時はすでに全員が避難していたこと。
そして私たちが霊峰を降りた頃に柚月さんたちが霊峰を地下空洞から登り、互いのドラゴンとその卵を助けたこと。
ランガクイーノさんは、北方のヴェルディーナ王国が魔族によって襲われた時に逃げ延びて来て、彼が戻った時にはすでにその領土が腐食砂漠となっていたこと。
どうやらそれをどうにかするために、ランガクイーノさんは旅をしているそうで、さすがに死者蘇生術式でも、骨すら残らず死んだものの魂は救えないことを理解し、創造神の残した秘術を求めて旅立ったそうで。
その時は、私たちはパルフェノンで、あのカネック王とデスペラード先王の揉め事に巻き込まれていたようで。
つまり、ランガクイーノさんはまた旅をしているということになりますね。
「それで、俺たちは一旦、王都に戻る途中、ここに泊まっていたんだよ。昨日は勇者丼がなかったって言われたけど、まあ、出発前に飯でも食っていくかって立ち寄ったらさ」
「コーラとピザぁぁぁぁ、ということなんです」
「武田っちは落ち着くし。そしてクリスっちがいてね。そうかそうか、あーしたちの近くにいたんだね?」
「びっくりですよ。あちこちでいろんな人とすれ違っていましたけど、こう、一つの線で繋がっていたのですね?」
これが、縁っていうものなんだなぁと、思わず感心してしまいます。
けど、このあと、柚月さんたちは王都へ向かうのですよね。
また、ここでも入れ違いになるのですか。
「……シャーリィさまの祠で、契約の精霊の話を忘れていたからなぁ……こうなると、直接、契約の精霊と話をつけるしかないか」
私の横で、ボソッとブランシュさんが呟きます。
ええ、あの時は、ヴェルディーナ王国の人々を助けるために必死でしたから。
そのことを考えますと、彼らの命が掛かっていたからこそ、私の願いや心配なんて瑣末なものだと、後回しにしたのですから。
「え、またシャーリィの祠まで向かうのですか?」
「いや。メルカバリーに戻る。あそこは商人の街、商神アゲ=イナリさまの祠がある。そして、
「……私も、聞いた事がありません。けれど、何かヒントがあるかもです」
シャーリィの祠に戻ることも考えましたけど、これは私の問題です。
直接、私が動かなくてはなりませんから。
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