三野原さんの恋愛事情

ゼパ

三野原さんの恋愛事情

「あ」

僕が歩いているすぐ横の路地から出てきた女の子と目が合った。

綺麗な栗色の髪をした少女で、とても可愛らしい顔をしている。

しかし、そんな彼女の顔に表情はなく、ただ無言のままこちらを見つめていた。

僕は彼女と目を合わせたまま動けなくなる。

すると、彼女は僕に向かって小さく頭を下げた。

そのまま、何も言わずに通り過ぎていく。え? 今のってどういう意味だろう?

・・・というか、今の子どこかで見たような気がするんだけど。

僕はこの好奇心を抑えきれず、その人を追うことにした。

「ん?」

しばらく歩いていくと、前方に見覚えのある人物がいることに気づいた。

あれは三野原さん!? あの人、こんなところで何をしてたんだろう?

・・・ちょっと話しかけてみようかな。僕は足早に近づき声をかけた。

「こんにちは! 三野原さん!」

「・・・ッ!」

僕が声を掛けると、三野原さんはビクッとして振り向いてきた。

「あ、佐久知君・・・どうも」

そして、少しだけぎこちない笑顔を浮かべている。

やっぱり様子がおかしい。いつもならもっと明るく接してくれるはずなのに。

それにしても、何だか様子が変だな・・・何かあったのだろうか?

「あの、どうかされたんですか? 元気がないみたいですけど・・・」

「いえ、別に何でもありませんよ。大丈夫ですから」

そう言って笑ったけれど、やはりいつもと違って見えた。

「でも、全然大丈夫じゃないですよね?」

「・・・ずるいですよ佐久知くんは。はい、実はそうなんですよ」

僕の指摘に観念したのか、三野原さんは素直に打ち明けてくれた。

「じゃあ、一体どうしてなんですか?」

「それは・・・その、ですね・・・」

三野原さんは恥ずかしそうにもじもじしながら、チラっと僕を見た。

「あの、私と一緒に来てもらってもいいですか?」

「えっ!? ど、どこへですか?」

「いいからついてきてください」

「わ、分かりました・・・」

言われるままに彼女についていくことにしてみた。

すると、意外にも三野原さんの目的地はすぐ近くだったようだ。

そこはとある喫茶店の前であった。

「あの、ここに入ってみませんか?」

「あ、はい」

中に入ると店員さんが挨拶をしてくれた。窓際の席に座り、注文をすることにする。

しばらくして飲み物が届いた後、彼女が口を開いた。

「それで、お話っていうのは何でしょうか?」

「はい、あの、私、どうしてもあなたに伝えたかったことがあるんです」

「伝えたかったこと?」

「えぇ、それはですね・・・」

そこで三野原さんの顔つきが変わった。真剣な眼差しで僕を見つめてくる。

そして、ゆっくりと深呼吸した後、意を決したようにこう告げてきた。

「佐久知君・・・す、す、素敵ですよねこの店の雰囲気!」

「えっ!?」

突然のことに驚いてしまった。

しかし、三野原さんは真面目な表情のままで言葉を続けた。

「その、すごく素敵なお店だと思いまして。それに、コーヒーも美味しいですし」

「そ、そうですね」

僕は苦笑いを浮かべながら答えた。

三野原さんの意図が全く分からない。これは一体どういう状況なんだ?

「ところで、佐久知君は好きな人とかいますか?」

「えっ!?」

いきなりの質問にドキッとしてしまう。しかし、動揺を見せないように気を付けながら答えた。

「ご、ごめんなさい。いきなり好きな人とか聞いてしまって。迷惑でしたよね・・・」

「いえ、そんなことはないですけど」

正直に答えると、彼女はほっとした様子になった。そして再び尋ねてきた。

「じゃあ、誰か特別な人っていますか?」

「えーっと、まぁ、それなりに?」僕は言葉を濁しておいた。

「ふむふむ、例えばどんな人がタイプとかありますかね?」

三野原さんはさらに踏み込んできた。何だかさっきまでとは態度が違うぞ?

