第30話 暗躍


「それで……レベッカ、これからどうするんだ?」

「うーん、ぼくはしばらく泊めてもらえるだけでもうれしいにゃ」


 そういうことだったが、それだと根本的な解決にはならない。

 レベッカがまた家を借りようとしても、大商人バッカスがまたいやがらせをしてくるかもしれない。

 彼女が働いていた不動産屋も、くびになったそうだ。

 そんな理不尽、本当に許せないよなぁって思う。

 だってこの家だってレベッカのおかげで借りられたし、彼女はすごくいい従業員だったと思うのだ。

 まるねこ食堂はなんとか大丈夫みたいだが……。

 これ以上大商人バッカスがこの街に介入してきて、この街でまで獣人の肩身が狭くなるようなことは、なんとしても避けたい。


「よし、じゃあ……レベッカが寝てるうちに……」


 俺はこっそりと、家を出た。

 そして大商人バッカスの元へ乗り込むことにした。

 シロの背中に乗っていけば、朝には戻ってこられるだろう。

 バッカスの屋敷がどこにあるのか、それはシロが教えてくれた。

 先日の商人の臭いをたどれば、簡単に突き止めることができるそうだ。

 白狼ってのはそこまで鼻がいいんだな……。





【sideバッカス】



「くそが……! 貴様はガキの使い程度もろくにこなせねえのか!」


 大商人バッカスが、自らの部下をきつくどなりつける。

 場所は彼の大豪邸の一室。

 高級な花瓶が、無残にも地面に落ちて砕け散る。

 しかしバッカスはそんなことも気にしないほど、目の前の男に怒りを向けていた。


「ひぃ……! も、申し訳ございませんバッカス様。あのエルドールとかいう町、門番にまで手が回っていなかったようで……」

「言い訳は聞きたくない! 賄賂くらいいくらでも渡せただろう!」

「そ、それが……謎の男に邪魔されまして……」

「謎の男ぉ……?」

「念のため、町長などに圧力はかけておきましたが……」


 バッカスたちがそんな話をしていたときだった。

 とつぜん、ベランダに謎の影が降りてきて――。

 窓を突き破って、大きな狼があらわれた。


 ――バリィイン!


「な、なんだこいつは……!?」


 バッカスほどの大商人であっても、見たこともないような巨大な白狼。

 そして、その上にまたがる謎の青年。


「ば、バッカスさま! こ、この男です……!」

「なんだと……!?」


 驚き、慌てふためく二人。

 バッカスの部下は急いで衛兵を呼びに行った。

 そんな二人とは対照的に、狼の上の青年は落ち着きはらっていた。

 青年は、狼の上から、一つの袋を取り出した。

 そして、バッカスの前にそれを掲げる。


「そ、それは……!?」

「なあオッサン。これでどうだ?」

「は、はぁ……!?」


 青年がその袋の紐をほどくと、中からは大量の金貨がじゃらじゃらと零れ落ちてきた。

 バッカスは、目の色を変えてそれを拾い集めた。


「おおおおお! こ、これは……! なんという嬉しい土産!」

「その金で、もうあの町からは手を引いてくれないか?」


 青年の言葉は、もはやバッカスへは半分もきこえていなかった。

 バッカスは目の前の金に夢中で、話半分で浮ついた返事を返す。


「わ、わかった……わかったから好きにせい。私は今金を集めるのに忙しい」

「それから、獣人のレベッカっていう女の子、その子の借金もこれで払っておいてくれ」

「ああわかった。わかった……! ぐほほほほ……! これは大量大量!」

「はぁ……まったく……どこまでもクズだな……だけど、あんたがクズで助かった。金なら、いくらでもあるしな……」


 青年はそういうと、さらに金を出して地面にばらまいたのだった。


「これで窓の修理もしてくれ」


 それだけ言い残して、青年は去っていった。

 青年が去ったあと、ようやくバッカスの私兵が駆けつける。


「ば、バッカスさま……! ご無事ですか!」

「わ、わしは平気じゃ! それよりこの金をはやくしまえ! 誰かに奪われる前にな!」

「は、はい!」

「ぐへへ……それにしても、あの男何者……。まあいい。つくづくわしも運がいいわい」


 それから数日後に、エルドールの街には謎の富豪が住んでいて、正義のために裏で暗躍しているという噂が流れることになるのだが――それはまた別の話。





 バッカス亭からの帰りみち、シロは背中の上のショウキチに話しかける。


「あんなに金を使ってよかったのか? 我々がクエストで稼いだ金のほとんどだろう?」

「いいんだ、別に。生活費は別でもらえるしな。こういうときに使わないでどうするって感じだ。俺はレベッカが守れるなら、いくらでも惜しくないよ」

「そうか、優しいのだなショウキチは」


 予定通り、二人はレベッカが目覚める前に、家に帰り、なにごともなかったかのようにふるまうのだった。

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