東堂兄弟の5分で解決録1〜文化祭に兄が来た!〜

涼森巳王(東堂薫)

猛が……猛が来る!



 知られちゃいけない。

 アイツにだけは……。

 この秘密を守るためなら、僕はなんだってする。


 僕は東堂薫。兄は猛。

 僕と猛は学年で三つ違う。だから、中高、同じ学校に通うことはなかった。


 しかし、兄は並みの中高生ではない。ウルトラスーパーな完璧美少年だ。

 成績はつねに学年トップクラス。柔道剣道ではインターハイで優勝もした。家のなかはメダルだらけだ。


 おまけに顔がいい!

 これでなんでジャニーズじゃないんだってほどのイケメン。背も高くて足が長い。


 そんなスゴイ兄だから、学校中に知れわたってる。みんなの“あこがれの東堂先輩”である。


 だが!

 ついにこの日がやってきた。文化祭だ。今日から文化祭が始まる。


 兄にだけは知られてはいけない。じゃないと中学の二の舞だ。僕のこれからの高校生活がかかってる。


 なぜかって?

 よりによってクラスの出し物は喫茶店……なのだ。男子は執事、女子はメイド。よくあるやつ。

 僕以外はね……。


「なんで僕だけメイドなのぉー?」

「かーくん、可愛いから」

「ヤダからね。絶対、やらない」


「もう衣装、作っちゃった!」

「これ着ないんだったら、かーくん一人で裏方だけどいい? ホットケーキやフレンチトースト、文化祭のあいだ、ずっと焼いてる?」


 それも、なんだかなぁ……。


 僕はクラスの女子に押しきられ、メイド服を着ることに。


「ギャアーッ! 似合うー!」

「激かわー!」

「髪にもリボンつけよ? 口紅ピンクね?」


 文化祭当日。

 僕は完全に女子のオモチャだ。


 しかし、この姿を兄に見られることはない。僕は隠しとおした。猛は文化祭の日取りを知らない。

 したがって、兄は来ない。

 これで平穏な高校生活が送れる。

 屈辱くつじょく的な女装も今日だけは甘んじてやろう。この日さえ乗りきればいいんだからな。ハッハッハッ——


 と、大きくかまえていた僕は、青天の霹靂へきれきだ。


「東堂先輩が来たッ!」


 ガラッと教室のドアをあけてとびこんできたのは、僕を女装させた超強引委員長だ。


「伝説の東堂先輩、来たんやって!」


 や……ヤバイ。なんでバレたんだ?


 僕は「ギャアーッ!」と叫んで教室をとびだした。


「かーくん。待ってよ」

「あんちゃん、紹介してぇー」

「待て言うとろうがぁーっ!」


 ごめん。僕はドロンです。

 猛が来るまでに身をひそめなければ。


 まず、体育館にもぐりこむ。演劇部がロミオとジュリエットのゾンビ版をやってた。登場人物が全員、ゾンビ!


 観客のふりしてパイプ椅子にすわる。

 となりの席には暗い顔の女の子。制服だけど、うちの学校のじゃない。

 あっ、僕と同じマスコット持ってるな。ポッケから、はみだしてる。


 女の子は立ちあがった。

 僕はここで時間をつぶすぞ。が、まもなく、猛がやってきた。


「へえ。お芝居してるのか」

「いっしょに観ましょう! 先輩」


 女の子数人と話しながら入ってくる。


 マズイ。僕はさりげなく背中をむける。うしろ目に見ながら(後頭部に目玉!)、やつとは反対にまわってあとずさる。ゆっくり。ゆっくり……。


 よし。兄は気づいてない。

 僕は体育館をぬけだした。

 校庭には出店がならんでる。ヤキソバやタコ焼きの屋台とか。弓道部が的当てをしてる。


 ん? さっきの他校の子だ。校舎にむかってる……。


 気になってついていこうとした。が、そのとき、体育館のドアがあいた。


 あっ、猛だ。猛が出てきた。ひきとめる女の子たちに手をふって、こっちに走ってくる。


 ヤぁバイ!


 とりあえず、屋台の裏に隠れる。そそそ——


 すぐに猛は別の女の子につかまった。


「きゃああっ。東堂先輩! うちの的当てやってってください」

「いや、おれ、弟、探してるんだけど」


 むっ、やっぱり探してるんだ。


「金的に当たったら景品つきますよ」

「景品って?」

「ノラのこホニャちゃんの手作りマスコット! しかも限定版です」


 なんですと? ノラのこホニャちゃん?


 僕の大好きな手芸部オリジナルキャラクターだ。

 目つきの悪い黒猫のマスコットを、すでに僕は三匹購入してる。おなかのハート模様が超プリティー。


 ほしい……限定版ホニャちゃん。


「これ、薫の好きなやつだ」


 猛は小銭を渡し、すっと弓矢を手にとった。的当て用のオモチャだけど、猛がかまえると、いやにさまになる。


 キリキリキリ……ヒュン——スポン(ゴムが的にひっついた音)!


 お、み、ご、とォー! かっ……カッコイイ。


「先輩、さっすが!」

「ステキー!」


 女の子たちの黄色い声で我に返る。

 はっ、いかん。兄に見ほれてる場合じゃない。

 僕はそろそろと校舎のほうへ……。

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