ブラックハート殺人事件

闇の烏龍茶

第1話

 梅の季節が過ぎようとしている晴れた日。愛妻の静と浅草寺参りの帰り道、仲店通りでお土産買って気持ち良く並んで歩いていた。

静はいつも着物姿。藤紫の着物に淡い若草色の帯。気品のある花の模様が少し先の季節を待ち侘びる心を映し出している。

 自宅でもある岡引探偵事務所は雷門通りからすしや通りを抜けて、6区ブロードウェイ商店街を横目にひさご通りに入る。その風情ある店舗街の中に埋もれている。

 ひさご通りに入る少し手前まで談笑してきたら、娘さんが男4人にワンボックスに連れ込まれそう。娘さんは悲鳴を上げ、男を引っ掻き、叩いたり、暴れている。男らはなりふり構わず、ひたすら娘さんを車に押し込もうと、背を押すもの腕を掴んで引っ張るもの。常軌を逸している。静はボクサー色した眼光で

「警察!」叫ぶと同時に着物の裾を端折って50メートルを猛ダッシュ。

まさに娘さんが車内に姿を消そうとしている。

 最初の犠牲者は、静に背を見せて娘さんを押し込んでいる男。その腰椎に走るスピードに体重を乗せて強烈パンチ、バギッと物凄い音がして男が腰を押さえて崩れ歩道に転がる。次の犠牲者は、驚愕の顔を静に向けた、娘さんの頭を押さえつけていた男。間髪を容れずに強烈な右フック、ギャッと叫んで3メートル吹き飛ぶ。

一心はまだ走っている途中だ。静が娘さんの手を掴み車外へ引っ張る。ふらついて静の横で倒れる娘さん。

「このやろう!」

殴りかかってきた男の拳を静は頭を下げて躱して、男の顔面に頭から突っ込む。そのスピードを拳に乗せて得意の右アッパーが男の顎に炸裂。グワッっと呻いて男は空中に舞い上がり、絵に描いたように綺麗な放物線を描いて5メーターほど先に後頭部から墜落。動かなくなる。3人目の犠牲者が一番重症っぽい。やっと一心は現場に到着、娘さんを立たせて、自身の後ろに。

腕っ節には自信を持ってる仲間3人が、待ったなしで次々に薙ぎ倒される光景を目の当たりにし、ひとり残された男は顔色を失っている。腰からナイフを取り出す。

「死ねっ!」

ナイフを静の顔面に向けて闇雲に突進する。ギリギリまでナイフを見ている静。寸前、左ジョブで手の甲を叩く、ナイフが中を舞う。同時に右パンチが男の顔面を真正面から叩き潰す。グシャっと音がして、鼻血が飛び散る。鼻がよそを向いている。静は返り血で着物が汚れないように後ろへ飛び退く。一呼吸置いて、静は一連の幕が下りたのを確認してから、運転席側に回りキーを抜き捨てる。

 一心は娘さんを庇いながら状況を見守っている。

 ややあって男らがのろのろと立ち上がり、静を睨んでいる。静はボクサーステップ、手はだらりと下げたまま。着物の裾はおろしている。

一心は、僅か数十秒で決着をつける静は凄いと感動している。ずっとスマホで男らを撮影し続けている。

男らは、静の足元に転がっている車の鍵に気付き、車を捨て1人を両側から抱えて、引きずるように覚束ない足取りでふらふらと走って逃げる。

パトカーのけたたましサイレンの音が近づく。丘頭警部が助手席に乗っている。静が男らを指差す。片手を上げてパトカーが追う。

黒のワンボックスが男らの前に急停車し、男らを拾って逃げる。信号を無視して角を曲がって見えなくなる。

「静!大丈夫か?」と一心。が、心の中では、男らに同情している。なにせ、静のパンチは玄人はだし。きっと4人ともどっかの骨を折られているはずだ。

「おおきに、うちよりそのおなごはんは?」そう言って改めて娘さんの顔を見る。

「・・あらっラーメン屋さんの十和はん!じゃ?」

「おばさ〜ん!」と言っただけ、後は静に抱きつき泣くことしかできない。

一心は静に気を取られ気付かなかった。

すぐに丘頭警部が追尾を止めて戻ってきた。

「大丈夫か?」

「静がいるのに大丈夫でないわけがない」一心の言葉に、微笑む警部。

十和の店までパトカーに乗せてもらい、ラーメン屋の大将の田中さんに十和が攫(さら)われそうになったと断って、探偵事務所に十和を連れて行く。大将は、息を呑むほど驚いた表情をしている。

「俺も後から行く」目の色が変わった。


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