容疑者かーくん!

 *



「見たんだよ。黒い服の女だった」と主張する二年生A。申しわけないがその他大勢だ。


 僕は人垣にかこまれて、針のむしろ。


「僕じゃない!」

 主張するが信じてもらえない。


 と、そこへ、やつが来た!

 ついに猛と鉢合わせしてしまったぁー!


 猛はまじまじと僕を見つめた。


 ど、どうしよう。バレる……。


 そして、兄は言った。

「君、名前は?」


 はあッ?

 あきれはてて声も出ない。

 まさか、僕が弟だと気づいてないのか?


「可愛いなぁ。亡くなった祖母の若いころの写真にそっくりだ」

「……」


 どうやら、気づいてないらしい。


「先輩。それより見てください」

「なるほどね。さっきガラスの割れるような音がしたのはこれか」


 猛は教室内を見まわし、にぎりこぶしを作って考えこんだ。この間、二分。


「黒い服ね。じゃあ、メイド服とは断定できないんだな?」

「はい、まあ」

「このなかに黒い服の女は三人いる」


 容疑者は三人!


 猛が指さしたのは、まず僕。


 次に泣いてる手芸部員。黒いワンピースを着てる。胸にデッカい白ぬきのハート模様があるから、遠目にはエプロンつけてるふうにも見える。

 あれ? これって、ホニャちゃん模様のワンピースか。


 最後に人垣のなかにまぎれた他校のブレザー。あの子、まだ、いたのか。

 女の子はギュっとホニャちゃんマスコットをにぎりしめた。


 どうしよう。僕もホニャちゃん、にぎりしめようかな。と思って、ポケットに手を入れる。

 が、マスコットがない!

 エプロンのポケットに入れといたのに。家の鍵だけが入ってた。

 おかしいな。どこでなくしたんだ?


「ああッ!」と生徒Aが大声を出す。

「東堂先輩! 遺留品です!」


 遺留品……ムダにサスペンス調。


 生徒Aが示したのは、こなごなドールのすぐそばに落ちたホニャちゃんだ。


「あっ、僕の!」

 思わず叫んでしまった。


「やっぱり、こいつが犯人や!」


 ウルサイなぁ。生徒A。

 エキストラが目立っちゃダメ。


 猛は無言でホニャちゃんをひろいあげた。しばらく見つめたあと、僕の前にさしだす。


「これ、ほんとに君の?」


 渡されたホニャちゃんをよーく見る。いや、よーく見るまでもなく、僕は気づいた。


「あれ? 僕のじゃない」


 そう。僕が鍵につけてたホニャちゃんには、ある特徴が。白いフェルトのハートマークのなかに、薫のイニシャルKが記されている。


 猛のイタズラだ……。


「ほんとは、かーくんって書こうとしたんだけど、おさまらないんだよな」とか、ぬかしながら。


 したがって、僕のホニャちゃんは、ホニャKだ。


「僕のじゃないよ。Kって書いてない」


 なにげにキョロキョロして、僕は見てしまった。

 他校の子がにぎりしめてるホニャちゃん。ハートにKのマークが……。


「ああッ、僕のホニャKだー!」


 おどろきの声をだし、女の子はホニャKをとりおとす。それを猛がキャッチ!


「どうぞ」

「うん。これ! これが僕のホニャK」


 となると、逆に女の子のホニャはどこに? さっきブレザーのポッケから、はみだしてたよね?


 みんなの目が女の子に集中する。


 しかし、猛だけは違うね。

 天窓とか、教室のすみずみとか、変なとこばっか見てる。今度は三分。


 そのとき、どっかから、あの声が聞こえた。


「ホニャーん」


 霊だ。ホニャちゃんの霊が鳴いている!


 猛が急にクスクス笑いだした。

「そういうことか」


 どういうことだよ?


「レジ袋、持ってない?」と、猛は僕にむかってたずねてきた。


 ふつうの高校生は持ってないだろう。だが、僕は持っている。ガキのころから一家の主夫だからね。

 下校中スーパーで買い物、あたりまえ。さらにはレジ袋持参でスタンプまでためてる。三角にたたんでポッケに入れとけば、こんなにコンパクト。


「はいよ」


 僕のさしだすレジ袋をひろげ、猛はそれでカサカサ音をたてた。


「ホニャーんッ!」


 ひときわ大きな鳴き声がして、天窓から猫がとびこんできた。着地地点は——展示物のならぶテーブルの上。これって?


「もしかして……」

「そうだよ。犯人はこの猫だ」


 猛に首ねっこ、つかまれた黒猫。そのおなかには白いハート模様。


 ああっ、ホニャちゃん、と叫ぼうとしたとき、さきをこされた。僕のよこで女の子が。


「ハツぅー! 探したよぉー!」


 は……ハツ?

 それって牛の心臓か?


 女の子は猛の手からホニャちゃんをうばいとり、抱きしめる。ホニャちゃんは優しく「ほにゃん」と鳴いた。


「つまり、こういうことだ」と、猛は説明する。


「この子は迷子の飼い猫を探していた。たまたま通りかかった学校で、自分の猫そっくりなマスコットが売られていた。それで、マスコットを作った手芸部の教室へむかった」


 女の子がうなずく。


 僕は猛に聞いてみた。

「じゃあ、ホニャちゃんはなんで人形を壊したの?」


「もちろん、猫がわざと壊すわけない。さっきの着地点。ちょうど、あの人形のあった場所だな? ふだんはテーブルの上に展示物なんてなかったんだ。いつもの調子でとびおりたら、運悪く人形が壊れた。音におどろいて、ホニャは教室から逃げだした」


「いつものって……?」


「ホニャの人形を作ってたんだろ。手芸部。みんなで迷い猫にエサやって可愛がってたんだ。そうだよな? 古手川こてがわ


 泣いてた手芸部員がうなずいた。

 そうか。古手川さんっていうのか。猛は守備範囲広いなぁ。


「教室のいたるところに猫の毛が落ちてる。ホコリの上に足跡もある。長期間、猫が出入りしてた証拠だ」


 そうか。それで、すみずみチェックしてたのか。


 古手川さんは頭をさげた。

「ごめんなさい。ホニャちゃんが可愛かったから、つい。飼い猫かなとは思ったんやけど」


「ホニャやないです。ハツです」

 他校の子は口をとがらせる。


 あははと笑って、猛が言った。

「この猫がみんなに愛されてるって証拠だ。ええと、君?」


 他校の子が名乗る。

「藤枝です」


「藤枝さん。きついこと言うけど、飼い猫が迷ったのには飼い主の責任もある。古手川たちが世話してくれなかったら、この猫は死んでたかもしれない。隠してたことはゆるしてやってくれよ」


 藤枝さんは吐息をついた。


「……そうですよね。すいません。マスコットを見たとき、ハツをとられたと思って、カッとなりました。でも、ハツにまた会えてよかった!」


「じゃあ、次は古手川。教室に猫を出入りさせてたのは自分たちだ。作品が壊されたのはある意味、自業自得だよ。飼い主を探さなかったって負いめもあるし、チャラにしてくれるよな?」


 古手川さんも納得した。

 よかった。無事、円満解決だ。


 ホニャ実物は藤枝さんにつれられて、笑顔(?)で帰っていった。


「さすが、東堂先輩! スゴイ」

「カッコイイ……」

「伝説の名探偵!」


 とりまきに褒めちぎられて、猛も去っていく。


 よかった。バレなかった。

 それはそれでちょっと悲しいものがあるが、まあよしとしよう。

 これで僕の高校生活は安泰あんたいだ。

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