さすがにこれ以上は誤魔化せないかもしれない。

「あの、もしかして僕をからかっているんですか? それとも、何か悩みがあるなら相談に乗りますよ?」

「・・・ッ!すみません」

三野原さんはすぐに謝ってきた。

「実は最近、ずっと悩んでいたことがあったんです。それを解決するために佐久知君に協力してもらえたらと思って呼び出してしまったんですよね・・・。本当に申し訳ありませんでした!」

「あっ、そういうことだったんですか。気にしないでください」

「ありがとうございます!・・・ところで、私の話を聞いていただけるでしょうか?」

三野原さんが不安げにこちらを見つめてくる。僕はもちろんだとばかりにうなずいた。

「実はある人に告白したいと思っているのですが、なかなか勇気が出なくて困っているんです」

「えっ、そうだったんですか?」

僕は驚いた。てっきり三野原さんには恋人がいるものだと思っていたからだ。

「はい、そうなんです。でも、その人はちょっと変わった人でして。今まで一度も異性として意識したことなんてなかったんです。なのに、最近は急にかっこよく見えてきて・・・」

「なるほど、だから悩んでいるんですね」

「こんな気持ちは初めてなんです。もしかすると私は病気なのかもしれません」

「え? 病気? 大丈夫ですか?」

「いえ、何でもありません! ただの独り言ですから」

三野原さんは慌てるようにして首を振った。

「とにかく、どうしたらいいのか分からなくなってしまいました。このままではいけないと思うんですけど、どうしても一歩を踏み出すことができないんです。佐久知君ならどうしますか? 教えてください!」

三野原さんは必死に訴えかけてきた。どうやら相当思い詰めているようだ。

「そうですね・・・まずは相手のことをもっと知るべきだと思いますよ。相手が普段何をしているのか、何を考えているのか、そういったことを知ることで相手への理解が深まるはずです」

「な、なるほど・・・」

「ちなみに相手というのは誰なんでしょうか?」

「えっ!? あ、いやその・・・」三野原さんは顔を赤くしながらうつむいてしまう。

「もしかして、僕の知っている人だったり?」

「そ、それは・・・」

三野原さんの反応を見て確信した。やはり僕の知り合いに好意を寄せているようだ。

一体誰が・・・?

「あの、もし良かったらその人のことを詳しく聞かせてくれませんか?」

「えっ!? そ、それはダメですよ。恥ずかしいですから・・・」

「でも、相手のことが分からないとアドバイスもできませんから」

「それはそうなんですけど・・・でもやっぱり恥ずかしいですよ」

そう言って三野原さんは真っ赤になって俯いてしまった。

仕方ない。ここは諦めよう。

「分かりました。じゃあもう聞きませんから安心してください」

「ほ、本当ですか?」

「はい、もちろんです」

すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます。やっぱり佐久知君は優しいですね。大好きです」

「え?」

突然の言葉に驚いてしまう。今『好き』って言ったよね?

「あの、今のってどういう意味ですか?」

「あっ、いえ、あの、えっと、深い意味があるわけじゃないんです。ただの友達としての好きですから」

「な、なるほど。そういうことですね」

僕は苦笑いを浮かべながら答えた。三野原さんの言う通りだろうな。変な勘違いをして恥をかくところだった。しかし、三野原さんはどこか落ち着かない様子であった。

「あの・・・私、そろそろ帰りますね」

「あ、もうこんな時間か。今日はありがとうございました」

「こちらこそ相談に乗っていただけて」

あれ・・・そういえば相談に乗ったっけ?

コーヒーを飲んでいただけな気がするが、まぁいっか。

僕はうなずくと伝票を持って立ち上がった。

そしてレジへと向かう途中、三野原さんが小声で話しかけてきた。

「佐久知君・・・その、また一緒にお茶してくれますか?」

「えぇ、ぜひ」

「ありがとうございます! 約束ですよ」

「はい、必ず」

会計を終えた後、僕たちは喫茶店の前で別れた。


「はぁ、また言えなかったなぁ。何やってんだろう私」

私はため息交じりにつぶやく。

「次はちゃんと伝えられますように」

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